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「我が国へようこそ、ミヨちゃんって呼んでもいい?お母様もこんにちは」
明るい笑顔を私たちに向けるのは金髪碧眼の玉座に座る幼ない少女であった。
「こんにちは……」
「お、お邪魔します……?どうぞお好きにお呼びくださいませ」
母と私は突然の出来事に狼狽えた。これは誰が予想できただろうか。
見渡すと、豪華絢爛な広い空間。本でしか見たことがないようなはるか西の国のお城の中みたいなところのど真ん中に立たされていた。
今この状態を簡潔に説明すると、私たちはあれからアリオットさんの鏡の能力により光に包まれ、目を開けば先程の光景になっていた。
近未来的なもので言うとテレポートというのが近いのか。詳しくは分からない。
少女はアリオットさんの方をじとりと見て口を開いた。
「アリオット、ちょっと遅すぎるんじゃないの?」
「……すみません、女王陛下」
「ふふふ、なあにそれ。気持ち悪い」
「女王陛下!?」
驚いて思わず声が出てしまった。そうするとこの少女はにんまりと何かを企むように笑った。
「ふふん、それだけじゃあないわよ?ねぇーアリオット?」
「……」
「あらそんなに言いたくないのかしら?女王陛下とかいう普段言わない言い回しをしているあたり知られたくないのはよぉく分かったのだけど、どうせいずれ知られるのになんて往生際が悪い子なの。姉さん悲しいわ」
「お、お姉さん!?」
アリオットさんのお姉さんはとんでもなく若作りがお上手かと思ったが、そういえばアリオットさんのお姉さんは確かお亡くなりになったのではないか?
もしかすると私の勘違いだったのかとアリオットさんを見ると、アリオットさんは引きつった笑顔で私にぼそりと呟いた。
「嫌だろ……そんな自分より幼い人を姉さんだなんて呼ぶのは」
「いや、そんなところで羞恥心を感じなくても。私はてっきりお姉さんがお亡くなりになっているかと思って……」
「あら?私は死んでいるわよ?」
「え……?」
思わぬ言葉が飛んできて、私は少女…アリオットさんのお姉さんの方を見た。
「改めまして、私はこの国の主でありアリオットの姉、アマリリス・デニエル。アリスって皆には呼ばれているけどリリスでもいいわよ、好きに呼んで頂戴」
「えっと」
そう言うと、アリスさんは立ち上がり、情報が飲み込めず戸惑っている私に微笑む。
「順番に説明していくわね。まず、私の能力は夢を自由にできる能力、例えばクッキーが欲しいわと願えばこんなふうに」
アリスさんが手を前に出すと、その手のひらにクッキーが出てきた。驚いていると、アリスさんはそのクッキーを口に寄せ齧り、咀嚼した。
「願えば何でもできちゃうわけなのよ、それも出てくるのも本物。大きくもなれるし小さくもなれちゃうわ、どう?すごいでしょ」
「すごいですね……あれ、でも、夢を自由にできる能力って……」
「そうよ、これは夢の中よ、私が造りあげたの。夢って色々あるじゃない?」
人間が将来何をしたいか、も夢。
人間がこんなものあったら素敵だなと思うもの、も夢。
人間が寝ている間に自然に見るもの、も夢。
言っちゃえば夢の中で想像のものを再現できる能力っていうのかしら?だから私、つくっちゃったのよ。
アリスさんは無邪気に、楽しそうにそう語ると私たちを見据える。
つくってしまったとは――おそらく“我が国”、つまり私たちが今踏んでいる土地、が夢の中で夢を再現した所。思わず息を飲んだ。
(すごい……あれ?でも夢ってことは)
「でしたらアリスさんの身体は現実世界でどこかで眠っているという事ですか?」
「……身体はもう無いのよ」
「え?」
「死んでるの、私」
****
アマリリス・デニエルはわずか十三歳で死んだ。何百年も前の話だ。
なにも、事故で死んだのではない。この世界での能力者のよくある死に方、実験されて殺された。
だがアリスの絵本は残っていない。“夢”とは明確に分かるものでは無かったからだ。
例えば“夢”を見て、他人に伝えようと説明はできるが再現などはできない。アリスの能力は夢を自由にする能力だが、それは夢の中に限った話である。
現実世界では微塵も能力を発揮できない。つまり、誰もその能力を知る事が無かった。いや、知られたくなかったので使わなかった、と言うべきであろうか。
なのでこれ幸いと殺される前、意識を夢の中に留めた。よって肉体は殺されたが、意識を留めたまま身体の成長を知らずして夢の世界で時代を渡り歩いていた。
夢の世界は不安定で不確かだった。そこがアリスの想像する夢の世界だったからそうなっていたのだが、アリスはその事がまだ分かっていなかった。
その世界は無数の光が漂っていた。その光に触れると現実世界の人々の夢、また動物や違う世界の人の夢などに入れる。
特にやることもなかったので、アリスは目に付いた光に触れては人の夢を覗いて好き勝手していた。
数百年そんな事を繰り返していると、奇跡が起こった。
ある時、いつものように光に触れ人の夢の中に入った時聞き覚えのある声がした。周りは闇が広がり何も見えない。だが遠くから子供の泣く声がするのだ。
声のする方へ暗闇を進んでいくと、もう目の前にいるのだろうという位置で止まった。
暗く何も見えない空間で何となく子供の姿が気になり、アリスは暗闇を自身の能力で真っ白に塗り替えた。
やっと後ろ姿だが膝を抱えている少年が見えた。
急に明るくなった空間に驚いたのか少年はきょろきょろと辺りを見渡す。
少年が後ろを振り返った時、アリスは目を疑った。
また、少年も驚いた顔をしていた。
何故ならば、アリスが逃がした弟が生きていたからである。
アリスの弟、アリオットは肉体が生きていた時アリスの唯一の生きがいで捕らえられた時にアリオットだけを逃がした。
あの時の事をアリスは一寸たりとも後悔はしていない、だからこそ自身の生をまっとうして死んだのだと勝手に思い込んでいた。夢の中でしか生きていないがもう何百年も経っていることは薄々感じている。アリオットが夢を見ていること自体おかしな話であった。
アリオットと話してみると、紛れもなく弟だと確信した。アリオットは逃がした後鏡の世界でずっと閉じこもっていた事、現実世界に出てはアリスを探していた事を話した。そして現状、現実世界で起こっている事も――
アリスは心が傷んだ、さながら自分のした事は今でも間違っていないと思っている。今同じことが起こっても同じことをするだろう。けれどもそれは、アリオットの気持ちは考えていなかった行動だ。
償うようで悪いがこれからはアリオット共にいたいと感じた。そして、ずっと抱えていた自らの欲を叶えられる時が来るかもしれないと少しばかりの邪な気持ちもあった。
アリオットは鏡の世界にいる間、時は経っているが肉体の時は進まないと言う。
アリスは考える、アリオットは鏡の世界という別世界に行ける。つまり夢の中も夢の世界という別世界として創れるのでは無いかと。そしてアリオットは鏡があれば心身共にそこに移動出来る。
つまり創り上げた夢の世界に鏡を用意してアリオットに来てもらう。ゆくゆくは現実世界の能力者達をアリオットに連れてきてもらい、夢の世界で安心して暮らしていくことができるのでは無いかと。
****
「そうして出来たのがここなのよ」
アリスさんはひと通り話終わり、こちらを真っ直ぐに見た。
そうか、そういう経緯があったのかと納得する。だが悲しいかな、私が今一番気になった事は
「アリオットさんって結構なお年寄りだったんですね……」
「ぶっ飛ばすぞ」
アリオットさんにじろっとこちらを睨まれ、母にも頭を叩かれた。さすがに空気を読んでいなかった。
アリスさんはその様子に声を出して笑っていた。ひとしきり笑った後、アリスさんはすっと真剣な表情に戻る。
「ミヨちゃんの能力はとても魅力的だわ、だから申し訳ないのだけど他の能力者を助けに行ってもらう事をお願いするかもしれない」
「かまいません、役に経つことは少ないかもしれないですが恩返し出来るのであれば」
私は即座に答えた。助けられたのは事実であるし、あのまま捕まっていたら私も母もどうなっていたか分からない。他にそのような人がいるのであれば、出来ることなら助けてあげたい。
アリスさんは私の言葉に安心したようにほっとした笑みを浮かべた。
「ミヨちゃんとお母様の部屋は用意したので好きに使ってね。疲れたでしょうから今日はゆっくり休んで」
そうして「こっちだ」とアリオットさんが案内をしてくれるようなので母と共について行き、この広い部屋を後にした。
目的の部屋まで歩いている間にひと通り他の部屋の説明などしてくれた。
部屋に着いたあと「ゆっくり休めよ」とアリオットさんが去ろうとするので、私は呼び止めた。
「アリオットさん改めて、ありがとうございました。」
そう言うとアリオットさんは微笑んだ。
その笑顔がアリスさんの笑顔と重なった。―――本当によく似た姉弟なのだと感じた。




