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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
27/39

22

 


 あの日から時はめぐり、決戦の日がきた。

 シャルロッテは鏡の前に立つ三人を見つめていた。


「復讐は、この国への……いいえ。負の遺産への復讐ですわ」


 アリオットは自身の生の半分にも及ばない年齢の女性がここまでの行動と覚悟を持っているのに畏怖した。


「それにしたって今から王城に行くのには間に合わないんじゃないの、馬車でしょう?」


 リドヴィッグがシャルロッテに問うと素直に頷く。

 この国では最速の移動手段は馬しかない。ましてやこの辺境に位置する屋敷では急いだとしても三日はかかるだろう。

 亡命にしたって舞踏会当日にこの屋敷にいる事自体おかしな話であった。


「父は一週間程前にここを出ておりますわ。そして義母と義姉の一人は四日ほど前に王都へ向かっております」

「なら、余計に馬車も何もないのでは?どうしてここに残っているの?」

「貴方方がここに来ると思っておりましたから」


 シャルロッテは確信を持ってそう告げた。


「舞踏会は恐らく滅茶苦茶になるのです、お父様の手によって。それが騒ぎが起こる前でも後でもここに来るでしょう?だってわたくしが貴族に吹聴したのですから」

「犯人が噂の令嬢の父となれば噂の真偽は確かめにはくるだろうな」

「……それでも幾らかは賭けでございましたが。鏡が貴方方が来ると告げた時わたくしは本当に持っていると思いましたわ」


 小さく呟くとシャルロッテは再びアリオットに目を合わせる。すると先程の綺麗な礼とは打って変わって形振り構わない礼をした。


「お願いします、わたくしを舞踏会に連れて行ってくださいませんか。もうわたくしに出来る事はこの日しかありませんの」


 凛とした声で言葉を紡いでいた僅か十六の子が先程とは変わって震える声でアリオット達に懇願していた。

 アリオットは彼女の背負うものの大きさと何者かも分からない自分達に自分の尊厳を捨ててまで願うその姿に何も言う事ができなかった。

 それに対して口を開いたのは御陽だった。


「もう、貴女の計画は潰えたのですか?」

「いいえ、この国が破滅しない限りはわたくしは王子に見初められるよう努力するでしょう。ですが今夜はもうそれどころでは無くなります」

「騒ぎを起こす、でしたか。お父上は一体何を?」


 御陽の問いにシャルロッテは少し押し黙った。だが息を呑み意を決して声を絞り出す。


「本来ならばわたくしも四日ほど前に義母と共にここを発つつもりでしたの。ですが父は舞踏会に行くには些か大きな積荷と共に一週間前此処を離れましたわ」


 ――兵も騒ぎを起こすにしても少ない。


 わたくしは父のやらんとする事が革命まがいの騒ぎだと信じて疑っておりませんでした。

 少しだけ自身の力を奢っていたのかもしれませんわ。ですが、父の一週間前の積荷を見て疑念が湧きましたの。

 義母も義姉もそうでしたのでしょう、ですが一週間前に気付いた所でわたくしも義母も義姉も打つ手はない。父も分かっていたのでしょう。


 だから、隠していた。


 わたくしは力を使い手っ取り早くランプを鳥に変えて偵察に行かせました。積荷の中身を見てくるだけで良いとだけ伝えましたのですぐに帰って来ました。

 ランプから中身を聞き出すと、驚きましたわ。


「大量の死体、だったのですわ」


 義母はすぐに思い当たりました。だって自身が起きた恐ろしい過去なんですもの、クラウス様が死んでしまうと泣いて騒いでしまいましたわ。


 ですがわたくしはどうにも引っ掛ったのです、父はいつ爆発するかも分からない爆弾を抱えて走る迂闊な事をするのだろうかと。


 わたくしは必死に思い返しました。

 義母の隣村は魔王の血が蔓延していた。隣村出身の義母の元夫はフィパリスの人間により魔女の血を飲まされていた。

 そうすると元夫は死に絶えて数カ月前に埋葬したにも関わらず義母の娘を襲った。普通ならば血が分けられていたとはいえ死んだ人間が生き返ることはない。


 生き返った仮説が他の魔女の血を飲まされたからだとすると、何故義母の元夫は義母を襲わずに義姉を襲ったのか。

 母の言った『隣村ごと焼いているわ』、『他国のとんでもない実験に付き合わされたわね』――


 隣村は蔓延しているにも関わらず、同じくフィパリスと国境にある隣村が被害にあっていない訳がない。

 つまり積荷は隣村の墓を掘り出した死体だったのです。


「そして此れも確証はありませんが、魔女の血を覚え込まされたルガルニアの民は魔女を襲うのではないかと」


 数カ月も前に死んでいたのにも関わらず、母が来る前に義姉は襲われていなかった。つまりこれはより濃い魔女の血に反応すると考えましたわ。

 そもすれば、舞踏会は魔女の宝庫。魔女に対してただの屍食鬼が襲いかかったところでたかが知れているでしょう。ですが平和に呆けた貴族達が混乱するのには時間はかかりませんわ。滅茶苦茶になった舞踏会で残るのはわたくしの父の糾弾だけ。


「わたくしは直ぐに此処を発つ準備をしましたが……」


 義母は現実を見ていました。間に合うわけがない、止めるにしてもどうやって。魔女を殺す火を放てば、其れこそ父の首を絞める。

 義母は分かっていたからこそ父を追いましたわ。そしてわたくしには物を馬車に変えてお逃げください、ミリアムもこの為に国境までの地理を叩き込みましたから連れて下さい、と。


「出来るわけがない……!父を失い、義母も義姉も失えばわたくしはどう生きればいいというのっミリアムお義姉様に合わせる顔もないわ……」


「ですから、お願いなのです。わたくしは、もう貴方方しかいないと思っておりました。だから此処で待っていた」




 彼女はこの国ではあり得ない程頭を下げていた。

 アリオットは最初感じたものと変わらない、否、まるで偉大な王がちっぽけな自分に頭を下げているように感じていた。


(彼女は年齢に不相応な位、立派だ)


 アリオットはシャルロッテに近付くと肩を掴み頭を上げさせた。

 シャルロッテは無理やり合わせられた目線に少し驚いていたがアリオットの優しい翠眼に安堵した。


「行こう、生きてるなら助けられる」


 紛れもない真実の言葉にシャルロッテは涙で溢れそうになった。

 どんなに強がって笑顔を保っていても、もし此処に組織の人が来なければ。もし父や義母が死んでから会ってしまえば、残されたのはミリアムだけで自分の生きる意味はあるのだろうかと色々と考え不安で一杯だった。


(――でも、まだ終わったわけじゃないわ)


 ぐいっと手で涙を乱暴に拭い、しっかりと頷いた。



「やはり紳士的な行動とは程遠いものなんですね、アリオットさん」

「えっ……そこはねぇ。アリオットが彼女の涙を拭わなきゃねぇ?」


 御陽の言葉にリドヴィッグが驚きながらも同調した。

 なんだよと文句を垂れそうになったが、勿論アリオットも心底驚いた。まさか記憶の戻った御陽がこんな揶揄いを言うとも思っていなかったし、そして表情一つ揺らぐことなく言い放ったので寧ろ恐ろしかった。


 そんな事を覚えているのか。と言うよりかは根に持っているのか。


「ですが、丁度よかったですね。動く屍は向こうもお馴染みでしょうから。騒ぎは全て其方のせいにすればよろしいかと」

「は?」

「私で誘き寄せる者に擦り付ければいいのです」


 御陽の言葉の意味が分からず、疑問を投げかけるしかない。リドヴィッグのような遠回しな言い方よりも御陽のような直接的な言い方のほうが好ましいと思うが、如何せん話を端折りすぎて分からない。


「つまりお前達に任せていいのか?俺はもう国同士の事なんか考えねぇぞ」

「構いません。何れにしても私がいる事で舞踏会は滅茶苦茶になる事は間違いありませんから、お気になさらず」

「なんなんだ……それは開き直りなのか……?」

「彼女への慰めのつもりでしたが違ったようですね。それでは行きましょう、魔女を襲う屍食鬼と食人鬼を大量に処理をしなければならないのですから」


 御陽はシャルロッテの部屋にある時計に視線を投げた。

 時計の針は本来ならばこの時間に城に潜入していた時間、五時を指していた。


「リドくん」

「……うん、どうしたの?」

「私が掴まれたら、掴まった部分をねじ切って下さい」

「分かった」


 何か不穏なやりとりがあったような気がするがアリオットの気は唐突に響いた扉を乱暴に叩く音に逸らされた。

 シャルロッテは「わたくしは無事ですわ」と声をかけると勢い良く扉が開かれた。


「姫様っ……!」

「お義姉様」


 扉から飛び出して来たのは金色の髪を纏め上げた可愛らしい女性だった。その可愛らしい顔は必死という言葉にぴったりな程強張っていた。

 シャルロッテに駆け寄るとアリオット達から庇うように妨げ、彼女の無事を確認していた。


「外を警戒していたのにまさか本当に鏡から来るとは、なんたる不覚を……姫様、姫様お怪我は」

「先程も申し上げたでしょう、何もなくってよ。それどころかこの状況の打破にご協力頂く方々ですわ」


 そろりとアリオット達を眺めた後リドヴィッグに視線を固定させ、他人にも分かるほど胡散臭そうな顔をした。


「姫様騙されておりませんか?」

「わたくしの力あって如何やって騙されるのよ。それに美形は諜報には向きませんことよ」

「なになに?何もしてないのになんで貶されてるんだろ」


 あまりにも酷い言われように流石のリドヴィッグも乾いた笑いを溢す。

 恐らくこの女性こそが下の義姉、ミリアムだろう。取り乱した様子を誤魔化すようにこほん、と咳払いをする。ぴんと背筋の伸びた姿は元は平民と思えないような姿勢だった。


「姫様に現状を聞いたのは分かりましたが、舞踏会に行って何をするおつもりですの?貴方方が能力者を保護する組織であるならば、今ここで姫様を保護してさっさと本拠地に戻ればよろしいでしょう」

「ミリアム!」

「アリオットさんはそうしても宜しいですが、私達はどのみち舞踏会に用事があるのでついでにご助力するという事です」

「……組織内で目的が違うとおっしゃるの?まぁ、宜しいわ。ならば姫様だけは救ってくださると言う事を約束してくださいませ」


 食ってかかってきたミリアムだったが、本当にシャルロッテに生きて欲しいのだろうと思われた。

 勿論、と答えようとしたアリオットを御陽が制止する。


「条件を」

「……わたくしは奥様から城の内部を叩き込まれております。力のないわたくしができる事は姫様を逃がす事ですわ、つまりわたくしを連れていけば多少の役には立つでしょう。それでも、少しですが」

「どうですか?」


 アリオットは御陽に聞かれ戸惑った。


(いや、どうですかと聞かれても)


「勿論約束するが……。俺は最初からできる限りの事はするつもりでいたし」


 アリオットの答えに御陽以外が驚いた顔をした。

 妙な沈黙が流れた後、リドヴィッグが笑った。


「あはは、ほらね。無償で人助けなんてとんでもないお人好ししかしないんだよ」


 そういえばそんな話をリドヴィッグにされた覚えがあるが、アリオット自身は普通の事だと感じているので相変わらずよく分からない。


「アリオットさんでかき消されましたが、私の人好し?物好し?も認めてほしいですかね。地図を手に入れましたので何処に屍食鬼が出るか検討をつけられますね」

「他所様を地図呼ばわりするな」


 答えようとしたアリオットを制止したのも御陽は良かれと思ってやったのだろう。だがアリオットを見るリドヴィッグと御陽が穏やか雰囲気を思わせる視線だったので、居心地が悪くなった。

 なんとも言えない苛立ちをぶつけるように白い騎士を呼んだ。


「いい、もう全員鏡の前に立て」


 きょとんとしているシャルロッテとミリアムは戸惑いながらも素直にアリオットの指示に従う。構わずアリオットが手を翳すと白い光が五人を包んだ。


 五時を指す針が少しだけずれた時、十六年で初めてこの部屋から人がいなくなった。




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