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「なんで抱えるかなにかしてくれないんですか!」
盛大に尻餅をついたために悪態をつく。尻餅どころではない事故だ事故。
「お前痛みもないしすぐ治るしいいかと」
「そうですけどね!仮にも女の子なんですよ!紳士って外国の文化だと聞いたことあるんですけどそういうのって実際にないんですか!?」
「……すまねぇな。そういえば女性にはそういう気遣いをしろって姉さんにも言われたことあるわ」
不平不満を喚いた私の言葉を素直に受けとめて視線を戸惑わせ謝罪する。
でももう少し言わせて欲しい。尾骶骨にヒビがいったら普通の人の治し方は大変なんだぞ、整骨するなら尻の穴に手を入れ治されるんだからな、と存分に罵ってやろうと思えば驚きの単語が聞こえた気がする。
「お姉さんいるんですか?」
「いたな」
いた、とは過去形か。つまりアリオットさんのお姉さんは何らかの理由でもういないのだろう。しまった、と思う。拾う言葉を間違えた。
「…えっと、すみません」
「え?…あー気にすんな、ほんとに」
そうは言うが気まずい。この国の制度しか知らないから分からないがもしアリオットさんのお姉さんが同じように能力者であるならこんな牢獄に閉じこめられて一生を終えたのかもしれないし、はたまた絵本に閉じこめられたのかもしれない。アリオットさんは絵本の事を知っていたからもしかすれば絵本の中か。
「ほら、この通路の先に大きい扉あんぞ。明らかに不自然だな、そこにお前の母親がいるかもしれないぞ。」
本当に気にしていないという態度で私に気を遣ってくれているのか声をかけてくれている。逆に気を遣われて申し訳ない。気を遣えと言ったばかりであるけれど。
腕を引っ張られ扉の前につく。それにしても本当に大きな扉だ。分厚そうであるし、この中でなにか実験でもしてそうな……
「こんな地下深くに、しかも収容所で取り調べって本当にどういう事なんですかね…」
「俺の情報も既にいってるんだろうな。ここで二人まとめて閉じ込め収容できればラッキーって感じなんだろ」
「え?アリオットさんってご有名な方?」
「この国にとっては多分悪い方でな、さぁ行くぞ」
そう言ってサーベルで扉を突き刺すと大きな円状に扉がバラバラと崩れ出す。
すると見えてきた扉の中の光景は白く広すぎる空間に、私と同じ真っ黒な髪の母が何故か傷だらけで横たわっていて、傍らにシワがきざまれている黒い髭を生やした中年男性とその部下達なのだろう二人ほど立っている。
「お母さん!」
そう叫ぶと苦しそうに起き上がり泣きそうな表情で私の名前を呟いた。
どうしてこんなことをとふつふつと怒りが湧く。
「母は能力者では無いんですよ!何故このような傷つける真似をしたんですか!?」
私がそう叫ぶとその中年の男は笑いを堪え心底楽しそうに言い放つ。
「能力者を匿うことも犯罪なのを知らないのか?どちらにせよこの中で起こったものなど誰が信じる?…しかし…」
そうしてアリオットさんの方に視線を移すと心底愉快だと言わんばかりの表情で言葉をかけた。
「能力者保護協会の制服を着た者が接触しているとは報告を受けたが、そのままその少女を保護していれば良いものを…つくづく馬鹿なのか?」
「心外だな。収容所で人質とって拷問なんざ俺を釣ってますよって言ってるようなモンだろ。釣られてやったんだよ。」
私はじっとその会話を聞いていた。つまりアリオットさんは能力者保護協会という外国の組織に所属しているのか。
ずっと疑問だった。収容所で取り調べ…私をおびき寄せるにしても何故収容所にと思っていた。それは私以外の能力者達も保護するというアリオットさんの餌だったのか。
「それにしてもざっと見たって能力者が一人もいやしないが、まさか全員絵本済みって話か?」
「ははは、この国は元々能力者が少なくてな?その上能力がしょうもないんだよ…有難く全員絵本にさせて貰ったがな。だからその少女を絵本にできれば大きな成果を得られるんだよ。なので、な」
そう言って私の方へ拳銃を向けた中年の男が迷いなく引き金をひいた。反応出来ずにそのまま頭を貫かれてしまう。
アリオットさんは少し慌てたが私の能力を知っているので安心していたのか、落ち着いた様子を見せる。
そうして貫かれた頭はもうすでに元に戻っていた。痛みも感じないので不愉快な気分だけが残る。
「ほう…素晴らしい能力だな」
「……いきなり頭を貫かれるなんて初めてで……っ!?」
すると下からなにか勢いよく通りすぎた。頬にそのなにかが触れた為に手でそこを撫でるとぬるっとした感触があった。それを目で確認する、血だ。身体は既に修復にかかっているが、顔に擦り傷が出来ていたことが分かった。
普通の拳銃は弾を操作出来ない。追尾機能?だとしても頭には先程銃弾が直撃した。
いや待て、さっきの頭に銃弾は残っていなかった。だとしたら何に貫かれた?
「な、んですか…」
様々な思考を巡らせたが理解ができず動揺する。何も出来ず固まっている私にアリオットさんが近づき小声で話しかけた。
「御陽、お前は母親の元まで行って母親の傷を治してこい。できるだろ」
「ですがこれ…アリオットさんは大丈夫なんですか?」
「誰に言ってるんだよ。大丈夫だから母親とあの男を離してこい、やりずらい。」
「……」
納得はできる、アリオットさんの言う通りにするのがいいのだろう。
だがどうすればいい?
あの男と母の距離は近すぎる。母は怪我をしているので引っ張って距離をとらせるのはおそらく無理だろう。
何よりも私は治す以外の事では無力である。しがない女子高生ができることはなにがある?
―――いや、そうか。
私にできることをやればいいのだ。痛覚も動けなくなることもない私が出来る事は冷静に相手の出方を思考できることだ。
一瞬の命のやりとりだと人は必ず冷静さを失いパニックに陥る、それが突発的な思いもよらぬ行動に出て命を落とすことが多いのだ。私はそれがない、否、できないのだ。
そういうことか。
私が母の元に行き、引き離せばいいのだ。
「わかりました。」
私は力強く頷き、母の元まで走り出す。
「お母さん!」
母のもとへと手を伸ばす。
そして発砲音が聞こえる。私の腕に貫通した。
「っ…!!」
「舐めているのか?目の前でお前の能力を確かめた後で人質を渡すわけないだろう」
私は膝をついてゆっくりと倒れる。そして腕を反対の手で抑え立ち上がる。私は悔しそうに拳を握りしめ、男に思い切り拳を振りかざした。
それに気づいた男は私に数弾撃ち込む。私は顔を歪めて、母とは反対側に数歩フラフラと歩き倒れた。
「痛覚はあるのか。それはそれは………すぐに治るとはいえ地獄だな。」
にやにやと笑みを浮べながら、そう言って男はじりじりと私の方へ歩み寄る。
「周りをチョロチョロと動き回られては目障りだからな。しばらく痛みに悶えていろ。」
そうしてまた数発私に撃ちこんだ。
私は思わず口端が上がってしまった。
「なにがおかしい?痛みに狂ったか?」
不可思議そうに眉をひそめ男は問いかけた。
「私、女優に向いていたのかもしれないと思うとにやついてしまって」
不可解そうに男は顔を歪める。
ただの女子高生にしてはよくやったと思いませんか?
「―――上出来だ」
その声に男は私に向けていた視線を母の方に向けるため振り返る。
アリオットさんが男の部下を気絶させたのだろう、床に転がっていた。
母も抱えて移動させられたのだろう、距離がとれている。
「やたらと発砲してくれていたおかげで裏でコソコソしてたの音で気付かれませんでしたね?私に夢中になっていただき、ありがとうございます」
皮肉めいた言葉を男に投げかけた。何もできない、私のささやかな復讐だ。
男は私の方に向き直る。
「……痛みもなかったのか」
「最初の時に反応出来なかったのでバレるかと思ったんですけど、やっぱり女優の才能ですかね」
「ほざけ!」
私の軽口に相当腹が立ったのであろう。男は無意味だと分かっているのに引き金をひこうとしたその瞬間、激しい風が頬を掠めた。
「大人気ねぇな」
私の正面にはアリオットさんが遠くに見える。
ゆっくりと顔をあげたその表情は恐ろしい程に無だった。




