シスターの思惑
「どうぞ、こちらの部屋をお使いください。
私はお茶でも頼んできましょう。」
「お心遣い、感謝致します。」
広い応接室は落ち着いたシックな部屋で、配置された調度品は一見控えめだが高価な品物だった。
この家主のセンスの良さが窺える。
シスターは中央にあるソファに身を沈め対面に3人の男性が座った。
子供が二人とはいえ男性が三人座っても余裕そうだ。
「で、シスター。何故コイツがいる?何故メルディに付けたんですか。
…それに何故あの時、騎士団が来たのにアイツに助けられたなど…嘘ついて助けたのですか?!
聞いても答えないし姿は消すし何考えてるんですか!
一体俺達がどんな気持ちでいたか解ってるんですか?!今日こそは誤魔化さず答えてください!
時と場合によっては絶縁しますからね!!」
座った途端口を開いたファインはトリヴィスを指を指しながら今までも溜まりに溜まった鬱憤を晴らす様にシスターに問い詰める。トリヴィスは流石に居心地悪いようだが自身も気になるようで眉を潜めてじっとしていた。
「落ち着きなさい、ファイン。トリヴィス君が居るのは優秀だからリュートとリンダちゃんの先輩になってもらっただけですよ?」
「落ち着けるか!!」
苛立ったファインが怒鳴るとシスターはクスクスと笑った。
「あらあら、まずは話を聞きましょうね。
そんなでは何時までも本題に入りませんよ?」
「―っ」
ファインは更に苛立ちを抱えたが、シスターに何を言っても流されるだけだと身に沁みているから溜息を吐いて苛立ちを逃した。
シスターは聞く体制になったファインに満足そうに微笑む。
「…良く出来ました。
そうね、まずはエルビンス男爵の事を先に話しますね。
男爵を罪に問わなかったのは簡単に言うと生温いからです。
私だって怒ってるのですよ?
そんな、国からの罰なんて生温いわ。」
少女のようにくすくすと楽しそうに話すシスターに三人は唖然とした。特にトリヴィスの反応は顔を青くしている。
「シスター、1からお願いします。」
一気に怒りが霧散したファインは項垂れるよう説明を求める。シスターは相変わらずニコニコと微笑んで了承した。
「エルビンス男爵のした事はですね。国の法からしたら大した罪にならないのです。
養子をしつこく勧誘することも、今回の事も証拠不足で罪になりません。
例え男爵に襲われたと訴えても、男爵が『助けただけ』と言えば証拠がない限り貴族の男爵が優先されます。
非常時に恩恵を使い建物を倒壊したことは罪にならないのです。
私達に出来る明確な罪に問えるのはエルフを奴隷に買っていたことだけですね。」
「エルフを?」
ファインは怪訝そうに聞き返す。
一般的な『エルフ』への認識は『精霊の民』だ。
他の国もそうだが精霊は信仰の対象で、エルフの祖先は精霊だと伝えられている。
だからエルフを奴隷にし、買うなどもっての外だ。
「ええ、ですがエルビンス男爵はただ着飾り、可愛がるのが至高の人でエルフも大事にされていたそうです。買ったことは罪ですが保護したと言われればそれ以上の罪は問えないでしょう。
トリヴィス君、違いはありますか?」
矛先を向けられたトリヴィスはビクっと体が揺れたが直ぐに背筋を伸ばし問いに答える。
「はい。違いありません。
彼女、アリアーゼは旦那様…エルビンス男爵に大事に扱われ父と慕ってました。」
「と言うことです。お人形のような可愛がり方だとしても大事に扱われていたのが事実なのです。」
「シスター、それですと大した弱みにもならないのでは?」
罪にならないから騎士団から庇ったとしても、それでどう罰を与えることが出来るか解らないリュートは質問する。
「いいえ、使い方次第です。
男爵はですね、血縁者が居ないのです。そして男爵自身も『作れない』と明言されてます。
それを良いことに子供を集めているわけですが、子供を一切引き取れなくすることを出来るのですよ。
それを元に、その後は子供を引き取って売買してた裏帳簿と関連貴族の名簿、それに可愛がっている子供達を私が引き取りました。
うふふ、教会の立て直しと賠償金の支払い。トリヴィス君は担保ですね。
ついでに寄付としてお屋敷も頂いちゃいました。もうエルビンス男爵は私に手出しをできないでしょう。」
手を頬に当て微笑んでるシスターと対照的に男サイドの顔色が悪い。
「………。」
しーんと静まり返る。
気まずい沈黙の中コンコンと控えめなノックが響いた。
『紅茶をお持ちしました。』
「どうぞ。」
入ってきたのは年嵩を重ねたメイド。
茶器を乗せたカートから慣れた手付きで紅茶を淹れて部屋から出ていった。
シスターは優雅に口を潤しソーサーに置く。
「それで、ファイン。他に聞きたいことはありますか?」
「…それでメルディ達を危険に晒したと言うわけですか?
俺はメルディ達をシスターの行いで危ない目にあったのも怒ってます。」
最初より勢いは落ちたもののファインの目には鋭い光が宿っている。
しかしその光は怒りをぶつけるモノではなく見極める為のようだった。
シスターは正確にそれを感じ取り再び口を開く。
「今のは結果的なエルビンス男爵への処遇です。
当初の目的はちゃんと別でしたよ。
そしてリュートとトリヴィス君はここからが本題です。
私だって大事なのはメルディちゃんの方ですからね。
ファインはメルディちゃんの事を皆に話さないつもりでしたが、こうなっては話をした方がいいでしょう。」
全員が黙る中リュートがスッと手を挙げる。
「シスター、メルディは今回に関わりがあるんですか?
「そうですね、間接的に関わってます。
まずはですね、ファインはリタール家に雇われていました。ですが家を襲撃され孤児院に戻って来たのです。」
ピクっとリュートが反応してシスターを見る。
「え?あの子って…」
「はい、そのリタール家の一人娘。正確にはメルディ・リタール。それが彼女のお名前ですね。」
「…なるほど、記憶が無いのを利用して兄と慕われてたんですね。おかしいと思ってました。」
「リュート、言い方がキツイ。」
考えを素直に口に出すリュートにファインが突っ込む。シスターは静かになったのを見計らって再び口を開いた。
「そしてリタール家を襲ったのはファインに聞く限り暗殺組織で間違いないでしょう。そして目的は今の所不明。
一家の暗殺ならメルディちゃんも狙われて捜索されてるかもしれない。
だからファインはメルディちゃんを連れて国外に出る目処が立つまで家で匿っていた訳です。」
話が区切られたのを察してまたリュートが手を挙げる。
「それは…、つまり一緒に居たら狙われる可能性があると言うことですか?」
シスターはいつもの笑みで肯定する。
「そうです。リュートは話しが早いですね。
まぁそんな時に丁度エルビンス男爵がいらっしゃった訳ですが。」
「…シスター、何故そこでエルビンス男爵が出てくるのですか?」
リュートは何故そこでエルビンス男爵が関わるか意味解らなくて困惑気味に聞いた。
トリヴィスは下を俯いている。
「エルビンス男爵はですね、前情報なく偶々リュートとリンダちゃん目当てに訪れたそうです。
そして偶々偶然リュートとリンダちゃんとメルディちゃんを見つけ運命の出会いだと思っちゃいました。
なのであの人、貴方達の動向を探る為に孤児院の周りに色々な人を放っていたのです。」
「え?」
「私は暗殺組織の牽制に丁度良いと思いそのままにしました。
ですが毎日のように訪れ様々な交渉と監視の目…監視は夕方までの様でしたけどね。
恐らく門が閉じるまで時間等を観察していたのでしょう。
しかし毎日お断りしているのに時には脅し権力をかざし、金や宝石や待遇についてが盛られるばかり。
そしてリュートとリンダちゃんを自分に相応しいように教育するからと提示されまして…。
『私が相応しくないと断ってるのは貴方の事です。貴方を教育しなおせる人がいるなんてそれはそれは優秀な方ですね』と伝えたら怒って皆が知ってる状態になったのです。」
男性陣も一息いれて紅茶に口をつけたあと、ファインが口を開いた。
「つまり、我慢の限界を迎えたシスターが男爵を煽ったらキレて襲ってきた訳ですね。
もしかして、俺達が外に狩りに行かせたのはシスターの策ですか?」
あの日、丁度狩りに出掛けていたから巻き込まれることはなかった。
もしあの日、孤児院に居て襲われたら子供達を守りきれなかったかもしれない。
シスターの策と疑ったのはシスターに言われ街を通らず裏の林から門に行ったからだ。
「半分当たり、半分はずれです。
時間が被らないようにはしていましたが、出掛けたのを知らずエルビンス男爵が襲ってきたのはリックスが関わってるようです。」
「あいつが?」
「えぇ、ファインもその場に居たはずですが聞いてなかったみたいですね。
リックスが言ってました。エルビンス男爵がメルディちゃんが門を通ったら知らせて欲しいと要望があって心配していたと。
仕事だから知らせに行ったら留守だっからそのまま帰ったそうですが…。」
リックスらしいと言えばらしい行動だった。
リックスは貧民街の産まれで良く近所の孤児院に遊びに来ていた。
孤児院の教会前は開けた場所になっており子供が多いし絶好の遊び場にもなっている事も原因だろう。
教会は近所の溜まり場、目の前は子供が遊ぶ広場みたいになっている。
しかし、その事は近所以外知らない。
リックスは何度か養子にと知らない大人から何度か声をかけられた事があり、その時に他の孤児院の実態を知ったらしい。
子供ながら孤児院の自警団とか子供を集めて戦隊ごっこをしていたのを思い出す。
つまり仕事に気が乗らなかったから最低限適当に対応したということか。
そのせいで情報が行き渡らなくてタイミング悪く襲ってきたと。
その襲ってきた一味のトリヴィスを見ると俯くどころか両腕が両足にくっつき上体が亀のように丸くなっている。地味にダメージを食らっているようだった。
あと一話会議が続きます。




