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「やっぱり、ヴァルテルと会ったんだ」
アリオット達と別れた後にリドヴィッグは浮気を咎めるような物言いで言葉を放つ。
御陽はじとりと睨むその目をしっかりと見据えた。
「会いました。首を刎ねました」
「えっ、なんで?」
流石に予想外の言葉が出たのかリドヴィッグは狼狽える。そんな様子は気にも止めずに淡々と受け答えた。
「新しい“私”はあの男が感情を持たない様に創った“私”でしたので、命令のままに赴きました」
「ふうん。なるほどねえ、それでなんで首を斬ったの?」
「なんとなく、リドくんの事を思い出せそうでしたので」
「あははは!それで、趣味の悪い男の首を斬ったの!?偉いねえ!」
「目が、貴方と違ったので。思い出せなくて考えるのをやめました」
「それで?」
「ヴァルテルの体を持って帰りました」
「あー……そっかあ。首は置いていったんだ、俺と違って」
そう言ってリドヴィッグはゆっくりと歩き出す。御陽もそれについていく。
彼は何故だか少し嬉しそうだと見上げながら不思議に思った御陽はそのまま言葉に出した。
「怒らないんですか?」
「ええ?なんで怒るの?」
「恩人だと聞きました」
「……御陽はもう少し痛めつけて斬るのが正解だったかも」
おぇ、と舌を出して顔を顰めた。そうしたリドヴィッグの行動も気にせずじっと見つめて、それに、と言葉が続く。
「ヴァルテルは私を探しています、あの男と共に」
「首だけ置いて行かれたから?」
「恨みもありますが、人の血を求めて」
「資源は有限だって気付いたわけだ、馬鹿だね。これだけ繁殖させれば尚更なのに、ほんとに畜生と変わらない知能」
リドヴィッグは鼻で笑った。
足を動かすペースは落ちない。御陽はぱちぱちと目を瞬きさせ、ふと足を止めた。
それに気付いたリドヴィッグも同じく足を止める。
「近い?」
「良く、見えますね。きっともう……」
「分かった、会場に踏み入れたら用意をしておくよ」
「お願いします」
そう言ってまた歩き始めた。今度は少し速く向かう。
会場のざわめきが聞こえる前に衛兵が多く見え始める。だがそんな事で足は止めなかった。
衛兵達を全てリドヴィッグの茨が拘束し、会場に一歩一歩近づく。
シャンデリアが眩い光をいっそうに放っている場所へ踏み込んだその足を、御陽は掴まれた――
***
こういう行事には外の警備のほうがしっかりと配備されている為、給仕室等を通る道が兵に出会うのは少ない。
出会った場合はシャルロッテの力で押切って通っている為に今の所騒ぎになる様子はなかった。
「実の所こんなに人に力を使ったのは初めてでございますから緊張しているんですの、もし早めに解けてしまったら無駄になりますので急ぎましょう」
今の所順調とは言っても門外に行くには必ず外に出なければならない。だからこそ城外への道へと進んでいるわけだが。急ぎ足で行く風景を眺めながらアリオットは改めて不思議に思った。
「どうやって屍食鬼達を会場に向かわせる気なんだ、下手すれば途中で燃やされて鎮静化するだろ?」
一大のこの国の王の伴侶を決める行事なのだから警備も厳重にされているし、見る限り外からの侵入が容易にできるわけでもない。
その事はシャルロッテも頷いて口を開く。
「そうですわね、外の国の方ならばこの国の常識はよく分からないでしょう。……火で殺す事は教会の者か貴族にしか許されていないのですわ」
「どういう事だ?」
「貴族は神の天啓を受けし神の使者、教会の者は言わずして神の元に敬服する者。聖火で制裁を下させるのは神の許しを持つ者しか許されず、と。……方便ですわね、魔女を確実に殺させない為の」
「そんな事で……」
アリオットの動揺が分かったのか続けてミリアムがシャルロッテの言葉を補った。
「そう思われるのは知識があるからなのですわ、わたくしも辺境の地で育っていたならばそれが常識と認識し、火を扱う事に畏れ多く思っていたでしょう。それ程までに人間の思想を覆す事は難しい」
「思想、ね」
二千年にも及ぶ根付いた文化に疑問に持つ者すら殆どいないのだろう。世界での常識である絵本もまたそういう事だ。
(改めてルイスの凄さが分かるな)
「それでも真っ直ぐ此方に向かってくる確証などございませんが、わたくしの仮説を信じるのであれば一般人には見向きもしないでしょうね、そしてわたくしでも」
「リドを置いてきて正解だったな」
「……?」
何も知らないミリアムは分かっていなかったが、アリオットやシャルロッテの血すら反応しない程より濃い血に向かって行くということだ。
それは二千年も生きているガラードへと向かって。
「着きましたわよ」
「え……?ここって」
ミリアムが声をあげたがアリオットはぎょっとした。
建物内からは確かに抜け出したが、おそらく此処は中庭の真ん中だ。綺麗に手入れされた庭園で自分達の立つ所には噴水が堂々とある。
「ここから門外に行く道があるのか?」
「ええ、この城の周りを見た事はありません?高い城壁の周りには水で囲まれていますの。だからこそこの水源を辿れば外に着きますわ」
「それはそうだと思うがまさかこんな所に……?」
もしもこの城が攻められたときに王の部屋に行く前の道でこんな所に隠し通路があるとは敵も思わないが味方ですらここに行くまでの道は困難だろう。
それを聞きながらミリアムは何かを探しながら呟く。
「覚えておくと役に立ちますわよ、この庭園は普通に行くと迷路になっていて律儀に迷って楽しむ兵などいないけれど逆に細かに探す兵も存在しない……わざわざこの迷路の中に石で造られた燃えにくそうな水がある場所を怪しむ人など一握りでしょうね」
話しながらミリアムは何かを見つけたのか、しゃがみ込む。
「水源と繋がれば籠城にも使えますし、洞窟に繋がっていれば亡命にも使えますわ。他国の出身とあれば知っているのは学者くらいかしら?……さ、開きますわよ」
ミリアムは地面に手をかけガコッと音を立てて石畳を軽く上にあげた。シャルロッテとアリオットは驚き目を丸くさせて開いた暗闇の中を覗き込むと、うっすらと階段が見えた。
そして、ミリアムはまとめ上げていた髪をおろして髪留めをシャルロッテに手渡す。
「順番に。姫様、これをランプに」
シャルロッテは頷き、中へと入り込んだ。アリオットも続いて入る。ミリアムは最後に入り口をぴったりと閉じると先に進むように言った。
階段を降りていくと暗く少し広くなった道へ続いていた。水が流れている横の道を通り抜け進んでいく。
三人のたてる足音と水の流れる音だけがこの空間を反響していた。
「此処を歩いていて城壁を囲う水に繋がるのか……」
関心したようにアリオットは言うと、ミリアムは訂正するように答えた。
「正確に言うと水源に、ですわね。城壁を囲う水はあくまで水源からひいた水ですから」
「へぇ……ん?だったら王都外になってまずいんじゃ」
「ここにはいくつもの出口にあたるところがありますわ、最終的には水源に繋がるんですの。本当ならば危険でありえない事ですけれど……」
「ガラードを連れた事を前提とした、と言うことかしら」
ミリアムはそれを肯定するかのように黙った。それを聞きアリオットはただ不思議に思う。
そこまでして、プベルド王に固執する意味はあるのかと。ガラードは他国からの者であり、ただ国を支配したいと望むのであれば生きた傀儡を作るより言葉を話せない偶像を創り上げた方がより支配もしやすい筈だ。
それなのに二千年も付き従い王家が滅びるその時まで護ろうとする意図に何か裏があるとは思えない。純粋な忠誠と思えて仕方がないのだ。
シャルロッテもミリアムも今までのガラードの行いから別の意図があるのではと疑ってしまうのであろう。
(ああ……でも、なんとなく)
能力者――魔女はひたすらに無垢だ。
ここにいるシャルロッテも、シャルロッテの母ジビレやその父、リドヴィッグも……愛を請い愛に尽している。
長い時を経ているのに彼らは子供で、愛されたくて仕方がないのだ。そして愛してくれた人の為には命を懸けて尽くす。
ならば、ガラードもきっとそうなのだろう。
アリオットにはその感覚は同じ能力者として共有し難い感情だった。勿論、肉親には情も湧けば守らなければならない時には命を懸けて守るだろう。逃げ出したくて甘えたい時もあれば守ってほしい時もある。
けれど能力者は愛した者に対しては甘い笑顔を見せ何を犠牲にしてもその人に尽くし、それに仇なす者に対しては悪魔のように無情になれる。
(素敵でもあり恐ろしくもありました、か)
御伽噺は力の事だとアリオットは思っていたが実際の所能力者自体の性質の事を言っていたのかもしれないとふと思った。
だがその性質に当てはまらない人物が頭を過ぎった。
御陽は、創られた人格には愛されたいとも尽くす様な真似はしなかった。受けた恩には相当で返そうとして、他人の心配をしてアリオットは人間味の溢れた人物だと思っていたはずだ。
もし、御陽の父親があの人格を創ったのならこんな性格にする必要があるのだろうか。
長考している三人は沈黙を貫くまま前だけを進んでいた。
***
複数の茨が床を這い、少女の足に巻き付きねじ切った。
切り離された足は茨が勢いを付け放り投げられる。宙を舞い会場のざわめきが聞こえる所までぼとりと落ちた。
ざわめきを掻き消した原因は甲高い悲鳴だった。
若い女性はおろか、王都で平和に勤めていた兵ですら卒倒しそうな程異様な光景と言えるだろう。
だがそんな様子すら気にもしていないのか、足を切り離された本人は痛みに悶えることもなく自身の影から出た手を掴み引っ張り上げた。
影の中から出てきた小柄な人は顔をあげる。
そこには影から引っ張り上げた当の少女の顔と瓜二つの顔があった。
「久しぶりと言うべきでしょうか。片割れ」
片足からぼたぼたと赤い液を流しながら表情も崩さずに彼女は告げた。そうして間もなく彼女の足は元に戻る。
目の前で顔をあげていた同じ顔は立ち上がった。そうすると歪な笑みを浮かべて言った。
「姉様、やめてください。僕も父様に名前を貰えたんです、そんな呼び方嫌ですよ」
彼は彼女を見ているようで見ていなかった。遠くの誰かを思い、彼女の瞳を一心に見つめる。
混乱に陥る会場と別世界のように彼の言葉がはっきりと聞こえた。
「僕は、御月。姉様、僕は愛されているでしょう?」
こてんと首を傾けた彼は御陽にそっくりだった。
(気色が、悪い)
人形である癖に人間のように愛を求める感情も、憎悪も。痛みを感じたこともない癖に、苦痛に身悶える様な表情も。
ずっと鏡を見ている様で――




