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アリオット達は暗く水の流れる音を聞き、ミリアムの案内通り進んでいた。
前を進んでいたミリアムが通路の脇にある汚れた壁に躊躇せず耳をつけた。すっと目を細めるとミリアムはアリオットに声を掛けた。
「アリオット様、申し訳ありませんがここの石壁を押してくださらない?ルガルニアの血が混ざっていると言えどユディル姉様には到底力が及びませんの」
「あぁ、任せろ……ここだな?」
アリオットが力を加えて押すと少しだけ地面が震えた。重たい音を立てながら石壁は回転するように動き月明かりの光が差し込んだ。
ミリアムとシャルロッテと共に外に一歩踏み出すと雑草が茂っていた。出てきた石壁を見て上に視線を辿ると先程までいた王城が見える。
「ここは、城壁を囲う水部分と城壁の丁度間だな」
「ええ。お母様とお姉様が王都に着いているとすれば恐らく城の周りを調べている所でしょうね。急いで探しましょう」
「分かった……向こう側まで渡る道はあるのか」
「此方です、姫様足元にお気を付け下さい。大丈夫ですか?」
ミリアムに問いかけられたシャルロッテは頷く。
共に急ぎ足で向かいながらもシャルロッテは何とも言えない不安に襲われた。
(可怪しい。屍食鬼はこの城壁の水の所か、お父様が仕掛けたのならば隠し通路から会場に向かっていると思ったのに)
水があればそう簡単に燃やせるはずもない、だから水源から通し溜めてあるこの城を囲う水場に屍食鬼を投下していると思った。それか父ならこの隠し通路を知っている為に目に触れない所を選んでいると。その何方にも大量の死体は見られない。
(だからこそお義母様もお義姉様もこの付近を探して屍食鬼の処理をするつもりだったのだとミリアムお義姉様も踏んでいる)
なのに何処だ――一体。
こんなに誰にも邪魔が出来ないよう慎重に父は自分自身を追い込んで何がしたいのか。
シャルロッテは混乱する頭を落ち着かせようと手をぐっと握り込む。
(会場を混乱させるのが目的なのはわたくし達を混乱に紛れ逃がす為だと思っていた。勿論それはそうなのでしょうけれどお父様ならもっと上手くやれたのではないのかしら)
そう、だからシャルロッテはルシエナに父は捨鉢になっているのかと問うた。返ってきたのは自己犠牲だという答えだったからそれも己で納得させた。そう言ったルシエナの気持ちも分かる、でなければ意味が分からなかったから。
屍食鬼を仕込んで暴れさせ混乱に陥れるのならば、父は白を切りシャルロッテと共に逃げればよいのだ。どうして父が態々戦地に赴く必要がある?
もしかすると
シャルロッテは最悪の想定が過ぎってしまった。途端に握りこんだ拳は汗が吹き出す。
「水門の近くに木の橋がありますので!やはり兵はいますね。姫様、何度も申し訳ございません……姫様?」
ミリアムは振り返ると息をつまらせた。アリオットもその声につられて後ろを見ると、シャルロッテは冷や汗をかきながら顔は蒼白になっていた。
ぎょっとしてアリオットは声を掛ける。
「大丈夫か?尋常じゃないぞ、その顔」
「なんて言い方をなさるの!デリカシーの欠片もない男ですわね!!」
「す、すまねぇ」
「姫様?ご気分が優れないようですわ。一旦休みましょう」
ミリアムが優しく声を掛けたがシャルロッテは目を閉じてゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、大丈夫ですわ。すみません……ご心配をお掛けしましたわ、行きましょう」
会場でリドヴィッグと御陽が居てくれているのにそんな事をしている場合ではないとシャルロッテは分かっていた。
心配する二人に微笑むとシャルロッテは前に出る。
堂々と兵が此方を認識する距離まで近寄ると、聞き馴染みのある声が大きく響きわたった。
「シャル!!」
言葉を理解する前に目の前の兵がばたばたと倒れていく。後ろで控えている二人も呆気にとられていた。
飛んできたと言っても過言ではない人物は月に照らされた緩く波打つ短めの髪を金色に輝かせており、赤褐色はシャルロッテを見つめていた。
そしてその人物はシャルロッテを強く抱きしめた。
「どうしてこんな所にっ……会えないと思っていた、私の幻覚か?」
「いいえ、いいえ……わたくしは貴女の妹、シャルロッテですわ。……ユディルお義姉様」
その様子を見て慌ててミリアムとアリオットはシャルロッテの方に駆け寄る。すると駆け寄る二人に気付いたのかユディルはキッとミリアムに厳しい目を向けた。
「ミリアム!シャルを前に出すとは何事だ!」
「くっ……確かにあるまじき行為でしたわね。ですが!お姉様は力尽くで全員倒しましたが、兵を一人でも逃せば騒ぎになっていた所ですわよ!?そこは反省なさって!!」
「私が取り逃すわけがないだろう!」
「それは慢心というものですわよ!」
唐突に始まった姉妹喧嘩によりユディルの腕の中に収まっていたシャルロッテはどうにか二人を落ち着かせようと視線を戸惑わせた。アリオットもどう声を掛けていいか分からなく様子を見守るしかない。するとユディルの駆け寄ってきた方面から急いで近寄ってくる人物が見えた。
「おやめなさい、二人共!!みっともない!」
息を切らせていた中よく通る声で一喝した女性を三人は一斉に見る。ユディルとミリアムは女性を視界に入れた途端さっと目線を逸らす。
その様子を見てか琥珀色の瞳の女性は大きなため息を溢した。
「全く。突然走り出したと思えば喧嘩をして本当に……」
シャルロッテは疲れきっている女性に向くと安心したように微笑みかけた。
「ルシエナお義母様、ご無事で……。それに、助かったわ」
「わたくしも喜びたい所ですが、姫様?どうしてこちらに?」
ルシエナは明るい声ながらも威圧的に問いかけた。今度はシャルロッテが目を逸らす。
ルシエナは「全く。わたくしの娘達は困ったこと……」と再びため息を溢した。
「……まずはそこの男性と此処に何故いらっしゃるのかお聞きしても?お説教は後に致します」
「え、ええ。そうですわね、実は……」
シャルロッテは今までの経緯を話した。
聞き終えたルシエナとユディルは驚いた顔をしている。
「では、会場ではたったお二人で収めるつもりですの?無茶だわ!」
「私達は情けない事に死体を見つけれていない。幾ら能力者と言えど滅茶苦茶だ」
「それはそうなんだが……あの二人はどうも元々そういうつもりで、屍食鬼云々なしにしても大量の魔女がいる中騒ぎを起こすのは決定事項だったみたいだしな」
それを聞いた二人は絶句した。アリオットも共感するのでなんとも言えない気持ちになった。
「それにしても追っても死体を隠した痕跡すら見つからなかったのか?」
ルシエナは申し訳なさそうに答え始める。
「ええ、まずわたくし達は王都の水路から川に繋がる所が一番怪しいかと探り始めたのですがそこには馬車が通った跡すら見つからず、それならばと水源……山の泉まで辿ったのですが」
「見つからなかったのですわね」
「はい……」
御陽が川の近くにあると見つけたルイスの店は川ではなく水路だったのかとアリオットは気付く。
この王都で何故水路が使われているのかは火への耐性を高めているからと予想はするが、これだけの水を引いているからには文化が昔の時代で止まっているからと言っても上下水に関しては生活水準が高いのではないか。
「俺達が歩いてきたのは水源からの水路だろ?だとしたら汚れた水の水路はまた別にあるんじゃないのか……?」
それを聞いたルシエナはさっと顔を青くした。
「そんな……幾ら死者と言えどそんな所に死体を投げ込むなんて最大の侮辱だわ」
「でも、それしか考えられない」
「……ミリアムお義姉様、下水路から王城へと繋がる道はありますの?」
すぐに思考を切り替えたのかシャルロッテはミリアムに問いかけた。ミリアムは困惑しながらも思い出すように目を閉じた。
少ししてミリアムは小さく呟いた。
「実際に繋がっている場所など排泄物を流す所しかありませんが、人一人通れる道ではありません。ならば人ならざる者に破壊できそうで下水路に近い所ならば……地下牢、そこしかありません」
ユディルは首から下げた懐中時計を取り出した。開いてじっと見ると眉間に皺を寄せる。
「行ったところで間に合わんな、どうする?アリオット殿」
「そこで俺に聞くのか……城の兵に能力者はいるか?」
「多少はいるだろうが魔女は会場付近の防衛任務だろう」
「そうか」
アリオットが次の言葉を紡ごうとした時、シャルロッテがアリオットの前に出る。アリオットは驚き一歩後ろに下がった。
「どうした?」
「ルシエナとミリアムは安全な所に逃がす事はできませんか?」
「それは構わないが、俺的にはお前達全員が俺達の拠点に移ってくれると有難い」
「……申し訳ございません、完全にわたくしの我儘です。ですが、わたくしをどうか会場へとお連れ下さい」
シャルロッテは真っ直ぐとアリオットを見つめた。
ルシエナとミリアムは、自分達がこれ以上踏み込めば足手まといになる事は分かっているのだろう。不安げに様子を見守ろうとしていたが彼女達はシャルロッテを護ることだけが大事だ。自分達だけ逃げる形になるのは不本意だった。
「姫様、わたくし達は姫様の為にいるのですわ。勿論クラウス様も助かって欲しいと思っておりますが、今は姫様が一番大事なのですわ」
「ええ分かっているのよ、ルシエナ。お願い、言うことを聞いて」
シャルロッテはルシエナとミリアムと目を合わせる。ユディルはその事にいち早く気付き声を掛けた。
「アリオット殿、シャルが力を使った。君の力で二人を移動させてくれないか」
「……それでいいなら助かるが。お前はいいのか?」
「恩に着る。私は構わない、他国の戦へ傭兵としても出向いた事がある。だからシャルも私を残したのだろう、それに……」
「それに?」
「私はシャルの心を守りたいんだよ。だから止めない」
ユディルの言う事はアリオットにはよく分からなかった。
きっと彼女達にもそれぞれ思う所があるのだろう。無粋な言葉は掛けず、ルシエナとミリアムをアリスの元へ送り届けた。
突然女性二人が説明もなしに現れるのでアリスは驚きはすれども察して丁重に扱うだろう。そんな事は前までは頻繁にあったので少しの小言で終わる筈だ、多分。
「俺達も会場に向かおう。シャルロッテ、最初に来た鏡から行く。ミリアムがあいつらに教えていた道は覚えているか?」
「ええ。覚えておりますが……」
「助かる、俺は自覚のある方向音痴だからな」
「ま、まあ……」
余りにも堂々とした言葉にシャルロッテは苦笑いを決め込んだ。
今から地下牢に向かったとして屍食鬼を全て処理するのは確実に無理だ。それならば会場に向かう道で出食わせばその都度処理していけばいい、そうアリオットは考えていた。
――それに恐らく、会場ではもうすぐ魔女の暴走が始まる頃だろう。




