川辺の出合い
木の色を映す川はさらさらと音をたて流れている。時折銀色の鱗が光を反射させて目に残った。川の周りには大きい岩の他大小の石があり間には川辺の植物や苔が生えている。
視線を巡らせた先に濡れて岩に張り付いてる白い毛皮を見つけてメルディは興味のまま近づくと。
『近寄らないで!』
何処からか頭に響く声。澄んだ水のような涼やかな声に警戒が乗せられていた。
「え?誰?」
「キュー、クゥ」
今の鳴き声始めて聞いたぞ!
発信源のミミットベアを思わず見上げると、ミミットベアは川の上に視線を向けていた。
川の上には木漏れ日で見にくいが淡く、球体に光っている場所がある。姿は見えない。
「何?妖精とか?」
思わず見上げながら声を漏らすと声の主らしき光は眩しいくらい光り『はぁ?!』と声を荒げる。
眩しい光を遮るよう目を守りながらメルディは謝った。
「え!あ?!ごめんなさい。自然の中の不思議なのって妖精とか精霊のイメージが強くて」
光が止み、改めて見ると半透明の全体水の少女の姿になっていた。肉体が無いから顔の作りは判別できないが小さい子供でスカートをはいた女の子のシルエットだと解る。
女の子の声を脳内に語りかけるように話して人の形をとって浮いている。えぇ~?何がおきてんの?
水で象った少女は偉そうに仁王立ちをしふんぞりかえりながら私に向いた。
『なんだ、解ってるじゃない。もっと驚いて敬いなさいよ!私はこの川に住む精霊よ!人如きが!…人如き?』
何か引っかかったのか水の精霊が近寄ってきて私の周りを飛ぶ。
水は当たらないけど戸惑っていると川の上に戻っていった。
『…あなた人間なのに同族の…いえもっと古い同族の気配がするわ…。何者?』
「え?私の名前はメルディだけど…。気配って恩恵じゃなくて?」
なんか精霊が出てきてファンタジーだなぁという感想しか思い浮かばなかった。恩恵は精霊からの加護でしょ?あとは国の興りで王族の始祖は精霊と人間だと言う話あるけどソレの事かな?フラグ?
ちょっと候補複数あって判らないな。
『恩恵は関係ないわ。
まぁ、同族と契約した血の匂いもするからそういう事なんでしょうけど…なんでこんな所に居て魔物まで連れてるわけ?』
そういえばそこら中擦りむいていたのを思い出したが、精霊は答えを期待してないのか淡々と話を進ませる。
とりあえず私はもう何も解らないから「さぁ…」と返した。
『…なんで貴女達こんな子供についてるわけ?』
私が期待通りの答えじゃないからかミミットベアに聞き始めた!解るの!言葉が!
ミミットベアは鼻をふすふすと動かしながら、精霊は『ふんふんなるほど』と聞きながら応えている。会話になってるんだ?
『ふぅ〜ん、あなたミミットに求婚したんだ。』
「は?」
思わず口をポカーンと開けたまま間抜けな返事をした。求婚?
『あ、解らないわよね。種族違うし。
あなた、自分の食べ残した物あげたでしょ。
そしてミミットもそれを食べて残したでしょ?そうよね?』
「ピィ」
今度は子供のミミットが応える。
『それが求愛行動と返事よ。気に入られたみたいで良かったわね。―え?なになに?』
え?求愛行動?気に入られた?固まっていると、また精霊とミミットベアが話し始めた。
『そうなの?…あなた。』
「え?はい?」
話しかけられて現実に帰る。
『親として挨拶しようとしたら逃げたんですってね。ミミットの食べ残したものも食べないなんて駄目じゃない。』
え?挨拶?ダメ出し?やっぱり宇宙に旅立とう。
「えっと、あの。すみません。求愛の意図は無かったんです。はい。餌付けと言うか異種婚はちょっと、無いって言うかですね?無理だと思うんですよ。マジで。」
これは若いミミットを誑かしたとか弄んだことになるんだろうか。親に殺されません?
ミミットベアを見上げるとこっちを見ている。
…土下座をしよう。
頭を擦り付けるように膝を折り手を地に付ける。
「紛らわしい行動してすみませんでした!!
決してお子様を誘惑しようとか唆そうとかした訳で無くてですね!純粋な気持ちで可愛いとか触りたいとか思った訳でして!!決して邪な気持ちからじゃないんです!」
全力でミミットとミミットベアに向けて謝った。
それはもう心を込めて謝ると少女の笑い声がした。
そして恐らくミミットが私の頭をふすふす嗅いでるのが髭が当たって解る。
『あっは!あははははははは!
ぶはははは!だめ!はははははコレはあはあは』
「…。」
……。だまされた。
てっきり本当に人並みの思考とか意図をもってるんじゃいかと思ったんだけど、弄ばれたのは私かーい…。
『あひあははあひゃあひゃひゃひゃひゃ―』
凍らせようかな。
精霊相手に不穏な事を考えると察したのか精霊は謝ってきた。
『ごめん、ごめんってば。怒らないでよ。
ちょ、ちょっとね遊んだ事は認めるけど、理由があって、あなたを試してみたのよ。』
理由?首を傾げる。
『うんうん!そう、あの子を保護してもらえない?川で溺れてたから助けたんだけど…私触れないからそれ以上助けること出来ないの。
せめて幻覚で誰も近づけないようにしてたんだけど、あなた効かないから警戒してたのよ。』
精霊が示す先に濡れた白い毛玉が岩の上に居る。
生き物だよね?生きてる?
実はずっと気になってたけど動かないよね?
「生きてるの?」
『生きてるわよ。だいぶ弱ってるけど今は寝てるだけ。』
浮いて白い毛玉まだ移動するから付いていく。
近くで見ると額に少し黒い毛がある以外は真っ白いな猫だった。
ただ全身濡れているのと関係なくガリガリに痩せている。
『これでもね、綺麗にしてあげたのよ。生き物って汚いと病気になっちゃうんでしょ?
私の川の上流から流れて来たんだけど。上って人間が住んでるから汚れた水も流れてくるのよ。
私がいるからこの川は綺麗なのに、人間って解ってないわ!!』
鼻元に手を近付けると息が手に当たってホッとする。体を触ると冷たく、思った通り肋骨が浮き出てて餓死寸前に思えた。
これは、時間がないのでは?
体の大きさは日本の猫が1歳になったくらいのサイズだ、多分成猫だろう。
「ねぇ、生き物は温度もないと低温で凍死しちゃうんだよ。溺れていたなら水も飲んだかも。」
『そんなこと言っても私は水を司る精霊よ!暖める事なんて出来ないわ。だから岩の上で陽に暖めてたんじゃない。
あと飲んだ水は大丈夫よ。水は吐いてたもの。』
精霊なりに考えて行動していたようだった。
「そうか、無理言ってごめんなさい。」
猫を持ってシャツの中に入れて抱えるようにして暖める。
水に濡れて冷たいが、我慢だ。そのうち温度が馴染んで暖かくなるだろう。
「この子、連れてって良いんだよね?」
膨らんだ下を片手で持って慈しむようにもう片手で撫でる。
動物全般好きだからこの猫の軽さが痛々しい。
『私のところに居ても何も出来ないからね。
あなたなら…メルディなら信用出来そうだから預けてあげるわ。
…元気になったら連れてきなさいよ。
あとさっきからかって笑ったのはごめんなさい。でも半分は本当のことだから、その子達も一緒に連れてってあげなさいよ!じゃあね!』
腕を組んでフンッと後ろに翻ると姿を消した。
最後の言葉に「へ?」と驚いて精霊を見るが目の前には自然だけが取り残されていた。半分ってどの程度の半分だよ!
足元にはミミットがお腹を興味深げに見上げ鼻をふすふすと上下していた。
………
その頃のファインは。
「おい!リュートいるか!!」
バーンと勢いよく扉を押し開け中に入る。
使用人用の休憩室で執事のお爺ちゃんことマルコ・ジープのバトラー、この屋敷を纏める責任者でもあるセルリアット・クルセスがリュートとトリヴィスに授業していた。
二人で一つの大きく分厚い本を開いており、綺麗な不純物の混ざってない白い紙のノートで教えてもらった事を書き連ねている。
リュートは眉間に皺を寄せ「なに?」と冷たい声を放った。副音声に「ファインみたいに暇じゃないんだけど」と文句が聞こえる。
しかし今は緊急事態だ!許せ!
「メルディが居なくなった!頼む!探してくれ!」
ガタっと先に勢い良く立ったのはセルリアットだった。わなわなと震えて心做しか顔色が悪い。
「メ、メルディ様が…ファイン殿、本当ですか!」
「ああ、シスターとの修行で屋敷の周りを走ってもらってたはずなんだけど、姿が見えないんだ。」
「それで何故リュートに?リュートが探せるのですか?」
「ああ、リュートは水と土の恩恵持ちなんだが植物にもサーチ魔法の影響があるんだ。」
「そうなのか?リュート。」
セルリアットは嘘を許さない厳しい眼差しでリュートを見る。
リュートは呆れたようにファインを見た後首を縦に振って「本当です。」と答えた。
セルリアットは苦く唸りながら整えられた顎髭に指を絡ませる。
「うぬ、しかしこの周りの森は広大。
それに最近違法な商売をしている犯罪者共が森を出入りしていると聞きます。念の為本当に誘拐されたと考えて行動と準備をした方が良いでしょう。
リュートはファイン殿と行動を、トリヴィスは私に付いてきなさい。」
セルリアットはすぐに駆け出そうとするが、リュートはセルリアットの上着を掴んで引き止める。
「待ってください。」
大きい瞳は凪いだ海のように静かで、いつもと同じく表情が乏しい。リンダと同じ顔の少年は全く焦った様子を見せなかった。
「ファイン、何処から消えたの?」
「裏口から反時計回りに走って行ったのは見えたんだが、シスターに足止めされててその後見てないんだ。」
「あー、じゃあその向かった方角のままで捜した方が良いだろうね。
あの子、好奇心旺盛だから何か見つけて追った可能性が高い。動物好きだし。」
「いや、しかしメルディは真面目ないい子だ!そんな道を外したりは…」
リュートは首を振る。
「メルディは6歳で集中力も疎らで本能のまま行動するよ。ファインはあの子に対してだけ目が曇ってるから仕方ないけど。
セルリアット様。僕達二人だけで裏から出て左側の範囲から確認します。右の広範囲お願いしますね。」
セルリアットは一拍考えて髭に指を絡める。
「うむ、そうだな。見つかったらこれを使いなさい。魔道具だ。」
リュートは片手を取られ握らされた物を見た。
何かの装飾品だ。シルバーのような光沢に金で細く術が刻まれ小さい石が埋め込まれている。明らかに高そうだ。
「これ、どうやって使うのですか?」
上に掲げるとセルリアットが掴みリュートの耳たぶに着ける。
「少しビリっとするが我慢しなさい。」
その瞬間リュートの体が反射的にビクっと痙攣したがその後は特に何も無かった。
「この石は原石でな自然の風の恩恵が宿っておる。魔力を集中させればコレと同じ石をつけた物に声を届けさせる事が出来るのだ。
…では手筈通りに、私は皆を集めてリュートまでの範囲を狭める様魔法を行使しよう。他にも優秀な者もおりますからな。」
その後屋敷から蜂の巣を突いたように使用人達が飛び出した。
メイドに狩人に営業に来ていた商人から庭師まで、実は皆いつの日か国を落とす為の私兵なのだがこの時はまだ誰も知らない。
魔道具の耳の装飾品はイヤーカフのような物だと想像してくれたらいいなと思います。




