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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第12章 姫神
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第98話 玄室

 俺と春香、そして芳乃は、城築先生の自家用車に乗せてもらい石室山に向かうことにした。


 大病院の理事長でもある城築先生のクルマは、意外なことにスポーティーなデザインの赤いスリードアハッチバックで、かなり年代物のようだ。

 城築先生は運転をしながら説明をしてくれた。


「このクルマはね。三十年以上前の国産車なんだけど、イタリアの有名なデザイナーがデザインしたスペシャリティーカーなんだ。といっても高級車ではないし、純粋なスポーツカーでもないんだけど、ちょっと洒落たデザインのこういったクルマが、当時はデートカーとして流行っていたのさ。結婚前、美穂がこのクルマを『かわいい』と言って気に入っててね。お金は無かったんだけど、程度のいい中古車を探して、ちょっと無理をして買ったんだよ」


 城築先生は、最近では珍しいマニュアルミッションのシフトレバーを器用にシフトチェンジしながら話をする。もうすぐクルマは北総市の中心街を抜けようとしていた。


「そのころはお互い忙しくて、なかなか休みも合わなくてね。クルマでデートと言っても二、三回近場(ちかば)に食事に行ったくらいで、ほとんど二人でドライブはしていないんだ。だからわたしはいつか美穂が目覚めるまでは、このクルマを手放さずに、きちんとメンテナンスして壊さないように乗り続けるつもりなんだよ。まあ実際に自分でこのクルマを運転するのは、今日のように仕事が休みで天気がいい日だけなんだけれどね」


 俺たちを乗せた赤いクルマは市街地を出て、軽快なエンジン音をあげながら田畑の中の田舎の県道を、石室山方面へ進んだ。


 県道が将官川を渡る仮設橋の手前に検問所がある。先月の事件以来、石室山周辺は非常に厳重な警備体制が敷かれていて、俺たや春香はもとより、大原首相や芳乃でさえも、通行許可証なしには勝手に石室山へは近づけないという決まりになっていた。


 城築先生はクルマの窓を開けると「ごくろうさま」と言って、検問所の自衛官にスマートフォンでデジタル通行許可証を提示する。俺たちもそれに倣って、SPDで通行許可証を提示した。


 自衛官は全員が石室山ミライ常任理事の通行許可証を見せたことに少し驚いた表情を見せたが、すぐに「どうぞお通りください」と言ってゲートを開けてくれた。




 クルマは石室山に着くと山門前に駐車した。


 ここにも仮設の監視小屋が建てられ、十数名の自衛隊員が警備に就いている。山門の周辺には物々しい装備の自衛隊車両が何台か停められていた。


 俺たちがクルマを降りると近づいてきたのは見知った顔の自衛官だったが、「決まりですので」と恐縮しながらデジタル通行許可証を確認した。

 芳乃が「用事があって中腹の神社本殿まで行く」という旨を伝えると「それでは警備のものを付けましょうか」と尋ねられたが、丁重に礼を言って断った。


 芳乃を先頭に、俺と春香、そして城築先生は南拝殿横から参道を登る。


「ところで城築先生」芳乃が言う。「龍の卵からは放射線が出ているという話だったが、みんなは本殿に行っても大丈夫だろうか」

「ああ、それなら大丈夫だよ」城築先生は顔を上げて答えた。「病院で説明したとおり、通常では計測できないほど微弱なものだから、龍の卵に近づいたり触ったりすること自体は問題は無い。ここで十何年も生活でもしない限り、なんの問題も無いさ」


「そうですか。それならよかった」

 芳乃はそう言うと、また前を見て坂を登ってゆく。




 土蜘蛛の事件があった日、姫神様への報告のために、みんなで参詣した石室山神社の本殿は、変わった様子もなく静かにたたずんでいた。


「わたしは姫神様にお伺いを立ててくる。すこし時間がかかるかもしれないが、このあたりで待っていてほしい。そこにある大きな平たい石は休息用のベンチ代わりだから腰かけてかまわない。ただし、わたしを待つあいだ、できるだけ気持ちを静かに落ち着かせて、自分の気の流れを整えてくれ。城築先生、やりかたは孝一郎と春香に教わってください」


 芳乃はそう言うと本殿の前で柏手(かしわで)を打って一礼し、正面の扉を開けると静かに建物の中へ入っていった。


「教えろ、って言っても難しいよな」

 俺はこのところ、もうすぐ開催される剣道総理大臣杯の千葉県大会にむけて、毎日のように芳乃から指導を受けていた。

 主に気の流れの整え方や、気功の使い方だが、時間のあるときには春香も稽古に付き合ってくれていたので、春香もある程度は気の流れについて理解をしているはずだった。


 気とは、すべての生き物の体を流れる生体エネルギーであること。

 気が正しく流れるときには、自然界にある生体エネルギーと一体となって、大きな循環を作りだすこと。

 気の流れを整えるには、自分が自然と一体となって、自然からエネルギーを取り込み、またそれを自然界に放出することをイメージすること。


 俺は自分の理解の範囲で城築先生に説明した。


「なかなか概念的で難しそうだけれどやってみよう」

 城築先生はそう言うと、大きな平たい石の上で座禅のようなポーズをとって目を閉じた。


 俺と春香も石に腰かけて、気の流れを整えるために静かに目を閉じた。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 芳乃の「お伺い」は、思っていた以上に長かった。

 三十分、四十分、いや、もしかしたら一時間くらいは経ったのかと思われたそのとき、本殿の扉が内側から静かに開き、中から芳乃が姿を見せた。


「みんな、長く待たせてしまってすまない。姫神様のお許しをいただいた。中に入ってくれ」


 俺と春香、城築先生の三人は、芳乃に(なら)って正面扉の前で柏手を打って一礼すると、靴を脱いで本殿の建物に上がった。

 建物の内部は、あの戦いの日、報告のために入ったときと変わりはなかったが、唯一違っていたのは、正面の奥の壁にあった、たくさんの金属の鋲が打ち付けられた丈夫そうな木の扉が手前に向かって開かれていたことだ。


 俺は目を見開いて扉の中を見るが暗くて内部はよくわからない。

「芳乃…………。これは?」


「そうだ。この奥が石室山の玄室だ。さあ、わたしに付いてきてくれ」

 そう言って芳乃は奥の扉のほうを向いた。


「付いて…………って、どこへ行くんだ?」

 俺がとまどいながら尋ねると芳乃は答えた。


「もちろん玄室の中へだ」

「玄室の中? いや…………だって、石室山の玄室は千三百年、千堂家の当主以外誰も入ったことがないんだろう? そこへ……入っていいのか?」


「ああ、姫神様のお許しを得た」

 芳乃がそう言うと、今度は城築先生が問いかけた。


「芳乃ちゃん。本当にわたしたちが入っていいのかい?」

「ええ、城築先生。大丈夫です。お入りください」


 春香もとまどった表情で口を開いた。

「姫ちゃん、あたしも入っていいの?」


「ああ、入ってくれ。姫神様はみんなに会いたいと言っている」


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