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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
26/39

21

 


「そう、そうだったの……」


 突然現れた女、ルシエナが一通り話し終えた後シャルロッテは確信していた。


(わたくしは皆に生かされている。皆の希望なのね)


 なら尚更こんな所で尻尾を巻き国から逃げる事は出来ない。自分は幸福な存在であり、そして親不孝者だ。

 だが一つだけ気になる事があった。


「ルシエナ。お父様の命令だとしてもわたくしの言う事は聞く、というのは何故?」

「……姫様、わたくしはジビレ様のお約束を尊重しております。そして代理当主様には懇願をされました。それならばわたくしは代理当主様もお守りする事もまた尊重致します」


 シャルロッテは納得した。

 ルシエナは母と自分と父を守る事を約束していた。それを第一優先にするのであれば父を犠牲にシャルロッテだけを守る事はしない、そう言い切った。そしてそれはシャルロッテもやらないとした上での言葉だ。


(――面白いわ。わたくしが母の性格と父の聡明さを受け継いでいると扉を開いた時に確信したというの?)


「わたくしは亡命する時にはお父様から何か与えられると思っていたのよ。でもこの歳ではない、そうでしょう?」

「はい姫様、代理当主様は勿論失敗した時の事も考えております。それはわたくし達と姫様が殺されないようにする為の世論操作の期間です」


 父はきっと庶民の耳障りのいい噂を発信して浸透させるのだろう。例えば「前妻の魔女が病死したら庶民の美女を無理に後妻させて前妻との子供を虐げている」だとか「それを救う後妻」等を流すのだろう。そうすれば庶民の中の自分やルシエナ達は“可哀想な者達”というレッテルが貼られ、情状酌量の余地が得られる。ガラードにとっても母は王家にとっても厄介な存在だったと少しでも思わせられる。そんな事で騙される奴がこの国を支配してはいないだろうが、予防線だろう。


 だがシャルロッテは面白くない。こんな事をされては父の敵は膨らむばかりだ。それにその噂を広めるには逃亡までの期間ルシエナ達をも囲い込む気だろう。貴族に顔が割れれば不味いのであるし。

 何かないのかとシャルロッテはルシエナの話を思い返し、ピンときた。


「ルシエナ、わたくしの為に命を懸けれる?」

「勿論でございます。ジビレ様がいなければ死んでいた身、今更死のうが姫様の為に死ねたという誇りだけで御座います」

「貴女達は?」

「母に同じでございます、姫様をお守りする事が私の生きる意味です」

「ええ、姫様。わたくしもです。奥様に託されたものは全て姫様の為にあります」


 ルシエナと娘達の目を見ても戸惑いも憂いもなく、覚悟の決まった真実の瞳だった。

 ルシエナ達がこれほどまでにこれ迄に会ったこともなかった娘の為に命を懸けるというのならば、シャルロッテもこのルシエナ達に全てを懸けると決めた。

 ルシエナの心半ばな計画を自身が成し遂げようではないか。


「あら、お義母様もお義姉様達もわたくしと顔がそっくりでございますわね。あろうことか瞳の色も皆、金色だなんて!」

「姫様……?」

「姫様だなんて、やめてお義母様。わたくしこんな部屋に一人閉じ込められて寂しかったのよ、わたくしに似たお義母様とお義姉様達が来てくれて嬉しいわ!」


 ルシエナ達は互いに顔を合わせる。

 そして、気付いた。お互いがシャルロッテに似た顔になり、瞳の色も皆金色になっている事に。


「姫様、これは」

「シャルでいいわお義母様。そうよ、これからは一蓮托生とでも言えばいいかしら……わたくしがお義母様の顔を使い、舞踏会で王子に近付けば誰も文句はないでしょう?」

「成程。姫様、私達は貴族の行事に積極的に参加していけばよろしいので?」

「ご名答よ。ええと、姉の……」

「ユディルでございます、妹はミリアムと申します」

「ありがとう。ユディルお義姉様、その通りではあるのよ。だけど……」


 そう、これは賭けだ。父にはシャルロッテが寂しく思ったからルシエナ達に暗示をかけたと言えば疑心の上で納得はするだろう。だがシャルロッテの軟禁は逃亡までの期間より強固なものになる。狙いを定める舞踏会の日に出ていけるか如何か。

 そしてもう一つ舞踏会までの間、ガラードはシャルロッテの顔を見た事はないのだからユディルとミリアムが“シャルロッテと同じ顔”の姉妹として顔を売る事は成功するだろう。だが、ガラードの力が分からない今シャルロッテが王子に近付いてガラードの力でシャルロッテを暴かれれば全て失敗に終わる。


「何よりもわたくしは情報が足りないの。情報が無ければ勝てる戦も勝てないものだわ」

「勿論でございます。その為にわたくし達がいます」

「頼もしいわ。でもねその暗示には時間制限があるの、だからお父様はお義母様方に顔を隠さない事を許したのよ」

「……それではシャル、わたくしが貴女の教育係に申し込むとしましょう。お義父様も文句は言わないはずですわ」


 前に出たのはミリアムだ。ミリアムは祖母に作法を叩き込まれたと聞いた。それをシャルロッテに伝える為に教えられたのだから確かに父は文句は言わない筈だ。

 だがそれはミリアムに毎回力を使えても、ルシエナとユディルにはどうしても力を使う事はできない。


「名案ではあるけれど……」

「いいや、シャル。逆にお義父様はその事を利用するかもしれない」

「わたくし達の顔が分からなければ亡命もより易くなりますから。それにクラウス様はわたくしがクラウス様の指示に従う事はないと分かっておりますよ、きっと」

「……わかったわ。今の時間を覚えておいて、その顔も何時間後に戻ったかも明日の早朝にわたくしに教えて頂戴。できるでしょう?」

「勿論でございます、仰せのままに」


 そうしてルシエナ達は一歩下がり頭を下げて挨拶をして部屋から出た。

 恐らく父の説得は上手くいくだろう。ここにきてルシエナとユディル、ミリアムという大きな協力者が出てきたのは都合がいい。


(賭け事に身を落とした人物もわたくしを憎憎しく思うかしら)


 シャルロッテは自身の奇跡の存在と強運に少し笑ってしまった。だが、問題はここからなのだ。ガラードの能力を知らなければ自身の未来はない。




 翌朝、ルシエナ達は約束通りシャルロッテの部屋に来た。ミリアムは昨夜約束した教育係を勝ち取った。これでルシエナとユディルに情報共有が上手くいくだろう。


「お父様が許可したということは、ガラードの力はルシエナ達の本当の顔は分からないという事ね」

「そういう事にございますね、そしてシャル。クラウス様からわたくしはご忠告をいただきました」

「なんと仰られていたの?」

「娘を連れて逃げる事だけを考えるように、と」


 間違ってもガラードに手をかける事はするなという事が或いは、そのままの意味か。

 恐らくどちらもそうなのだろう。自身が父の立場ならどうするだろうかとシャルロッテは考えた。

 父はシャルロッテに嫌われていると思っているか無関心だと思い込んでいる状況だ。その上ルシエナ達をシャルロッテの味方につけるようにした、それは亡命の為。そこまでは分かるが、まるで周りから父自身を孤立させているようだ。

 ルシエナの過去の話から父のやらんとする事を推測すれば――


「……お義母様、お父様は捨鉢になっているのかしら」

「捨鉢と言うよりかは自己犠牲かと。尤もわたくしがクラウス様であればわたくしもそうするでしょう、ですが」

「ええ、わかっているわ。取り敢えず予定通りに情報を集めて、お義母様はガラードの力を。ユディルは外国の情報を。ミリアムはわたくしの教育と、高位貴族の情報を」



 三人は頷き、シャルロッテの言う通り各々するべき事を行った。驚く程ルシエナ達は優秀で、情報は多く集まった。

 その多く集まった情報の中で見えてきた希望は、シャルロッテが十四になった時。

 まずは外国と貴族の情報を照らし合わせる事でガラードの力は魔女の力を防ぐ力だと何となく予想がついた所だ。

 それに対して浮かんできたのは今後の父の動向。恐らく父はシャルロッテ達と同じくしてこの国で重要な舞踏会で騒ぎを起こし、その間にシャルロッテを亡命させる事が目的だ。これはシャルロッテが推測していた事とほぼ合っていた。

 どちらにしても父は成功しても失敗しても首は落とされるのであるから、シャルロッテもルシエナ達も阻止に動く。


 何よりも希望が見えたのはユディルの持ってきた情報だった。

 諸外国で魔女を保護する者が現れたのだと。


「エグリシアを中心に収容所のある国に現れているらしく組織がどこの国を本拠地にしているのか痕跡がない。調査は進んでいないそうだが」

「他国で異端や狂信者と言われる人の類かしら?調べられないとすれば鎖国国家の説が濃厚なのじゃないの」

「エグリシアを中心にしているのに本拠地が真反対に位置する国では些か遠いと思いますわ」


 ミリアムの言葉にユディルは頷き再び口を開いた。


「現実離れな事を言うのであれば、この世界ではない者と私は予測しよう」

「どうしてそう思ったの?」

「その者はどの国の検問所にも通っていない。騎士服のような目立った姿で現れるのだから海を渡ったりしたら少なくとも目撃情報がある筈だ」


 確かに現実離れではあるが、ユディルの言うことは一理あった。別の世界の者で無かったとしても保護している者は能力者には変わりないだろう。同胞意識なくして同情は偽善的すぎる、利益もなしに危険を冒して人を救うのは恐怖に値する。


「……成程ね。いいわ、その者は魔女を保護するのね?ならば父の噂を利用して貴族の耳障りのいい噂を流しましょう。」

「シャル、もしのその組織が他国のような能力者を利用する者であれば……」

「そうならば利用してわたくしがその者を売っぱらってやるわ。わたくしならそれが出来る。何れにしても時間もないのよ」


 そう、本来ならば十四の時には結婚相手を定められ十五で結婚。十六からもって二十歳の間に子を産みお役は御免の筈なのだ。

 その話が未だに聞かないとなると父が粘っているとしか思えない。それが長引けば父の動向を嗅ぎつけガラードは手を打ってくるに違いない。そうすれば父娘共々全ての計画は無駄になるという訳だ。


 ならば少しでも希望を広げるほうが効率がいい。

 そもそもシャルロッテは懸命に情報を集めていても何年も前から計画を練って実行に移そうとしている父にはどうにも敵いそうにない。

 舞踏会はシャルロッテが十六になった年の秋。失敗した時の事を何日もかけて考えている暇はもうないのだ。



 ガラードの魔女の力を防ぐ能力の打開策、魔女を保護する組織の協力を得る事。

 この一年ですべき事はこの二つに定めた。



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