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徐々に人が集まって賑やかになっていく様は歴史書には書かれていなかった。
ここには一般市民も多く集まっており、若い女性が高い声で騒ぐ事は普段貴族のパーティではあまり見られない光景だ。
一般市民と言っても此処に来られる者はやはり王都の市民だけであるし、高い靴や高い服を身に着けて参加する行事なのだから一定の裕福な者でしか此処では微笑む事はできないだろう。
形式張った燕尾服を身に着け席についていた男は空色の目を静かに細めた。
こんなにも綺麗にされている反対の、玉座の間側にある庭。
庭と言っても手入れはされていない処刑場と言うに相応しい砂が広がった閑散とした庭だ。
そこで、ジビレは死んだ。
今でもはっきりと思い出す。
自分は三代目の王弟から続く血筋だった。何処から歪んだか分からないガラードに蹂躙された王家を救う為頭から指先まで教育された母の子であった。
子爵に降嫁しても尚その振る舞いが下位貴族と思えなかったからか、周りは一般的な子爵夫人として扱わなかった。それは意外にも憎きガラードも同じだった。
そんな母を持った自分は同じにも多くの事を叩き込まれた。母は血を誇りに思っていて、そして自分に愛情もあった。
ジビレを茶会に招待したのだって恐らくは母の計画だ。そして自分に近付いたジビレの思いも知っている。
そんな彼女の強い意志が好きだった、愛していた。
けれど結局は何もできなかったのだ。
この王城の門をジビレと共に通り、閑散とした処刑場に立った。ジビレを抱き締めて、意味もないのに行かないでくれと願った。
困ったように笑って娘をお願いね、と自分に約束させるとジビレは手足を縛られ木の棒に沿って立たされた。まるで罪人のように。
火が移され愛しい妻が焼け苦しむ様をこの目でずっと見ていた。握りしめた拳は血で滴っていた。
彼女の後ろに見える姿はプベルド王と、ガラード。
何故、彼女がこんな目に。妻の苦しむ姿を見てどうして自分はここで何もせずに立っている。暗く、黒く湧き上がる感情を止める事はできなかった。
冷静を取り戻した頃にはプベルド王やガラードの姿は無かった。そこにはまた、閑散とした場所が残っていただけだ。
自分はジビレの立たされていた処に近寄った。驚いた事にそこには何も残されていなかった。魔女と呼ばれる者は骨すらも、焼かれてしまうのか。
だが黄土色に染めた地面はジビレの立っていた場所だけ白い砂で染められていた。
あの日から十三年、自分も死に場所は此処がいい。
本当に死んだ世界が天にある楽園と地の底にある獄中があるのならば、ジビレは天国で自分は地獄だろう。
それでも死に場所だけは彼女と一緒でいたい。
煌びやかな光景を眺めていると、銀色に光る瞳が此方を見て近付いた。その男は淡く輝く金色の髪をなびかせ礼をした。
「卿よ、ご機嫌麗しく」
「ヴァルシェンベルク卿、高貴な貴方が私などに礼などされぬよう」
「侯爵殿には相応しいかと」
「何を。侯爵は妻です」
「夫人は元は平民とお聞きしておりますが」
「ふん、分かっている癖に白々しい」
あからさまにした自分の悪感情にも微笑む男に吐き気がした。この男はいつまでも過去の幻影を追い、自分と重ね合わせて愛しい妻を殺した。
「貴方は私の愛した王ととても良く似ている、それなのにあの忌々しい魔女と契を交した。なんと悲劇的な事か」
「王は健在でしょう、馬鹿馬鹿しい事を。悲劇的も何も貴殿が殺した」
「ふふ、現王にも勿論忠誠は尽しておりますよ。だからこそ魔女を葬ったのでしょう、この二千年にも続く忠義の元に」
「二千年も生きた人間を人形遊びの様に番わせておいて何が忠義か。今夜の催しも茶番にも程がある」
「東の創造神は人形遊びにご執心ですが、私は至って献身によるものですから。とても心外です」
男はそう言いながらも表情は変わっていない。悪意も何もかもを飲み込むような微笑みをしながら自分に問いかける。
「今日、私を殺すのですか?」
それはもう、狂気そのものだ。
***
「結局、用意してくれたドレスとか着なかったんだね」
王城のとある部屋の一つから出たアリオット達は、静まり返った廊下を歩いていた。
最初は驚いていたミリアムの案内を受けながら人に出会う可能性の低い道を進む。そうしているうちに思い出したのかリドヴィッグが文句を垂れたのだ。
「変装は意味を成さないです。そして動きにくいです。違いますか?」
「いやまぁ、そうなんだけど。そうなんだけどさあ……」
淡々とした御陽の言葉に、あまり納得のいっていないリドヴィッグがねちっこく言葉を吐いていた。
そして痺れを切らしたのかミリアムの眉間が皺を作っていた。
「ちょっと、いくら何でも騒がしすぎませんこと!?舞踏会の会場から遠いからって衛兵がいない訳ではないのですけれど!」
「ミリアムお義姉様、一番声が大きくてよ」
シャルロッテに指摘されたミリアムは恥ずかしそうに下を向いて、蚊のなく声で「申し訳ございません」と縮こまった。
ミリアムの苛立ちはとてもじゃないが分かる。御陽とリドヴィッグは鼻歌でも歌いそうなほどに余裕を持っているのに対しシャルロッテ達はこの日をまさに命懸けで迎えている。
ただ、それは御陽とリドヴィッグがシャルロッテの父とルシエナ達を救える自信があるからこそなのだろう。
寧ろ警戒しているのは、きっと誘き寄せる者なのだ。
「十八時から王からの挨拶があり、挨拶が終わり次第食事を楽しむでしょう。狙うならばきっとその後ですわ」
「はあ、では本当に大混戦となるわけですね」
「……うん?もうちょっと詳しく教えてくれないか」
ミリアムが言った説明の後、御陽の溢した言葉が気になった。大混戦というのは分かりきっていた事なのに狙い目の時間を聞いた時に再び感心したように思ったのだ。
「ですから、この催しは一般市民も参加するでしょう?ルガルニアの民が紛れていても可怪しくはないので、食事に血を混ぜて混乱に陥れるには最適でしょう」
「は……?」
「ルガルニアの民に薄い魔女の血を入れれば暴走と力が手に入りましたが、逆になるとどうでしょう?魔王の血の結果は経験がありますが薄い魔王の血は私も分かりませんからね」
「待て待て、ルガルニアの民はなんでそんな事するんだ」
つらつらと出てくる言葉を止めた。
すると御陽は少し考える素振りを見せ、こてんと首を傾けた。
「漁夫の利……ですかね?」
「漁夫の利?」
「ヴァルテルはプベルドは邪魔だと考えているので内乱でプベルドが倒れ、原因がフィパリスの起こした実験物となればフィパリスのせいにもできるので一石二鳥というか」
「……なんで魔王は内乱やフィパリスの実験の事を知ってるんだ?」
「血の薄い者を送り込んで繁殖させれば国を倒すには確実ですが百年以上はかかりますよ。そんな回りくどい真似ヴァルテルがするとは思えませんが」
「それはつまり……内部からの侵略を前提に間諜していて、隙が出来ようものなら攻めようとしてたのか」
「そうでしょうね、勝ちが約束されている戦に乗らない者はいないでしょうし」
シャルロッテは会話を黙って聞いていたが思い当たる節があった。
(お母様がこの国は窮地にあると言ったのは恐らくこの事ですわね……これをお父様が知らないはずも無い)
「ならお父様は分かっていて屍食鬼を魔女にぶつけるのかしら……御陽様、魔王の血を与えられた魔女はどうなりましたの?」
「血肉を求め暴走し、死に至りました」
はっきりと答えた御陽だったが、暫くして再び口を開いた。
「……私の見解ですが、薄い魔王の血であれば一定時間の暴走で収まるのではないかと」
「どうしてそう思うんだ?」
「繁殖した者で魔女を死滅させられるならばとっくにやっていると思いましたから」
「……成程な」
さてどうするか。
シャルロッテの父親は会場にいる。しかし大量の死体は何処に仕掛けられているのかわからない状態。食事に混ぜられた魔王の血。
そしてルシエナとユディルは王城についているのかも分からない。御陽とリドヴィッグの誘き寄せる者も会場に来るだろう。
「二手に別れよう」
アリオットの言葉にミリアムが眉を顰める。
「姫様を守るお約束は破られますの?」
「まあ聞いてくれ、何もお前達を置いていこうとしていない。御陽とリド、お前達だけで会場は何とかできるだろう?」
御陽は静かに頷き、リドヴィッグは肩をすくめた。
それは全てを肯定したわけではないと察せられる。
「食事に混ぜられた血は何とかできないけどね」
「それはいい、こっちも屍食鬼の全ては処理できない」
「それではわたくし達は何をしに何処に向かうのです?」
シャルロッテはアリオットに問いかけた。
「目的をはっきりさせよう。俺、シャルロッテ、ミリアムは義母さん達の合流と保護だ。それにはミリアム、あんたの案内がいる」
「構いませんわ、門外までの道案内と言うわけですわね」
「そうだ。……そして御陽とリドはシャルロッテの父親の保護だ、まかせる」
「顔とか分かんないけど大丈夫かな?」
「屍食鬼達と食人鬼がぶつかり合うので大丈夫でしょう。私達は一般人を護ればお父上もお護りできるかと」
リドヴィッグの疑問に御陽が応える。そんな認識で大丈夫だろう。納得したミリアムが御陽とリドヴィッグに舞踏会会場までの道を叩き込む。
暫くして黙っていたシャルロッテが不安げな声をあげた。
「大丈夫ですの?たったお二人で……願ったわたくしが言うのもなんですが、危なくなったらすぐにお逃げくださいませ」
「うーん、危なくはないかなあ。御陽もいれば俺はすぐ起きれるしねえ」
「記憶も戻りましたので足は引っ張らない筈ですから。ご心配頂き感謝致します、其方こそお気をつけて」
そう言って御陽とリドヴィッグと別れた。
会場への道から外れた後は少ない警備をくぐり抜け、城外への道へと進んだ。
するとミリアムは案内しながら、先程リドヴィッグが放った言葉が気になったのか小さく呟いた。
「起きれるってどういう事なのかしら、聞いてもよろしい?」
「俺もよく分かんねぇから、気にしない方がいい」
アリオットがそう答えるとミリアムは不満げな顔をした。別に答えたくない訳ではないのだ。本当にあの二人はよく分からない。けれど、それを二人に聞くのもまた勇気のいる事なのだろうとまた溜め息を吐きたくなった。
「姫様がご無事であれば構いませんが、あれで死なれては後味が悪いと言いますか」
疲れた表情に気付いて勘違いしたのかミリアムが愚痴を溢す。
「ああ、いや違う。あの二人は大丈夫だと思う、一人は死なねぇし」
「……御陽様は人間では、無さそうですわね」
シャルロッテは流石に自分の力で気付いていたのか気を遣ったように言った。ミリアムはその事に声は出さずとも驚いている。
「ですが、なんとなく他の人間のものがある気がするんですの。それが何かも分かりませんが……」
「……俺も分からない。だから今は合流する事だけを考えよう」
アリオットはそう言うと前を見て突き進んだ。
ミリアムもこれ以上話を広げては困らせるだけだと感じたので何も口を開かずに歩いた。




