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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第1章 嵐の石室山と首輪の少女
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第11話 決着

「あのさ……」

「なんだ?」

「いま何時だろ?」

 俺は部屋を見回したがどこにも時計がない。


「午後7時半をまわったくらいだな」

「なんでわかるんだ?」

「わたしの体内時計はけっこう正確だ」

 体内時計……って。


「なんで時計が無いんだ?」

「去年までは掛け時計があったのだが壊れてしまったので今は使っていない。時計が無くても特に困らないからな」

「えーっと、電話は…………?」

「そこに村に通じる内線電話があるが、孝一郎が着替えているときに村に連絡をしようとしたらつながらなかった。おそらく嵐でどこかが断線したのだろう」


「そうか……」

 スクール端末は拝殿に置いてきた通学用バッグの中だ。あれが無いと時刻がわからないし外と連絡も取れない。電波が通じるかどうかわからないけど。


「テレビとかラジオは?」

「無い」

「パソコンとかは?」

「ここには無い。必要なときは権太夫(ごんだゆう)の家に借りに行く」

「権太夫さんの家……ってどこ?」

「吉鷹村だ」


 吉鷹村は石室山特区内で隣接しているとはいえ、村の入り口までまだ二、三キロはある。

「…………」

 これは困った、いろいろと。


「あのさ」

「なんだ?」

「家に帰ろうと思うんだけど」

「それは無理だな」

「………何でっ!?」


「もうこの小屋は囲まれている。すぐ近くに雷王丸と山王丸がいる。山門の方角にも別な何かの気配を感じる。いま出て行ったら喰い殺されるぞ」


「ええっ!? オオカミたちは動けないんじゃねえのかよ!?」

「思ったより回復が早かったようだ」

「それに別な何かの気配、って何だよ!?」

「それはわたしにもわからないな」

 うわー、ぜんぜん状況は良くなってねえじゃねえか…………。しかも敵増えてるし。


「これじゃあ(らち)があかねえな」

「そうだな……わたしが外に出て、もう一度説得してみるか」


 その時だった。ドンッという大きな音がして入り口の扉が揺れる。


「うわっ! オオカミか!?」

「そのようだな」


 ドンッ!また音がして扉が揺れる。

「体当たりしてるんじゃないか?」


 ガゴンッ!今度は南側の鎧戸(よろいど)で閉ざされた窓にも大きな音がした。

「そのようだな。入り口の扉か窓をぶち破る気らしい」

「ここは安全なんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだが……。大神たちはよほど孝一郎が気に入らないらしい」

 うええ、俺ってそんなに悪いことしたのかな。


「窓から離れていろ、孝一郎」

 芳乃はそう言うと神棚に置かれた古そうな両刃の剣を手に取った。俺も木刀を握り締める。


「おい、そんなボロ剣じゃ役に立たないだろ。他に木刀か何か無いのか?」

「無いことはないが、こいつは天叢雲剣あめのむらくものつるぎという神剣だ。木刀よりは役に立つぞ。それより孝一郎、隣の台所に入れ。扉が破られたら奥の勝手口から外へ出ろ。この狭い小屋の中では剣が振れない」

「わ、わかった」


 俺と芳乃は西側の扉から台所へ入りドアを閉める。すると、三度目の激突音とメキメキという破壊音がして、隣の部屋にオオカミが一頭転がり込んできた。ほぼ同時に南の窓も激しい激突音と共に破壊され、もう一頭のオオカミも飛び込んできたようだ。机や家具が倒されて大きな音を立てる。


「孝一郎! 外に出ろ!」芳乃が叫ぶ。

 俺と芳乃は勝手口の扉を開けて表へ飛び出した。


「孝一郎! その木に登れ!」芳乃が叫んだ。

「いやだ!」

「なんだと!?」

「俺も戦う! もう逃げたくない」

「……そうか。ならば勝手にしろ」


 そうだ。俺はもう逃げない。こうなったらこの自称お姫様を守って死んでやる。

 心の中でそう思った瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。

 なんだ?この感覚は。恐怖。いやちがう。


 自分の夢にすべてを賭けて突っ走ってきた中学時代。夢も、目標も、すべて失って絶望に沈んでいた高校入学の春。俺は何のために生きているのか。これから何を目標にして生きていったらいいのか。気力も無く、何もやる気がおきなかったこの数週間。いまやっと、俺は生きていることを実感している。


 お姫様を守って死ぬ?

 おもしれえ。最高じゃねえか。運命とやらのいたずらにしちゃあ出来すぎた話だ。まさかお先真っ暗な高校入学早々、こんなトンデモイベントに出くわすとは思ってもみなかったよ。


 オオカミたちは勝手口の扉も体当たりでブチ壊した。二頭は小屋の前に立ち、低い姿勢でこちらを睨んだ。今にも飛びかかってきそうだが剣を構える俺たちを見て躊躇(ちゅうちょ)しているらしい。


 芳乃は剣を構えて低く叫ぶ。

「姫神よ! 力を貸してくれ!」


 その時だった。芳乃の体がきらきらとした青白い光に包まれて光ったように見えた。そしてその光が芳乃の体を伝って両刃の剣に吸い込まれていく。

 白錆びたように曇っていた古い剣は、いまや神々(こうごう)しいほどの輝きを放っている。そして芳乃の体を包む光は次第に輪郭がはっきりしてきて、なにか白っぽい着物をまとっているように見える。例えて言うなら、天女の羽衣(はごろも)……だろうか。


「芳乃…………おまえ、それは…………」


 しかし驚いている時間は無かった。二頭のオオカミは芳乃の異様な変化に動きを止めたが、意を決したかのように雷王丸が俺たちをめがけて飛びかかってきた。その瞬間、俺は芳乃の前に出て木刀を振りかぶった。


「孝一郎!!!」芳乃が叫ぶ。

 俺は目の前に迫る雷王丸の肩口に向けて、左斜め上から木刀を振り下ろした。しかし雷王丸は驚異的なすばやさで飛び上がり、そのまま上から襲いかかってくる。俺は再び木刀を振り上げようとしたが間に合わない。もうダメか、と覚悟した瞬間、俺の後ろから芳乃の剣がまばゆい光と共に振り払われる。青白い閃光に目を細めた次の瞬間、そこに雷王丸はいなかった。


 いったい何が起こったのか理解できず、あっけにとられている俺に向かって、再び芳乃が叫んだ。

「孝一郎! 危ないっ!」


 はっとして振り向いたときには、俺に向かって襲いかかる山王丸がもう目の前だった。極限まで張り詰めた精神状況のせいで山王丸の動きがスローモーションのように見える。山王丸は牙をむき出しにした口を大きく開けて、正確に俺の喉元に近づいてきた。


 だめだ……やられる!


 お姫様を守って死ぬだって? はっ。結局俺は何にもできなかったじゃねえか。なんだか最高にカッコ悪かったな。


 俺は死を覚悟し目を閉じる。ああ、……俺は、……ここで、死ぬのか。


 瞬間、俺は体に強い衝撃を受けて背後の大木に叩きつけられた。

 全身を走る激しい痛みに意識が遠のくが気力を振り絞って顔を上げる。

 朦朧(もうろう)とした視界の中に、動きを止めた山王丸と剣をかまえた芳乃が見える。


 山王丸と芳乃はわずかなあいだお互いに(にら)み合っているように見えたが、やがて山王丸はその場にしゃがみこみ、口に(くわ)えた何かを地面に置いた。


 そして山王丸は何かを訴えるように一度芳乃を見上げると、背を向けてゆっくりと歩き出し、そのまま山の暗がりへと消えていった。


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