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アンインストメルヘン  作者: なせり
はじまり
5/39

5

 

 先程頬を掠めた風は多分アリオットさんがあのサーベルを振り切ったものであるのだろう。

 そういえばサーベルの能力を聞いてなかったなとぼんやりと思った。土を崩すとか主にそんなんだろとか思っていた。

 私は吹いていった風の方向を振り返って見ると唖然とした。


 壁に大きく穴が空いている。

 目の前の男は視線の先で壁に穴が空いたのを目撃しているので小さく震えていた。

 この男、小心者であるのだろうと確信した。だから女である母と私に横柄な態度をとり、力が無く抵抗できないことをいいことに大口を叩いていたのだ。


 だが男のアリオットさんの登場でその態度は本来揺らぐはずで、今更このような圧倒的力を見せつけられ怯えるはずはないのだ。

 なにか、引っかかる。この男が大きい態度にでる理由があるはずだ。


「全員絵本済みと言ったが、ソレはここにいた絵本から作られたのか?」


 “無”の表情を見せていた彼は今、僅かに眉間にシワをよせて怒りを顕にしていた。

 ソレと指したものはおそらく男の手に握られている拳銃である。

 確かに違和感を感じた銃だ。

 あれ、と思う。


「絵本、から……?」


 私はつい口に出してしまっていた。


「まさかこの娘、お伽噺を信じているのか?」


 目の前の男は私の発言を嘲笑った。

 そして言葉は止まない。


「絵本とは能力者の能力の実験結果や解剖書の事だ。通称は“絵本”、隠語に近い。“能力を生かしも抑えることもできる”あながち間違っていないだろう?

 ――その絵本から機械や生物を創り出すと人類は大きな発展ができる。」


 胸が騒ぐ。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。何をしたって痛みも感じないこの心臓は私の“感情”でいともたやすく苦しくなるのだ。

 だめだ、理解したくない。


『まぁ、死んでいるのと同じ事でーー』


『まるで実験をしているような』


『俺もここにいてくれた方が良かったと思っている』


『全員絵本済み』


 つまり能力者は実験を散々された後、殺され残されるものは能力の大量生産を可能にする本。


 “それは恐ろしくもあり、素敵でもありました”


 素敵な能力は残したいが意思のある能力者は恐ろしいから殺されるのか。能力者は、法で、生まれた時から決められている死。

 ――――なんだそれ。

 

「死ぬために、生まれてきただなんて」


 声が掠れた。

 それがなにか面白いかのように男は


「人類の貢献だよ、誇ればいいだろう」


 と嗤った。


 私の中からふつふつと湧き上がってくる怒りが確かにあった。

 だが男より遠くにいたアリオットさんの顔を見たら冷静になる。

 それはとても先程よりも“無”であったから、何とも言えぬ恐怖を感じのだ。


「鎖国体制が敷かれててもそんな考えなのか。他国より発展していて、これか。

 期待なんかしていなかったけどな。」

「絵本があるから発展するのだろう」


 男はからりと笑った。


「見下す癖に頼りきりだな………っ!」


 アリオットさんがそう言った時、なにかが彼の腕を貫いた。


 何が起こった?

 男に視線を移すが拳銃を発砲した様子は見られない。動作すら、いや音もしなかった。


 この男が大きな態度に出ていた自信。絵本から作られたというこの拳銃があるからだと先程確信した。

 ならこの拳銃の能力は……なんだ。頭を働かせるべきだ。

 絵本から作られた、その拳銃は私の頭を貫き発砲の様子すらなく私の頬を掠めた銃弾。

 何発か私の背中を撃ったはず。そして怒りで何発か外したはずだ。

 なら私の周りに弾痕があるはずだとふと見渡した。


 そして気付いた。

 床が水で少し濡れていたのだ。


「水鉄砲ですか」

「その通りだとも。水を操る能力を保持した拳銃だ。この水のストック分だけの水を自身の意思で操ることが出来る。」


 厄介なものだ。

 つまり放った水は弾となり外した水は床に付着する、付着したところから水を弾丸として発砲するよう操ったのだ。


「おっと、話しすぎたな。まぁ話したところで貴様らにはどうにも出来なさそうに見受けられる」


 確かに、水は弾のかわりであり、それを発砲し終えたとしてもその機能は揺るがない。

 どうにかするにしても水をなくならせることが必須だろう。ただ、その方法がわからない。時間が経てば蒸発はするだろうが、そんな時間をかければ捕まってしまう。

 それに私はせいぜい囮役にしかならないのだ。


「種明かしをしたところで大人しく捕まってもらおうか」


 男はそう言った時、周りの水が集まり私の脚に絡みつき拘束した。


「なっ……!?」

「言っただろう?水を操ると。まさか銃の形に翻弄されたとはあるまい」


 男はそう言いながら銃を弄ぶ。


「最初からこうすれば早かったがな、興味本位に早速実験してしまったよ。今日はついている。素晴らしい能力がふたつも手に入るなんてな」


 見るとアリオットさんも足を拘束されていた。



 ――これで、終わってしまうのか。

 悔しい。まだ、生きたいと思ったばかりだ。

 歯をぎりぎりと噛み締める。




「脚だけを拘束するなんて甘いな」



 そう声が聞こえると激しい風が私を通り抜けた。

 風圧で私は盛大に転んだ。


 ……転んだ?

 私は拘束されていたはずだ。




「俺の能力はこの剣の能力とは違う。この剣は対象の障害物を排除する能力だ」


 私の脚をみると水の拘束は解け周りの水の全てが無くなっていた。


「ハッタリかけてすまねぇなぁ?」


 アリオットさんはニヤリと黒い笑みを浮かべた。







***





「銃の機能がなくなっちまったら小物だったな」



 そう言ったアリオットさんが見下ろしたのは気絶した男が転がっている。

 私はハッとし、母の元へ急いで駆け寄った。


「お母さん!」


 母の怪我をしてボロボロになってしまった手を取り、治癒を施す。


「お母さん、ごめん……ごめんなさい…」


 泣きながら治癒をしていた私を見て、母は涙を流し、私を抱きしめた。


「貴女は死ぬ事がないのは分かっているけれど、あんな無茶はもうやめて……」

「私のせいであんな目にあったのに、お母さんは私の心配をしてくれるんですか?」

「当たり前でしょう!私の唯一の、大切な娘なのよ。私のためにこんな所に来て、本当に仕方の無い子……」

「私だって!大切なお母さんなんですよ!」


 そう言って母と二人抱きしめあってわんわん泣いた。

 そして気まずそうにアリオットさんが近寄って声をかけた。


「あー無粋なことをしてるのは分かるんだが、そろそろここを離れないとまた第二第三のアイツが……」


 と転がしていた男の方に指をさす。

 母はアリオットさんの存在を思い出して恥ずかしいと言わんばかりに顔を赤くさせた。


「す、すみません。あの、娘を助けていただいた上に私までも、感謝してもしきれません……」

「い、いえいえとんでもないです。すみません、あのとりあえず私の国に来ませんか?娘さんの保護目的なんですが……あ、いや、貴女ももちろん来ていただいて、その」


 アリオットさんは親に対する態度が慣れていないのか、しどろもどろに述べていた。

 なんだかおかしくて私はぷっと笑ってしまった。それに気づいたアリオットさんはじろりと私を睨みつけた。


「おい……」

「あはは、すみません!なんだかおかしくって。

 ところで、国にって言ってましたけどこの国鎖国国家ですけどどうするんですか?」

「その鎖国国家に俺は来れてるんだから安心しろ。そういえば、旦那さんとかは……」

「夫などはいないのです、ご安心下さいませ。複雑な事情でもないですよ?」


 アリオットさんがおずおずと不安げに問いかけたが母はにこりと微笑み答えた。


 そう、私は父を見たことがない。どんな経緯でいなかったのかも知らない。もしかしたら母とは血は繋がっていないのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。私の母であることには変わりはないのだから。だから知ろうとも思わない。


「じゃあ、ちょっと待っててくれ」


 アリオットさんはそう告げると鏡の中に手を突っ込んだ。


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