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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
24/39

19

 

『さあ、どうするの』


 ジビレ様は呆けている村人達に痺れを切らしたのか、あまり間をおかずに選択を迫りました。

 幼い頃から神を信仰するのは当たり前の価値観で、周りの国から攻められていないのは聖域のお陰だと信じて止みませんでしたし、実際にそうでした。ですがそれを言い放ったのは紛れもない神の使いの貴族様。

 王都付近では貴族様を批難する声があったやもしれませんが、国境付近の村は貴族様に守られる恩恵が大きい故逆らうつもりは毛頭ありませんでした。

 だからこそ、ジビレ様の発言に困惑を隠せなかったのです。


『いいわ、考えてもみなさい。本当に神が護っているのならわたくしは現状ここにはいないのよ』


 村人達ははっとさせられ、戸惑いながらもジビレ様のお言葉に頷く他ありませんでした。

 それは突き付けられた現実を信仰に基づき無理くりに当てはめて己を納得するよりも、他ならぬ神の使いと言われた貴族様のお言葉に従うのが村人達は考えるよりも楽だったという方が適切だったかもしれません。何より、ルガルニアの民の恐怖に侵された村人達に選択肢はありませんでした。


 わたくしはこの娘二人を育てて数年、夫はジビレ様が来られる数ヶ月前に病で死に絶え村の墓場に埋葬しておりました。

 女一人で娘を養うのにも一苦労で御座いまして、薄情な事に夫の墓参りもろくにしないままで、ひと騒ぎを起こしていたルガルニアの民に対しても余り関心がございませんでした。

 ジビレ様は村人達を並べ、一人一人目を見て言葉をかけて下さるという、何とも教会の神官の様な献身的な事をなされていました。今思えばジビレ様の力でルガルニアの民かどうかを暴いていたのだと思います。

 列を並び、わたくしの番だという時にジビレ様はわたくしを見て目を細められました。


『お前は子が二人いると聞いたわ』

『は、はい』

『夫はどこなの?』

『夫は、病で死にました』


 ジビレ様はわたくしが嘘をついていないと見透かされたのでしょう。娘二人を呼ぶように告げ、何故か他の村人達を追い払ったのです。

 そうしてジビレ様は娘二人を見て、納得したように呟きました。


『眼が赤茶色、成程ね。お前の夫は外から来たのかしら』

『夫は隣村からで御座います!決して外からでは』

『そう、なら隣村はもう蔓延しているのね』

『な……何が……』


 動揺するわたくしに対して、ジビレ様はお優しくもはっきりとは告げずにご忠告だけなされました。


『今夜は子供と共に家に籠る事ね。わたくし一人で全て護りきれるとは限らないから』


 わたくしは少しだけ思い当たることがあったのです。夫は隣村からこの村に来て、わたくしと結婚しました。一緒に過ごす内に夫はこっそりと夜出掛けておるのに気付きました。他の女の所にでも行っているのかと思いましたが、夫の行く道を見れば森。朝には必ず戻って来るので、わたくしは真実を知るのが恐ろしく見て見ぬふりをしていました。

 ですが結婚して四年目の冬の日、暖かい日差しが刺す朝に夫は突然のたうち回りあっという間に死んでしまいました。

 原因不明の死に村の民もわたくしも恐ろしくなり、粗末な墓に埋葬致しました。とても夫に対する仕打ちではございませんでした。その後悔があったのか夫が化けて出てきてわたくしを呪い殺してしまうのではないかと恐怖で墓参りも出来ませんでした。

 わたくしは夫の死因は全く分かりませんでしたが、夫の正体は何となく分かっておりました。生まれた子供が二人もわたくしと夫が持たない瞳の色を持っていたのですから。

 わたくしは、ルガルニアの血を分けられた人と交わってしまったのだと。


 ジビレ様が来られた夜、わたくしはご忠告の通り娘二人と家の中に篭もりました。いつものように静かな夜でした。

 娘達を寝かしつけて灯りを消したその時――


 窓が大きな音を立て、目を向けると月明かりが差し込んでおり、窓から刺さっていたものを見るとそれは肉が腐れ落ち骨が剥き出しになった腕でございました。

 わたくしは悲鳴を上げることもできず、咄嗟に娘達を守らなければと娘達を抱え込もうとしました。ですがそれは叶わず抱えこむ前に壁ごと破壊され一瞬にして娘を掴み上げられました。

 わたくしは情けない事に震えが止まらず、ですが娘だけは助けなければと肉の剥がれた腕を捕らえようとし、顔を向けると破壊された壁から化物の顔がくっきりと見えました。


『……ユ……ディ……ル』


 化物が途切れ途切れに枯れた声で必死に紡いだ音は娘の名前でした。


『やめて……やめてあなた、お願いよ……』


 震えと涙が止まることはなく、わたくしは化物が夫と分かって制止を告げることしか出来ませんでした。

 そんな事で夫は止まってくれるはずもなく、片手で娘を大きく持ち上げそのまま脚に噛み付かれるかと思われたその時、神の声が聞こえました。


『人の心はまだあるかしらっ……!』


 息を切らせた声をあげた方は、ジビレ様でした。夫の喉元にナイフを突き立て一気に引き抜かれました。

 そこから水平に吹き出すのは赤い血で、わたくしは目を逸せずにいました。人伝いで聞いた話は死人であれば勢いよく血は吹き出さないという事。

 でしたら、わたくしの夫は……?と。

 夫は痛覚があるのか溢れ出た血を手で押さえ込もうと娘を離しました。手から離れた娘をわたくしは必死に抱き込み娘二人を隠しました。

 そんな様子を気に止める様子もないのか夫は苦痛に声を張り上げナイフを突き立てたジビレ様の方へ襲いかかろうと致しました。ジビレ様は焦ることはなく顔をあげ、はっきり『止まれ』と告げました。すると夫は金縛りあったかの如くぴたりと指一本動くことはなく止まりました。


『まだあるわね。では質問よ、お前は知らずの間ルガルニアの民の血を口にした?それとも……』


 夫は人の言葉で話す事はありません。わたくしから見ると一方的にジビレ様が話しかけておりました。


『よろしい、では薄い飢餓感で終わる筈。少量の血で事足りるでしょうし死んだ者が生き返る事もないわ、わかるでしょう?』


『わたくしが思うにフィパリスの人間が何かを与えたのね?肯定か否定の感情だけで結構よ、答えて』


 ジビレ様の金色の瞳は月の明かりと相俟って、一層輝いておりました。わたくしには夫の気持ちは知ることはできません、ですが何となく頷いているように思えました。

 今になって考えてみると夫は人の血を少量貰う為、隠れて森で取引をしていたのかと思います。それがジビレ様の仰ったフィパリスの人間だったのでしょう。何の為に、どうしてそんな事を、などわたくしがその時知る由もありません。

 ただわたくしは悲しかったのです、夫がわたくしにそれを打ち明けなかった事が。尤もあんな無惨な死に方をした夫に粗末な仕打ちをしたわたくしが言えた事ではありません。それが当然の結果だったのでしょう。

 ですがジビレ様はそんなわたくしに慈悲をかけて下さいました。


『わたくしはこの男を完全に殺すわ。その前に何か言っておきたいことはあるの?』


 わたくしの方を見て告げられた言葉に泣いて縋りそうになりました。夫に謝りたかったのです。そして――


『愛しております。貴方ほどの人はおりません』


 涙ながらに声を発しましたので、ちゃんと音には出来ませんでした。ですがジビレ様は『よかったわね』と仰られました。それは夫に告げられたのかわたくしに告げられたのか、はたまた何方にも告げたのか分かりませんが伝わっていたのかと思います。

 そしてジビレ様は持ち込んでいた燐寸を擦り夫の元に放り投げ、火を付けました。


『わたくしも、あと少しでお前と同じように死ぬのね』


 ジビレ様の呟いた言葉と共に、パチパチと音を立てて燃え上がっていく橙色をわたくしは夜色に変わる迄見続けていました。


 そんな事があった翌朝、ジビレ様はやることは終わったと村に告げて村人達に聖水を配りました。

 わたくしはどうしてもお礼がしたく、ジビレ様が馬車に乗り込む前に無礼を承知で走って近づき声をかけました。


『ジビレ様、ありがとうございました、本当に感謝をしきれないほど……っ!』


 わたくしは声を掛けた時に恥ずかしながら初めて気が付きました。貴族様の護衛はこんなに少ないものなのかと。

 ジビレ様と護衛である者が二人、いくらお力があるといえどおかしな事ではと。わたくしの狼狽える様子に気付いたのかジビレ様は苦笑をしながら答えて下さいました。


『ああ、そういうこと。わたくしは私事で来たのよ。これが仕事ならここには来ていないし隣村ごと此処も全て焼いているわ』

『ですが……それにしても』

『本当は御者だけで良かったけれど、これはクラウスが……いえ、なんでもないわ』


『監視が無いのはいい事だけど居心地が悪いったら……怪我でもしたらクラウスに言いつけるのかしら、全く』と小さな声で護衛を睨みつけながら愚痴を零されておりましたので、ランゲンブルク家から出ている護衛では無いということを知りました。ジビレ様はわたくしの事をふと思い出されたのか純粋に問い掛けられました。


『そういえば、娘達は殺すの?』

『なっ……何故ですか!?』


 考えてみれば当たり前の事なのかもしれません。この国では力を持つものは教会に引き渡すか、教会に魔女と認定されるのが恐ろしく先にひっそりと殺す者も多くおります。ですから極当たり前の問い掛けをされたのだと思います。

 ですがわたくしはこの娘達を愛しております、夫があんな化物になったというのに未だに愛し続けているのですから、殺す事など出来はしません。


『この娘達は人の血を強請るような行動は一切ありません、それでも殺す事をお望みでしたらわたくしを……』

『貴女を殺してどうしろというのよ。安心なさい娘達は魔王の血が入っていないに等しいわ、多少傷の治りが早い程度でしょう』

『ですが、夫は』

『貴女の夫は恐らくフィパリスの人間に、水で薄めた魔女の血を飲まされたからああなっただけよ。とんでもない他国の実験に付き合わされたわね』


 わたくしはその言葉に絶句しました。そしてジビレ様はわたくしに向けて仰いました。


『……貴女達、王都に来るかしら。此処にいても迫害されて死ぬでしょう?』

『お気遣い戴き感謝致します、ですが申し訳ございません。王都に赴いても働き口も見つかりませんでしょうし、見つけた所で家のお金や娘達を養うお金は……』

『あら偶然だわ!いい働き口を知っているわ……分かっているでしょう?貴女はわたくしに大きな貸しを作っているのよ?』


 ジビレ様はそう言い、不敵に微笑みながらわたくしを見下ろしておりました。



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