魔法
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長屋一階の開いてる部屋の中に大の大人でも膝抱えて入れる大きな木製のタライがある。
裏口から井戸のある場所に出れ、女性陣は手に抱えられる大きさのタライを使って布で体を拭くか、この体ごと入れるタライに井戸からここまで何周もして水を入れて入るらしい。
私は現在その場所を借りている。
水はファインが入れてくれた。「ありがとう」と伝えたら「これは男連中の仕事でもあるから気にすんな」と笑っていた。
実際私でやるより、ファインが私では両手で抱えるような大きめのバケツを両手に一つずつ持ち、水が溜まるのが早かった。
鍛えるとあんなこと出来るのかな…。
因みに男性陣は外の木で簡単に仕切ってあるところで浴びる猛者が多いらしい。
冬どうしてるの!風邪ひかない?!
確かに人数が多い中、風呂的なタライは数が限られる。
女性陣に回してくれるのは優しさなのか…。日本が恋しい…。
ローザとファインに1人で入れる?大丈夫?と心配された。
メンタルが子供でない私は恥ずかしいので一人にしてください。お願いしますと2人を追い出し布だけ借りて一人になる。
扉すぐそこでファインが「何かあればすぐ呼ぶんだぞ!兄ちゃんここで待ってるから!解らないことあればすぐ呼べな!」と扉越しに心配するのでわかったと返事をして汚れたドレスを脱ぐ。
今まで屋敷の使用人がなんでもしてくれてた令嬢な上に記憶ないから心配してくれてんのは解るけど、ファインは御免被るわ。お前はダメだ。
ドレスは一人で着れる構造してないと聞いたことはあるけど、なんとか背中に手を伸ばしホックを外し、まるで脱皮の如く無理やり脱いで肌着になる。
ドレスに黒い、いや錆び?みたいなのが飛び散ったあとがあり、さっきも頭から錆色の塊みたいなの落ちてたな…。と考えると頭にフラッシュバックのように夜の襲撃を思いだす。
あ…。もしかして…、血?
なんだか気持ち悪いモノのように頭ごとタライの水に頭を突っ込みワシャワシャと髪を無茶苦茶にかく。
息が苦しくなり、頭を上げると冷たい水が頭から体にかかる。ふぉぉぉ冷たぁぁあい!
ぽたぽたと青みがかった銀色の髪から水がしたたり落ちる。
…何やってんだろう。
半ば呆然としてタライの水を見ると透明の下のそこに赤黒い塊が沈んでいた。
ファインは大丈夫だろうか。守られていた自分にもこれだけ返り血がついている。
戦ってくれていた彼はもっと血を浴びてるのでは?
汗もかいてたし、ファインの方がさっぱりしたいだろうに…。
早く上がるために意を決して水の中に一瞬入って上がるか!と肌着を全て脱ぎ裸になり一思いに水に浸かる。
しぬぅぅぅぅうぅ!
うおぉぉぉぉおお!と腕をこすり、バシャバシャと水を飛び散らせながら入る。イメージ的に鳥の水浴びのような感じで全身洗い出る。
カラスの行水とはこんな感じだろっか…。
はぁはぁと息が切れ何か疲れた。寒い…!
借りた布で髪を拭き、布を絞っては拭くを繰り返す。
これを毎日とかキツイな、なんとか出来ないかな。
髪を絞り体拭いてる時に後ろの扉が開くとファインが顔を出した。
「!!」
後ろとはいえ真っ裸だ。いやいやいやいや何普通に扉開けてんのこの人!!
「メルディ大丈夫か?ちゃんと一人で拭けてるか?」
「お兄さまぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ん?」
私が叫んだことに少し驚いてファインがビックリした顔をした。
いや、こっちの反応だからね!ソレ!!
すると走ってくる音が聞こえるとファインの後ろからフライパンが見え凄い勢いでファインを殴る。
ガァンっと大きい音がし、ファインが反動と痛みで前かがみになると、後ろにローザが見えて優雅に笑ってる。
「ごめんなさいね、メルディちゃん。着替えここに置いておきますね。」
フライパンで口元を隠しながら何事もなかったように笑っている。
「シスター!なぜ殴るんですか!?」
後頭部を押さえながらファインがローザに涙目で抗議するが、ローザがフライパンで口元を隠しながら目を細めて笑うが、ハイライトが消えたような迫力のある笑顔だった。
ファインが何かを感じ取ったように、一歩後ずさる。
「ファイン?ついてきなさい。」
有無を言わさない声色に、ファインが小声で「でも」と口ごもる。
「ファイン?」
ローザがニコリと笑うと疑問形にも係わらず有無を言わせぬ言葉を重ね、ファインは項垂れローザの後ろについていった。
「メルディちゃん、着替えたら隣の部屋に来てね。」
優しく笑うローザに「あ、はい」と返事をするしかない。パタンと扉がしまり、そういえばヒロインとファインのエピソードで「兄様はデリカシーがない」っていう話があったなーと現実逃避をしながら体を拭いてローザとファインが居るであろう部屋に行った。
部屋の中は共用部の遊び場なのか、小さな絵本の入った本棚に遊技の玩具が入った小さな箱が置いてある。
十畳ありそうな部屋の中央には長机とソファがあり、客間や談話室にも使われているようだった。
私が入るとファインが立ち上がり、ローザは紅茶を飲んでいた。
「メルディ、髪がまだ濡れているな、寒かっただろ。夜はちゃんとお湯で体を拭けるけど、さっぱりした方がいいと思ってさ。
シスターが紅茶入れてくれてるから飲んで体を温めな、あとはシスターが乾かしてくれるから。」
一応お湯を使えると聞いてホッとした。後半どういうことだろう、と手招きしているローザの元にいくと新しいカップに紅茶をいれてくれる。
香りが良い紅茶で、一口飲むだけで食道から胃まで熱いものが流れ込む感じがして体が温まるようだった。
ホッと息をつく。
「ちょっと後ろから失礼しますね。」
ローザは紅茶をいれた後、そのまま私の後ろに回ると髪の毛を手に取る。
何か小声で唱えたかと思うと暖かい風が私の全身に巻き付く様な感じがした。
服と髪が舞い上がり、いつの間にか水気があった体も髪も乾いてる。
「すごい…。」
なんて便利な!ドライヤーいらず!
ローザは手に持っていた木の櫛で私の髪を優しく梳いてくれる。
シャンプーもリンスもないが私の髪は前世の髪とは違い優秀らしい。
髪を櫛で梳くたびに艶が出てゆるふわになった。暖かい風が髪を通りぬけ気持ちい~。
風魔法最高ぉ~。
「私は風の恩恵があるのよ。魔力は恥ずかしながら低いですけど、これくらいならいくらでも出来ちゃうの。」
ふふっと可愛らしく笑うローザは「はい、おしまい。」と席に戻った。
気持ち良かったから少し残念に思ったけど、自分にも出来るようになるんだろうか。
確かヒロインは選択で魔法タイプと近接タイプを選べて、前衛と後衛を選べたはずだ。
つまり、私の気持ち次第で魔法が使えるはず!
でも私、脳筋プレイであまり魔法タイプ選んでなかったな…。
でも属性は初期に決める属性と闇の二つの属性持ちだったはず。
確か初期の属性って精霊選ぶんじゃなかった?
でも風魔法の希望はまだある!
「私にも使えるようになるでしょうか?」
期待を込めてローザに聞いてみる。
ローザは可愛らしく頬に手を当ててファインを見た後、うーんと考えた。
「魔法にはね、二つのタイプがありますの。一つは自分の恩恵の適性、もう一つは精霊の加護ですね。
自分の属性は生まれた時の祝福の恩恵。これは素質がないと使えないものでメルディちゃんが何の恩恵をもらってるかで変わるわ。
恩恵を持っていると、就職にも不便をしないし将来は安泰ですよ。
ファインも土の恩恵を持っているわ。恩恵を持っているとその属性だけ魔力の消費は微々たるものになりますよ。」
なるほど、ゲーム上のファインのMPは少ないけど、防御の特技や防御力アップのバフのMPコストが低いのはそういうことだからか。
「そして精霊の加護は、加護をくれた精霊に自分の魔力を渡して魔法を行使してもらうことを言うの。
だから精霊によって属性が違うのよ。その人たちを『精霊使い』と呼ばれるわ。
恩恵と違うのは精霊にも自我があること、威力を精霊に一任する形になってしまいます。精霊に気に入られて『精霊使い』になっても、精霊との意思疎通や信頼関係がないと大惨事なことになってしまうのです。
あと精霊の気持ちやクラスもありましてね、クラスによって魔力の塊である精霊は少ない魔力でも嬉しくてお礼をしちゃったり、気分屋ですから。知識がないと危ないと判断されて年齢問わず国管轄の学校にいくのよ。その後は宮廷魔導師になれたりしますわ。」
どこか憂い顔になったローザの説明にゴクリと生唾をのむ。
前例があったんだろうか…。
そういえば攻略対象に『精霊使い』居たなー。
三体の精霊に愛された魔術師タイプの男で、年下の天然で寡黙で細いのに大食いキャラだ。平気で5人前ペロリと食べデザートも山盛りのスチルを思い出す。そういえば平民出で貴族の学校に来たんだったか…同じクラスだったけど危険人物じゃないか。
「メルディちゃんも、もし精霊に会えたら私やファインを頼るのですよ。」
「はい!」(精霊やばいじゃん!初期の属性で使役の精霊変わってたよね!やばいじゃん!会わないようにしないと…。)
「あの…恩恵とか持ってるの、どうやって解るのですか?」(恩恵だけでなんとかならないかな?)
ゲームだとステータス画面で解るけど、実際どうなんだろう。
「最初は親が解るのよ。あとは教会で洗礼を行うの、教会の聖職者…私もだけど聖職者はその術を学んでいますよ。孤児院の子達もすでに全員洗礼を終えているわ。将来の為にも大事なことですしね…。メルディちゃんもしてみます?」
「是非!」
私は二つ返事で答えた。私のヒロインの過去の記憶にも恩恵についての話は聞いたことがない。
ゲームでは恩恵持ってたはずだけど、どうなんだろ。
「恩恵があるか知るだけでも将来の指針になりますから、知ることは悪いことではないわ。」
ローザはチラっとファインに視線を送る。
ファインは何か考える表情をしていたが、何故かは解らなかった。