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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
31/39

26

 

 混乱が渦巻く煌びやかな会場は悲鳴に包まれていたが次第にその声は少なくなっていた。


「もう時期だろうな……しかし」


 そうこの場で似つかわしくない落ち着いた声で呟いた男は遠く離れた黒髪の二体に目を向けた。

 どうしてこの場に東の人形がいるのか。一体ならまだしも二体で、そしてどうやら敵対している。


(構わないか、どちらでも。――さぁ、どう出る。ガラード)


 王と歳若い王子の側に真っ直ぐに立つ銀色の瞳の男を見据えた。その男は状況に動揺する事も無く、只々座喚く人々を静観していた。辺りを一望する目を辿っているとガラードは一瞬ぴたりと目の動きを止めた。

 そこの視線を辿ると、黒の人形の側に立つ銀髪の男が居た。






「うわ、すごいな……とてつもない腐敗臭がしてきた」


 顔を歪ませたリドヴィッグに御陽が声を掛ける。


「ではそろそろ屍食鬼が来るのでしょう。向こうの魔女も食人鬼に成り果てそうですよ」

「ほんとだ、悲鳴がちょっと止んだね」

「拘束した兵を解放してあげましょう、魔女の元に向うとは言え襲われない保証もないですから」

「そうだね」


 静かに御月はその様子を見据えて、疑問を持つように再び首を傾けた。


「おかしい、おかしいですよ。その顔、僕見た事ありますよ」

「気のせいじゃないですか。お前に脳などという器官は無かった筈ですが。数千年で呆けてしまったのですか?」

「ふふ……酷い、姉様。姉様こそ散々弄られてきましたのに、何を言っているんですか」


 くすくすと笑う無邪気な顔を御陽は冷ややかに見つめる。

 そうして暫く笑っていた御月だったが、突如表情を消しリドヴィッグを見た。


「だってお前、首を斬られただろ」

「嘘?知らないけど」


 リドヴィッグは御月の言葉にもおどけて笑って見せた。

 御月は気にもせず、いや最初から答えなど必要としていなかったのだろう。狼狽え、嘆く様に戦慄した。


「僕はお前の顔を覚えてますよ。だって父様が、確実に落とした!……まさか、まさかまさか」


 御月は先程までと打って変わって御陽を睨めつけるように見た。


「隠したんですか」

「……だとしたら、如何というのです?」


 今にも倒れそうな表情を見せながら腰に下げた刀を引き抜く。その一連の動作はゆっくりで優美にも見えた。

 その動作とは反対に黒い前髪から覗く黒曜石のような瞳は射殺さんばかりに睨みつけられる。


「殺さなきゃ、だめじゃないですか」


 そう呟いた瞬間、御月は目の前から消えた。

 御陽はリドヴィッグの前に飛び出し、足を蹴りだす。上げられた足の先には御月が振りかぶり、刀の柄を握られた手に当てられていた。


「そうですよね、お前ならそう言うと思っていました。……お前はあの男の完璧な人形に見せかけた欠陥だらけの人形ですから」


 御陽は御月の手に当てられた足をそのまま勢い良く蹴り出した。御月は衝撃で後方に数歩下がる。

 その隙につかさず御陽は腰に下げたホルダーから銃を抜いた。迷い無く目の前に向かって数発撃つが、その対象は表情ひとつ崩さぬまま手に握った刀を振り上げながら叫んだ。


「僕は欠陥だらけなんかじゃない!父様が愛してくださる人形だ、姉様の方が!姉様が器に相応しいっ」

「そうですか、欠陥の無い人形ならば器に相応しいのはお前ですよ」


 何回もの斬撃を素早く躱しながら御陽はリドヴィッグに目線を寄越す。リドヴィッグは小さく頷き、その場を離れた。


「なんのつもりですか?何を企もうと無駄ですよ」

「お前の相手をしてやろうと思っているだけですよ」

「何……?」


 その瞬間、御陽と御月の目の前に剣が突き刺さる。御陽はその突き刺さった剣を握り、引き抜いた。


「リドくんから差し入れを頂きましたから。さぁ……いつものように首と胴と四肢を離してあげますよ」

「そんな無骨な剣で僕の首が離れると?」

「多少は切れ味は悪いでしょうけど、お人形には充分ですよ」


 無骨な剣と称された剣は御陽の半分ほどの長さに及び、それを軽々しく片手で持ち上げ構える。御月もその様子を見ながら刀を構え直した。


「ところでお前、その口振りから陽乃が廃城にいる事を知っていたのでしょう?」

「……何の事ですか、どうしてそう思われたのです?」

「下手糞ですね。器なんて事お前は自分から口にした事がありますか?」

「……」

「分かっていたのでしょう。だから近づかなかった、あんな粗末な造り物を放って」


 御月はその言葉には応えなかった。その代わり構えた刀を振る。御陽は分かっていたかのように持っていた剣で刀を受けた。ギィンと鼓膜を突き抜けるような激しい金属音が周辺に響く。その音から間を置かず刀剣の接触する音が立て続けに起こる。


 それに火蓋が切られたように腐敗臭が会場を占め屍食鬼が大量に流れ込んできたのだった。




「これくらいで気絶しちゃうなんて本当に怠慢を極めた騎士団だね。ガラードは本気でこの国を守る気があるの?」


 目の前で自身が剣を奪い、床に伸びた兵を見つめながら顔を顰めた。

 解放した兵も上の者に従い懸命に屍食鬼に立ち向かってはいるがまるで統率が取れていない。こんなものルガルニアが小細工をする前に突けば倒れていただろう。


(何を考えているのか。いや、これは何も考えてないな)


 二千年も生き抜いて課された使命に上辺だけ従い、内心では死にたくて仕方がないというところか。シャルロッテの父の血筋が王族としての誇りを継ぎ、今の本当の王が傀儡と化したのか。

 魔女というのは本当に不便だ。分からなくも、無いが。


(さて、屍食鬼は俺に一方的に集中してるし全部相手にするのも面倒だな……いっそガラードに近付いて全部ぶつけようかな?)


 王の近くに目を向けるとガラードと思われる人物が冷静に屍食鬼を、それどころか暴走する魔女をも聖域を作り弾いていた。


「うわ……最悪。全部こっちに来るなら近寄っても意味ないか」


 だとすると暴走する魔女の方に行けばこの屍食鬼も散らばる筈だ。けれど気がかりなのはそこにシャルロッテの父がいると言う事、その抗争に巻き込まれでもしたら怪我では済まないだろう。かと言って御陽の所に自分が再び行けば余計な()を作ってしまう。


 溜息を吐きたくなりながら、一般人が混乱し悲鳴が響く方向を見るとリドヴィッグはある事に気付く。


「なんで悲鳴が消えないのかと思ったら外の出入口が閉じられてたんだ。賢明だね、誰の指示だ?」


 じっと観察を続けると暴走する魔女が殆どの中、紫眼の女が指揮を取り騎士団を奮起して暴走する魔女と屍食鬼を鎮めていた。一般人に紛れ込んだルガルニアの民と暴走する魔女を城の外に出さないよう扉を閉めるようにしたのも彼女だろう。まだ若そうな紫眼の彼女は汗を滲ませながらも歯を食いしばり必死で応戦していた。

 そのような誰も彼もが焦りの形相を隠せない中、不自然な程冷静に佇む男がいた。澄んだ水の様な瞳を持つ男だった。


(あれは、ただの人間だ)


 その男から目を反らせずにいると、暴走する魔女が男に襲いかかった。リドヴィッグが足を踏み出すと同時に男は机の上に置かれグラスを手に持ち、ただの水を魔女にかけて何かを言い放った。すると途端に魔女は苦しみ始めのたうち回る。

 これにはリドヴィッグもぎょっとした。雑音に入り交じる音で男の声は聞こえなかったが口の動きで何となく察した。


 男はこう言ったのだ。『これは聖水だ』と。


(成程ね、全く大したものだよ)


 ヴァルテルの血が薄いルガルニアの民程、人間の頃の意識が根強く善悪という価値観を分かっている。それはここのプベルドという土地で生まれ育った貴族の魔女達にも言えることだろう。

 だからこそ効くのだ、ただの水が。

 善に当たる神のもの『聖水』『神の印』等、小さな頃から刷り込まれているといざ自分が悪側の立場になった時、潜在意識の中で拒否反応を起こす。


 ジビレがルシエナの夫に意識を確認し村に『聖水』と称して水を配ったのも、もしもの時のためだったのだろう。

 だが知識があるその行動のお陰で確信的に分かったのは、あの男がシャルロッテの父、クラウスだと言う事だ。


 分かってしまえば守るのは簡単だ。先程までの憂鬱さと打って変わり、上機嫌になったリドヴィッグはクラウスの方へ向かった。クラウスもその足取りに気が付いたのか少しだけ目を見開き身構える。


「……何方かは存じないが、私は貴方に殺される訳にはいかないのだが」


 先に口を開いたのはクラウスだった。

 リドヴィッグはその言葉には気にせず屍食鬼をあしらいながら顔を向ける。


「別に殺さないけど。一応聞くけどお前がクラウス?」

「……」

「いいね、賢そうだ。俺はリドヴィッグ、リドでいいよ」


 クラウスはリドヴィッグの意図が読めず無表情のまま目をじっと見た。改めてリドヴィッグの容姿を見ると何か頭の中で引っかかる部分があった。ガラードが目を留めた理由、薄く赤みを帯びた色、銀の髪。


「北の、一族」

「……?フィパリスって北って言うほど北だったかな」

「――いえ。東の人形と貴方は何をしに此処へ」


 クラウスの質問にリドヴィッグは顎に手を当てて悩み始めた。


「これって言っていいのかな?俺、クラウスの目的が分かったんだけど」

「何故、私の目的と貴方方の動機に関係があるのでしょうか」

「いや、俺達の目的もついでの目的も、お前の目的を潰すものだから」


 異臭が立ち込めるこの空間には似つかない、美しい男は綺麗に微笑みながらクラウスを見た。娘のような力を持たないのは分かっているのに目を逸らせなかった。

 リドヴィッグはゆっくりと口を開く。



「だってお前は、ガラードに殺される為にここに来た。違う?」





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