プロローグ
社の外は雷鳴が轟き風はうなりを上げている。
雨は弱まる気配を見せず建物の屋根を激しくたたいていた。
ときおりまたたく雷光に、小柄な少女のシルエットが逆光で浮かび上がる。
俺はその姿を見て驚き、思考が停止した。
少女は服を脱ぎ、タオル一枚を胸の前で抱えていた。
もちろん俺が驚いたのは、少女が何も衣服を身に着けていなかったからだ。
……しかし正確に言うならば、少女は全裸ではなかった。
少女はその裸身のあらゆる部位に、銀色の鋲や白い石のようなものが光る、黒い革のバンドを巻いていた。
首、手首以外にも、肘、肩、胸回りから腰にかけて、足の付け根から膝にかけて。あるところは真っ直ぐにきつく締めるように。あるところは斜めに交差しながら。なにかの規則性があるのか、それとも思いつくままか。黒いバンドは少女の体のいたるところに巻きついていた。
風雨に乱された長い髪は少女の顔を覆い、その表情をはっきりと窺い知ることはできなかった。
いったいどれくらい時間が経ったのだろうか。
俺たち二人はこの社の建物に閉じ込められて外に出ることができない。
扉の外では巨大な獣がうなり声をあげながら、こちらの様子をうかがっている。
あれは大神だ、と少女は言った。
オオカミだって? そんな、まさか。
しかしまずいな…………。
「なんとかここから逃げ出す方法を考えないと。このまま噛み殺されたくはないだろう?」
俺は社の扉をにらみ、声に力をこめる。
「おまえは何か思い違いをしていないか? ……噛み殺されるのはおまえだけだよ」
と、少女は静かに言った。
「わたしは生神なのだ。大神はわたしを守っている。わたしは代々この山を守護する下総犬養家第七十七代当主。当家の始祖は不破内親王、松虫姫。わたしもまた、村人からは松虫姫、と呼ばれている」