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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第3章 運命は導く
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第33話 予感

 山に帰る、と言い出した芳乃をなだめて俺たちは食卓についた。春香が買ってきたパンをカットして、マスタードソース、卵ソース、野菜やハムなどの具材といっしょに並べて、おのおの自分で好きなように食べる方式にした。


「悪い、トマトのストックが無かったよ。もう少し早く気づいてたら買ってきてもらえたんだけど」

「ううん、いいよ、これだけあれば」

 俺は()れたてのコーヒーをみんなに配る。


「「「いただきまーす」」」

 パンは白いホテルブレッドと茶色の全粒粉パンの二種類だ。朝焼いたばかりのピーターのパンは最高に美味い。みずみずしい野菜と高山農場のハムも最高に美味い。


「姫ちゃん、どうしたの? 食べないの?」

 サンドイッチに手をつけようとしない芳乃に春香が声をかけた。

「もしかしてパンが苦手なんじゃねえのか?」

 俺が聞くと春香が答えた。


「そんなことないよ。香川さんとこから帰るとき姫ちゃんとも話して、お昼はサンドイッチにしようって決めたんだもん。ね、姫ちゃん?」

「あ、ああ、すまない。サンドイッチは美味しそうだが、まだあまりお腹が空いていないのだ」

 芳乃はうつむいたまま小さな声で答えた。

 なんだ? あんまりみんなから綺麗、綺麗と言われるから戸惑っているのか?


「なあ芳乃。おまえ、いままであんまりおしゃれとかしたことが無いっぽいから恥ずかしいのかもしれないけど、その髪型はすごく似合ってるぞ。まあ、俺のイメージだと日本のお姫様ってのは、黒髪ロングのストレートで前髪パッツン、って感じだけどな。たしかに芳乃は流行りのアイドル顔じゃないと思うけど、顔立ちが綺麗だから、なんかそうやって白いワンピースにゆるふわウェーブの髪型にすると外国のおとぎ話に出てくる妖精みたいですごく可愛いと思うぞ」

 そう言って俺は二つめのサンドイッチを作るべく、全粒粉パンに手を伸ばした。


「…………ん?」

 見ると芳乃は顔を真っ赤にしてますます下を向いてしまった。


「あれ……? 芳乃? 俺、なんかまずいこと言ったか?」

 芳乃は答えない。耳まで真っ赤になり、頭から蒸気が出そうだ。


「お兄ちゃんはバカだね」と春香。

「孝一郎はバカねえ」母さんまで。

 なんでだよ……。()めてやったんじゃねえか。意味がわからねえ。


 春香はやれやれ、という顔をしながら、サンドイッチを作って芳乃に手渡した。

「はい、姫ちゃん食べて。ハムタマゴサンド。お兄ちゃんはドンカンバカだけど、このタマゴソースは美味しいよ」

「あ、ありがとう…………春香。いただきます」

 芳乃は渡されたサンドイッチを小さくかじった。


「どう?」

「……お、おいしい」

「そう、よかった。たくさんあるから食べてね」

「ああ、ありがとう」

 芳乃はちまちまと口を動かしながら上目遣いで俺を見た。


「こ、孝一郎……」

「ん? なんだ?」

「その…………本当か?」

「……え? なにがだ?」

「こ、この……髪型は……お、おかしくはないか?」

「なんだ、疑り深いやつだな。本当によく似合ってるって。髪型もワンピースもな。嘘なんか言わねえよ」

「そうか…………、なら、いい」

 芳乃は相変わらず顔を赤くしたまま消え入りそうな声で言った。


「おまえはそれくらいちゃんと顔を出したほうがいいな。もっと自分に自信を持てよ。学校に出てきたらきっと人気者になるぞ」

「そっ、そんなことはっ……!」


 芳乃が赤い顔をさらに赤くして抗議の声を上げたとき、玄関モニターからチャイムが鳴った。春香が立ち上がってモニターをのぞきこむ。


「あっ! 圭吾さんだ」

 春香は嬉しそうにパタパタと玄関へ駆けていった。


「お兄ちゃーん!ちょっと来てー!」

 呼ばれたので行ってみると、玄関には野菜の入ったダンボール箱が二つ置かれていた。


「お兄ちゃん、これ台所へ持っていって」

 春香に言われて箱を持ち上げると、圭吾さんが三つ目のダンボール箱を抱えて入ってきた。


「圭吾さん、こんにちは」

「ああ、こんにちは、孝一郎くん」

 圭吾さんは段ボールを玄関の上がりに置く。


「食事中だったんだってね、申し訳ない。これ、村の野菜と味噌とか佃煮とか。たくさん持って来たので、みんなで食べてください」

「うわ、こんなに。ありがとうございます」

 俺は圭吾さんに礼を言った。


「もっと早く来るつもりだったんだけど、村の年代物の軽トラが途中でエンストしてね。エンジン冷やしたらなんとか動いてくれたけど、まいったよ」

「そうだったんですか、大変でしたね。それじゃお昼はまだなんですよね? よかったら一緒にどうですか? 普通のサンドイッチなんですけどたくさんあるので。コーヒーも煎れたてです」

 そう言って俺は圭吾さんの前にスリッパを並べた。


「いや、でも突然来てさすがに申し訳ないよ。私は芳乃様の顔だけ見れれば……」

 しかし、遠慮する圭吾さんの腕を春香が強引に引く。

「圭吾さん! 姫ちゃん見たら驚くと思うよ? さあ早く上がって!」


「母さん、これ、圭吾さんに貰ったよ」

 俺は二段重ねのダンボールをキッチンの前に置いた。


「突然すみません。おじゃまします」

 圭吾さんもダンボール箱を1つ持って入ってきた。


「圭吾くん、いらっしゃい。お昼まだなんでしょ? いっしょに食べましょう。はい、ここに座って」

 母さんが手招きをする。


「圭吾さん、ダンボール、そこに置いてください。いまコーヒー入れますね。…………あれ? そいうえば芳乃は?」

 ダイニングテーブルに芳乃の姿が無い。母さんが無言でキッチンカウンターのほうを指差した。俺は野菜の箱を持ち上げて、カウンターの裏を覗くとそこに芳乃がうずくまっていた。


「…………。芳乃、なにやってんだ?そんなとこで。圭吾さんが来てくれたぞ。顔見せろよ」

 俺は箱を開けて、中の野菜をストッカーに移す。


「あ、トマトがある! 圭吾さん、さっそくこのトマト使わせてもらいますね。……おーい、芳乃。ちょっとどいてくれ。てか、テーブルに戻れよ」

「あ、姫ちゃん、恥ずかしいんだね?」春香が言う。


「なんだ? そうなのか? 大丈夫だぞ、それ、かわいいから。それにいつまでもそうしてられないだろ?」俺は二つ目の箱を開ける。「お、こっちはそら豆だ。母さん、これ、全部そら豆だよ」


「ええっ!? 吉鷹のそら豆、って、なかなか手に入らない特級品じゃない! ありがとう! 圭吾くんっ!」

 そら豆が大好きな母さんは目を輝かせた。ちなみに俺はそら豆が苦手だ。なんか青臭い香りがするから。そんなことよりトマトが嬉しい。


「おーい、芳乃ー、テーブルに戻れー」俺はわざと投げやりに声をかけた。

「…………」

 数秒の沈黙の後、芳乃はしぶしぶ立ち上がった。


「あ、芳乃様、突然おじゃまを…………」

 圭吾さんは途中まで言って口を開けたまま固まってしまった。芳乃はうつむいて真っ赤になっている。やっぱり恥ずかしいのか。俺はかまわずトマトを洗う。


「これは……驚きました」圭吾さんはやっと我に返って言った。「とても…………お美しいです。芳乃様」

「でしょーっ?」春香が自慢げに胸を張る。「午前中にカリスマ美容師のお友達のとこに行ってきたんです。姫ちゃん、可愛いでしょう?」


「……ええ、本当に驚きました。その髪型も似合っていますし、白いお洋服姿も初めて見ましたが、とてもよくお似合いです」

「はいどうぞ」俺は圭吾さんの前にコーヒーを置く。

「これ使ってください」春香がレンジで熱いおしぼりを作って差し出した。

「パンも野菜もハムもたくさんあるから遠慮なく食べてね」母さんが言った。

「は、はい。それでは……せっかくなので遠慮なくいただきます」


 芳乃も席に着き、にぎやかなランチが再開した。




 食事が終わるころ、圭吾さんが芳乃に話しかけた。

「ところで芳乃様。お気づきだとは思いますが……」


 芳乃はコーヒーカップを手にしたまま答える。

「ああ、わかっている」


「念のため、ここに来る前に石室山は見てきましたが、いまのところ異常はありません」

「そうか、ありがとう」


「何かあったんですか?」

 俺は気になって圭吾さんに聞いてみた。

 すると、圭吾さんの代わりに芳乃が答えた。


「孝一郎。今朝くらいから大神(オオカミ)が鳴いているのだ」

「オオカミが? 俺には何も聞こえないけどな」

 ここから石室山は、直線距離なら近いけど、北門まででも2キロは離れている。


「山ちゃんと雷ちゃん? あたしにも聞こえないなあ」と春香も言う。


「わたしには聞こえるのだ」と、芳乃が答えた。

「それって、石室山でなにかおきているのか?」


「いや……鳴き声は緊急を知らせるものではない。しかし……なにか嫌な予感がするな」

 そう言って芳乃はリビングの窓から石室山の方角を見つめた。


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