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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
33/39

28

 

 乱れた息を整えながら長年走った事も殆どない足を懸命に動かしていた。心臓は大きな音を立てながら身体に響く。

 シャルロッテのその様子に見かねたアリオットが声をかけた。


「大丈夫か、得意じゃないが抱えてやろうか?」

「いえ……けほっ、そんな、只でさえお義姉様に……はぁ……手を引っ張って頂いているのに」

「気にするな、シャル。それよりも私が君を抱えて走れなくてすまない」


 申し訳なさそうに眉を下げるユディルだったが、彼女は只でさえ重い剣を提げて走っている。自身こそ申し訳ない気持ちになった。

 手を引っ張られているのも足手まといになっているがそれ以上に己の経験の無さを嘆く羽目になるとは、と数分前の出来事をシャルロッテは思い返した。


 実の所、アリオットは以前御陽に渡していた手鏡を利用して会場まで行こうとしていた。

 しかし連絡を取ったところ当の御陽がそれを拒絶した。


『いや、一刻も早くそっちに向かったほうがいいだろ、なんでだよ』

『私用の首は取りましたので問題はありません。必ずお父上はお護り致しますからご安心を、アリオットさん達は道すがら出会った屍食鬼の始末をお願いします』

『答えになっていない。どのみち会場に集まるんだ、そっちで始末をつけた方が効率がいいだろ』

『勿論、そうですね。ですが私は分かりませんが会場は腐敗臭が凄く……食人鬼にならなかったお嬢様方は泡を吹いて気絶したり嘔吐したりと凄惨な状況です』

『それはつまり』


 アリオットが目を向けるまでもなく、シャルロッテの事を言われているのだと気付いた。実際戦場など屋敷で軟禁されていた身では経験する筈も無い。

 要は会場に来るまでに慣らせと言っているのだ。

 覚悟はしている、けれどそれだけでは実際に目にするものは確実に違う。きっと拒絶するだろう、まともな神経を持っているならば人の死体を見て――


『申し訳、ございません……』


 振り絞るように出した声にアリオットとユディルが反応する。ユディルは励まそうと頭を撫でたがアリオットはそれを聞いて怒気を滲ませた声で言った。


『謝るな。そんなの、悪い事なんかじゃねぇ』


 真っ直ぐな目を向けて放った事はシャルロッテの心に響く。アリオットという人間は、出会ってからずっと実直で素直に言葉を言う。シャルロッテの能力で心を感じていても純真で真っ直ぐだ。ミリアムはデリカシーが無いと怒ったけれど、行動と言葉の裏を長年探し続けていたシャルロッテにはそれが物凄く眩しく見えた。


『……慣れている方がおかしいのです』


 聞こえた呟きは鏡の向こうの御陽からだった。鏡越しでは真理は見えない、何時もの淡々とした声より少し揺らいだ声の様な気がした。


『シャルロッテ様が此方に来てくださるのは幸いです。ですからあまり気に病まず』

『えっと、それはどうしてですの』

『交渉材料が増えます。それに、知りたいのでしょう?流石にリドくんでも個人の隠したい過去を暴くのは難しいでしょうから。貴女が直接見てくれた方が早い』


 シャルロッテは気付かれていたのかと驚くと共にそこまでして自分に協力する事が不可解だった。素直に感謝はするが疑問が自分の中で占めてしまい沈黙を貫いてしまった。


『裏などありませんよ。最初に言った通り交渉材料です、信用して下さいとは言いませんが悪い事ではないでしょう?』

『……分かりません。何故、貴方方の目的ではありませんのに』

『貴女は負の遺産への復讐、私達は負の遺産の後始末です。知るという事は未来に繋ぐ事、消されていては同じ事を繰り返す』

『え……?』

『そろそろ私も屍食鬼達を片付けに入ります。シャルロッテ様、ガラードの剣は恐らくガラードと常に共にした筈、見るならばそこですよ』



 ――そう言って御陽との連絡は途絶えた。


 アリオットもまた、その言葉を思い返していた。

 知ると言う事は未来に繋ぐ事、自分はこんな偽善を繰り返して本当に未来に繋いでいるのだろうか。自分の姉の真実からも目を背けながら。


『アリスのやる事に加担することは、優しくないと思う』


 プベルドに来る前のリドヴィッグの言葉をふと思い出した。リドヴィッグはアリスの目的を知れと言った。御陽もリドヴィッグも“知っている”のだろう。その上で自身の行動を決める覚悟をしろと促している、きっと。


 正直恐ろしかった。真実に触れて自分の姉が悪い事をしていたとして止められるのかとか、永遠に仲違いするのかだとか他人から見ても陳腐な悩みで踏み止まっていたのかもしれない。

 言い訳じみた“能力者を助ける”という良い事を繰り返して根本には触れようとしなかった。何故こうするのか、この先に結末はあるのか、無責任に繰り返すだけ分かっていても知ろうとしなかった。


「ちゃんと、ケリをつけなきゃな」



 ***



 御陽は手鏡をポケットに突っ込んだ後片手に御月の首を掴んだまま、落ちていた刀を拾い上げた。


「癪ですが、やはり手に馴染むのはこれですかね」


 食人鬼には逆刃、屍食鬼には刃。この首を持ったまま細かな作業する事になったのは自分の精神の脆さを嘆く他ない。あれだけの言葉で怒り首を切ってしまった、あの男がどう思っているかなど分かりきっていた事なのに。


 刀を持った手を何度か力を込めて握り、周囲を見渡す。騎士団と紫眼の女は疲弊し剣を構えるのがやっとの様だ。


(ここまで放置したと。私が助ければ良いのですね)


 リドヴィッグの方を見ると微笑みこちらを見ている。

 そういう事だろう。リドヴィッグの情報処理能力は凄まじい、感嘆を禁じ得ない。一瞬で状況を把握し、手のひらで踊らせる。

 正直、ガラードやクラウスと比較にならない。彼こそが――


「さて」


 御陽はそう言い、足を踏み込むと紫眼の女に向かって人とは言い難い速さで駆けていく。御陽が駆けていた通りには屍食鬼は四肢をばらばらにされ、食人鬼は気絶していた。


 紫眼の女は黒い女が此方に向かって来ているのを見、ひゅっと喉を鳴らし背筋が凍った。こんな屍人なんかの恐怖じゃ比べ物にならない、死んでしまう。気力を保たせてなんとか己を立たせていたが、恐怖で腰が抜けへたり込んでしまった。

 ところが物凄い速さで駆けていた黒い女は、自身の前でぴたりと止まり見下ろしていた。


「あ……あ……」


 恐怖で声がまともに出なかった。音を放っていても自身が何を話そうとしているのかも分からず、吸い込まれそうな黒い瞳から目が反らせない。死ぬのか此処で、手に持っている首のように刈り取られるのか。この会場で何が起きたのか分からず、心残りは山ほどあるのに。

 様々な思いが一瞬で頭を埋め尽くしていたが当の黒い女は一向に何もして来ない。そしてじっとこちらを見つめて口を開いた。


「約束をしましょう。貴女の名前は?」


 言葉を上手く聞き取れないのかと思った。

 間抜けに口を開け、目を丸くさせているのは自分でも分かっていた。そうしている間にも後ろから襲いかかる屍人や暴走する貴族を

 処理しているのを見ると次は自分なのかと錯覚する。

 痺れを切らしたのか黒い女は自分と同じ目線になるように膝を折った。


「話せます?声も先程出ていたと思うのですが、あぁもしかして耳が聞こえないのでしょうか。申し訳ございません気付きませんでした、今なおし――」

「き、聞こえてる!聞こえているわ!」

「あらそうですか。すみません」


「それで?」と首を傾けて自身に問いかける少女に口を引きつらせる。駄目だ、まだ腰が抜けて動けない。動けた所でこの少女から逃げれる可能性はゼロに近いのだが。


「あの……私思うんですけど、人の首を持った人間と約束が出来る気がしないのよ」

「成程、ですが申し訳ございません。これは掴んでおかなければならないので。それに安心して下さいコイツは人形の首です」

「え?だって血が、どう見ても人じゃない……そんなの無理よ、私を如何する気なの……」

「ほう、この状況で断れると思うのですか」

「ひぃっ、脅しじゃない!」

「騒がないで下さい、しばきますよ」


 白目を剥きそうになった。他の令嬢よりも頑丈な精神を呪いたくなる。向こう側のご令嬢のように自分も泡を吹いて気絶したいと心の底から思っていた。

 古来よりプベルドの教会および神殿を預かりし家系に産まれ女でありながら肉体、精神共に強靭に鍛え上げられたこの自身の体は目の前に腰を抜かした相手に脅されていても、精神を保つのが非常に恨めしかった。母の様に教育を放り投げた癖に血を笠に着て、傲慢に贅を貪れば幾らか意識はすっと飛べただろうに、涙が出てきた。

 だが、目を逸らした先にふと少女の通った所を見る。どろどろと腐り果てた屍人はバラバラにされていたが、暴走していた貴族方は息をしていた。驚いてそっと視線を戻すと、少女はじっと自身の目を見ていた。


「悪い様にはしません、聞かせて。貴女のお名前は?」

「……アデリナ。アデリナ・ミルヴ・グラウプナーよ。……ハッ言っちゃったー!しかも洗礼名まで……!なんで言っちゃうのよ私ーーっ!」

「面白い人ですね、マガヒノラにいればお友達がいっぱいできそうですね」

「何言ってるのよ!少女!言わせるだけ言わせたんだからアンタも答えなさいよぉ」

「すみません、御陽で構いませんよ。応えて頂いたお礼に貴女を護ると約束しましょう」

「は?なんでよ、助かるけど」

「代わりに、此処で見た事起きた事を必ずそのまま伝えて下さい」


 そう言うとすっと立ち上がると疲弊し戦い続けている騎士兵の所へ向かい次々と襲い来る屍人達を薙ぎ払い、細切れにしていく。浅く切っただけでは倒れず頭を刺しても動き続けていた化物達に対して士気が落ち、疲労だけが増していた所を貴族の自分が奮起させ一緒に戦う事でなんとか士気を上げていた。

 それがこんなに、短時間で。


「なんかよく分かんないけど、助かるの?私……なら、ちゃんと約束は守るわよ!」


 倒れていく屍人達を見て興奮して立ち上がった。アデリナも剣を持ち直す。自覚する程単純で強靭な肉体だった。


(でもあれ?伝えるって何処に伝えるのよ)


「ちょっと待って御陽、もうちょっと詳しく説明してよぉ……」


 彼女の放った言葉は力なく、誰にも届かずに倒れていく屍食鬼達のうめき声と共に消えていくのだった。




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