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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
39/39

34

 

 いつの間にか窓から見える雨は止み、外の花は雫が陽に照らされてきらきらと輝いている。振り返ると、先程までにいた部屋とは異なっておりガラードしかいなかった部屋はフリードがガラードと共に在席していた。


「メディエナはやっぱり断った?」


 穏やかな顔でそう言ってのけた彼はやはり、父には似ても似つかないようだとシャルロッテは改めて思う。

 ガラードはフリードの言葉に呆れた顔でため息をついた。


「お前がその態度だから嫌悪されているんじゃないのか?」

「それもあると思うけれど、まぁ理由はきっと彼女の母親だろうな」

「母親?」

「公妾だったから」

「あぁ……」


 シャルロッテは驚いた。公妾とは一神教では一夫多妻が禁されている為に、国教である王族は血を繋ぐ為公妾と称される云わば公認の愛人を据える。公妾であるからには素養、教養、平民であったとしても貴族の紹介や繋がりが必要である。

 驚いたのはメディエナは自身を蛮族の出と称しているがいってしまえば敗戦国の正式ではないが姫と言う事だ。


「何か言ってたのか」

「……血は残したくないと」

「成る程」


 フリードは予想していたのか納得したように頷き、足を組み直した。その様子を見ながらガラードは言葉を切り出した。


「俺はその時は傭兵だ、実際の所陛下は彼女の血縁を殺したのか」

「そうだな、お前には言っても問題ないかな」


 そうして、フリードがメディエナの内情を話し始めた。


 彼女の母親はフリードの国の敵国で庶民の出の公妾だった。

 公妾という役割柄、貴族の紹介であったとしても王の寵愛が必須であり寵愛を受けなくなれば予想通りの悲惨な結末だ。そうしたメディエナの母親は必死な誘引の末、大国の王に一身に寵愛を得、メディエナが生まれた。

 だが幾ら公認の愛人だとしても、王妃からは良く思われる筈もなくメディエナの母親は淫売だと罵られ続けた。そう続けられながらも王の寵愛を受けなければ未来は非ず、生まれたメディエナに構いもせず王に媚びへつらった。

 ただでさえ公妾の娘だと忌避されている上、王妃からも毒を仕込まれる日々にメディエナの心は折れると思われていたが、意外にもそんな事はなかった。

 王妃が産んだ二人の娘がメディエナに興味を持ち姉妹間の仲は良好であったのだ。何故王妃の娘が興味を持ったのかはメディエナの力にあり、人の心を読み取れた彼女に上辺だけの言葉は必要なく二人の姉妹はメディエナと心から接せれたからだった。メディエナが二人より歳下にあったのもあり、可愛がられ薄黒い嫉妬や陰謀が渦巻く大人たちは差し置いて姉妹達は暖かく育った。


 だがその密やかな幸せもメディエナが両手の歳になった時、崩壊した。


 大国の王はフリードのいる国にも伝わってくるほどの暴虐非道だと囁かれ、国教である一神教と違う宗教や一神教から派生する宗派を悪魔信仰と弾圧していき改宗を迫り、従わない者達をおおよそ二百ほど殺した。

 自然信仰の北の一族の象徴ともいえる銀髪のメディエナの母は一神教に改宗していても蛮族の出と王妃は罵倒し、弾圧に不満を持っていた民衆からは公妾は悪魔信仰者であり、悪魔信仰者を始末しなければ辻褄が合わないと訴えた。だが王はそんな周囲のメディエナの母への批判は一蹴りし、逆らう者は処すると宣言した。

 そうしてしまえば国民や王妃も逆らう事は出来ず火種を残したまま情勢は不穏になっていたという。


 そんな中で事件は起きる。

 グラウプナー家が管理する国内最大の一神教の神殿にメディエナは訪問していた。聖職者に様々な話を聞き一神教に理解を深めていた所、唐突に神殿にやって来た王はあろうことか実の娘で齢十の幼いメディエナを祭壇の前で犯した。

 人の所業と考えられない行為を多くの聖職者が目撃し、管理していたグラウプナー家に報告が行った。当然グラウプナー家は激怒し、一神教を推し進めた王が神の祭壇で罪深い行為を行うとは到底許される事ではないと訴えた。

 グラウプナー家は高位貴族であり、国内では大変重宝されていた。というのもグラウプナー家は能力があり、聖騎士の家系でその力は士気向上、同調力つまるところ集団での共有意識を高めれば一国そのものを攻め落とす事が簡単であった。グラウプナーが高位貴族だからこそこの大国たる所以であったのだ。

 そんなグラウプナー家を王も敵に回す事もできなかった。その為王はこう言った。


 ―――あの女の力と同じ力で私はメディエナに籠絡された。抵抗できない私は被害者である、と。


 力で操られたか如何かなどグラウプナー家も目撃者も確かめようがない。メディエナの母は公妾であり力があり、その力で今までも王が操られていたのだとすれば淫売な魔女が同じ娘を産んだだけだとすれば――と王の発言で沈黙してしまった。

 王妃はメディエナの母が疎ましく思っており、丁度良かった。これを幸いにメディエナの母とメディエナをこの機に始末してしまえればと王の発言から王に働いた数々の狼藉を理由に処刑をと主張した。

 しかし王妃の二人の娘は齢十の幼きメディエナがそんな事を考え、力を使うなどありえるわけがない、巫山戯た妄言は今すぐ取り消せと王に反発しメディエナを庇った。


 それに怒り狂った王は、王妃の娘にも関わらず王妃とメディエナの母とメディエナの前で二人の娘を惨殺した。

 正気とは思えない凶行に宰相は事件を必死に隠蔽し、王妃は娘を目の前で殺され、心を病み全ての気力を失いあれだけメディエナの母の排除に力を入れていたのに、それからはものを何も言わなくなった。


 メディエナは、あの日から何が起こったのか理解出来ていないと言ったそうだ。思考が止まり、愛した姉達を失い、ただ陽が昇りそして沈む様子を眺め、過ぎ去る時を過ごしていたという。

 そんな自分が殺されそうになった事はないと言っており、恐らくは王妃の正統な血の王位継承者が殺され、その娘を殺された王妃は廃人のような状態に陥った為新たに子を作れないとされ、前例がないにしろ公妾の娘を残すしか方法が無かったのだと考えられた。


 メディエナが十七になった年、メディエナの母を見た時に何故かふと狂王の父を、淫婦の母を殺さなくてはとメディエナは思った。

 神殿での事件でグラウプナーの信用は地に落ち、王妃の娘達が殺された王家の内情はどうにか取り繕っているが突けば簡単にぼろがでる。火種を抱えたままの民衆に王家のこの惨事が露見すれば忽ち亡国となるだろう。

 そして、取り計らったように隣国の進軍が我が大国に開始されている。




「こいつらの首は俺達に渡してなるものかと思ったらしい。――殺すのであれば姉達と同じ様に大衆の面前で最も屈辱的な死を、と希望していたな」


 フリードはこの事柄を淡々と話し終えた。声に感情が乗ることも無く、シャルロッテにとっては何度も吐きそうなほど悍ましい話だったというのに、昔の時代ではよくある事なのかと錯覚してしまうほど流れるような声であった。


「実際晒し台に三日、その後は火刑だったからな」

「王家の処刑を手引してたのか、彼女が」

「父はその手腕を恐れてメディエナも殺したかったみたいだけど、俺が止めた」


 その言葉の真意を問うようにガラードは目を細めた。

 フリードはその様子にふっと息が抜けるように笑い答えを出した。


「グラウプナー家を残すならばメディエナを残さないと首を取られるのはこの国家だ」

「よく陛下が許したな」

「それこそ笑いが止まらない。父は俺の忠告を何ら意味も無かった事を示したかったみたいだ」


 恐らくは、フリードが父王に“領地だけ増やしても意味がない”と進言したことに対しての意趣返しという事だろう。

 大国への侵略の意味がなければ、メディエナの力もグラウプナーの力も手に入れる事は出来なかった。フリードの言った事は全て無意味という事をフリードがメディエナを生かすように願った事で証明したかったのだ。


(……けれどそれはおかしい)


 シャルロッテはそれに気付いていた。恐らくガラードも。

 フリードが忠告をしたのは真反対の隣国フィパリスの動向であり、そして今この時隣国の一神教の幹部がきな臭く、東の神と呼ばれる者が能力者の力を意のままに操る兵器を唐突に使用してくるのであればどうなるのだろうか。

 侵略によって得られた物は何か。士気向上にしても、メディエナの力にしてもその未知の力の前では無意味だ。

 この侵略で得たものより失ったものの方が多いのではないか。人、金、武器、備蓄、戦場になった土地、そして大国が不安定であったのならば余計に勝って得られたものなど微々たるもので損失のほうが大きい。


「くだらない矜持を貫く為に人を動かせば終わりだよ。もうこれ以上は親だからと見過ごせない」

「だからこそメディエナの協力が必要なんだな」

「結局は戦の戦利品に頼る、皮肉なものだけどね。人はこれ以上犠牲には出来ない、穏便に退位させるにはこれが得策だろう」


 グラウプナーを残すのであればメディエナを残す。

 これを実践するつもりなのであろう。けれど、実際民衆を共感させ強く現王の退位を望ませるには理由が必要である筈だ。

 どこまでの構想を見据えているのか不思議でシャルロッテはフリードを見つめた。

 そして一つ、現代にまで至るものを思い出した。


「グラウプナーは神殿の管理者であって、一神教の熱心な信者だけど……今迄の事があって不信感を抱いてる。そこを一神教の教義に基づき矛盾をつく。真の一神教の教義はこちらにあると」


(プヴェルダント……一神教から派生した宗教。プベルドの国教だわ)



「そして、君が英雄になるんだ。クィルズ」




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