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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第1章 嵐の石室山と首輪の少女
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第1話 富岡孝一郎

 関東平野はまったいらだ。


 この「まったいら」というあたりまえの風景を、他の地方の人に理解してもらうのはなかなか難しい、ということを最近になって初めて知った。


 まったいらというのは、例えばちょっと小高い場所から、ぐるりと360度回りを見渡しても高い山が一つも無い、ということだ。これは関東平野で生まれ育った俺には当たり前だが、他県の人には珍しい風景らしい。


 天気が良くて低い雲が無ければ北に筑波山(つくばさん)が見えるが、それでもこのあたりから五十キロメートル以上離れている。

 西の方向は東京都心方面で、真冬のよく晴れて空気が冷えている早朝なら、さらに遠くの富士山が見えるが、たいていいつも東京上空はガスがかかったように霞んでいる。

 東の太平洋方面にも、南の房総半島(ぼうそうはんとう)方面にも高い山は一つも無い。


 この近辺で唯一山らしい山は石室山(いしむろやま)だが、それだって標高二百数十メートルくらいだから、他県民からすれば山というより、せいぜい丘のようなものだろう。


 その関東平野のど真ん中。千葉県下総市(しもうさし)。私立順聖堂学園じゅんせいどうがくえん高等学校。北総(ほくそう)地方の田舎町の、やや小高い丘の上に立つ校舎の三階、一年一組、教室後方の窓際の席から、俺はため息をついて四月の青い空を見上げた。


 東に向いた教室の窓から外の景色を眺めると、そこに広がるのはいつもと変わらない、だだっ広い田園風景だ。


 北東の方角。つまり俺の座っている席から左斜め後ろの方角には、日本一の流域面積を誇る大河、坂東太郎(ばんどうたろう)こと利根川(とねがわ)の巨大な堤防と、その横を走る国道のクルマが小さく見える。

 それ以外はところどころに点在する農家の集落や小さな神社の森があるばかり。


 下総市の中心部は学校から見て南側にあり、このところ学園都市として人口も増え、商店街も活気がある。しかし教室の窓からは、その街並みはほとんど見えない。


 いくら町の住民が増えて発展中とはいえ、根本的には関東平野の真ん中の、水郷(すいごう)地帯と呼ばれる田んぼだらけの田舎町だ。別に田舎が嫌だとか、都会で派手に遊びたい、というわけじゃあない。

 どちらかと言えば人混みは苦手だし、おしゃれして街で遊ぶことにも興味は無い。しかしこうも毎日、教室の窓から田んぼばかり眺めているのも気が滅入る。


 俺は富岡孝一郎(とみおかこういちろう)。十五歳、高校一年生。

 この学校に入学して一週間。いまだにこの学校にもクラスにもなじめない。


 別に友達がいない、とか、孤立している、というわけではない。クラスには同じ中学から進学した生徒もいるし、他にも何人かとは、休み時間に普通に話せるくらいには親しくなった。


 学校は日本屈指の超難関高校で、誰もがうらやむ人気有名校だ。

 とは言っても俺が入学できるくらいだから、むちゃくちゃ偏差値が高い、なんてことはない。しかし日本初の女性総理大臣、ノーベル賞チームの科学者、大企業のトップ、ベストセラー作家、芸術家、など、ここ数年で立て続けに各界の著名人、有名人を輩出したことで一気に全国的な有名校になってしまった。


 さらに下総市は二年前に施行された官民一体の実験プロジェクト「生活ミライ」のモデル都市でもあり、クリーンエネルギーと安全な食材の流通を研究、実施するために、この学校に、というより町全体に企業スポンサーが付いているから公立高校より学費が安い。

 全国から学生が集まっているために、寮や下宿から通う生徒も多いが、俺の自宅は隣町でギリギリ徒歩圏。生活や通学の苦労も無い。


 自宅から近い超人気有名高校の新入生。はたから見れば誰もがうらやむ学園生活、のはずだ。


 でも……何かが違う。


 ほんの少し前、中学生のころの俺には大きな夢があった。

 でも、その夢を失い、いまの俺には何もない。

 これは俺が望んだ高校生活じゃない。


 入学式から一週間。俺は始まったばかりの高校生活の中に、何とも言えない違和感を感じながら毎日を送っていた。


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