16
つまりだ。
他国で悪魔の存在があるならば、必ず対になる“神”の存在があるわけなのだ。寧ろ対比が無ければ善は目立たない、逆もまた然りである。
だからこそ他国でも“神”の存在は浸透しているのではないか?
シャルロッテは歴史を見る中でこう考える。
この国では“プヴェルダント”と呼ばれる宗教がこの国の主の宗教である。洗礼名を受けた身でとんでもなく冒涜的な見方をするのであれば、宗教は人をまとめあげる力がある。
そこに絶対的な力と信仰があればルールを敷ける。
だがその信仰的部分は、と考えた時にこの能力があげられるだろう。
自分に持たざる物を自分の為に使ってくれる人がいれば、それはもう善と捉えるであろう。
悪魔と神は同じものだ、魔女と聖女は同じなのだ。
シャルロッテは何も分からない状況からこの国の仕組みをたった一人で導き出した。
だがプベルドには神の力と対になる悪魔の存在が必ずある筈だ。貴族を聖騎士と聖女とするのならば、母を殺したこの国を支配する者は悪魔となる筈だが。
(そんな殺した情報を撒き散らしたりしないわよね、当たり前か)
なら周りに言い張るのは“病死”か“事故死”。けれどこんな事を広めれば、神に加護されている者が病死などと神に見捨てられたか悪魔に呪われたかの醜聞だ。そんな事をこの国の仕組みが許さないと思うが。
(――いや違う、逆だわ。そもそもがランゲンブルク家が悪魔の類で称されるならばそれを殺す者は正義になる)
母が殺されたならランゲンブルクの血統者は母だったという訳だ。そうすると新たな疑問が出てくる。
シャルロッテは何故殺されなかったのか、恨みを買われるのに何故一族郎党殺さなかったのか、母は何故シャルロッテが三歳の時に殺されたのか。
これはあくまで仮説だが、母がシャルロッテが三歳の時までに殺されなかったのはこの能力を絶やしたくなかったのではないだろうか。かといって増やされても困る、なので第一子が産まれるまでの期間を何らかの理由をつけて殺さないようにしているのではないか。
三歳までシャルロッテが生かされたのは、能力をちゃんと引き継いでいるのかの確認期間。それを歴史上ランゲンブルク家は今の今まで絶やさずにしてきたのであれば、抗い難い世間の“絶対的な盲信”それしか無い。
ルガルニアの本で、ルガルニアの他国への侵攻を防ぐのを願うのであれば魔王ヴァルテルに穢れのない人間を捧げると書かれていた。これと同じ原理を利用したのではないか、人々が信仰する“プヴェルダント”を利用してランゲンブルクは神に捧げる生贄にならなければならないなどと適当な理由をつければ不審に思う事は確実に減るだろう。
勿論それは生まれた時から教育され、文化として長く根強く前提としてある価値観であればの話である。
何れにしても仮説であるので、シャルロッテはまずランゲンブルクの歴史を知らなければならない。
父はシャルロッテが自分の意思で行動できるようになってからこの国から逃がすようにするだろう。つまりシャルロッテには時間が無い。
少なく見積って十四、多く見積もって十六。
だが若い娘を一人で放り出す事はないと考えて、次に父はシャルロッテに何かを与える。
少ない時間でそれを利用し、父にもばれずにこの国の頂点に刃を突きつけることがシャルロッテの勝利条件だった。
これは愛した親子同士の化かし合いだ。
(お父様はどうして人間には目を合わせないようにさせるのに、モノには何もしないのかしら?)
シャルロッテが十歳になる頃、ある事に気がついた。
その日は本も読み切ってしまって自分が何も出来ない歯がゆさに我慢がならなくなったが、惰眠を貪るにも眠りに落ちるまでに至らず、いたたまれなくなりランプをぼうと眺めていた。
その時だった。
―――眠れないの?シャル。
―――子守唄を歌おうにも僕には口がないから出来ないや
「うふふ、可笑しい。遂にわたくし人と会話する事が殆ど無くて妄想までしてしまったんですの?ふふ、ふふふ…」
「……はぁ…」
外の風の音や鳥の声しか聴こえない部屋で話すランプなんておかしな事だ。シャルロッテのため息が部屋に響いた。
「子守唄なんて馴染みが無いものより貴方が鳥になって鳴いてくれた方が心は癒されますわ」
いつの間にかシャルロッテはランプを眺めていたのではなく、じいっと見つめていた。ふと出た言葉はランプに吸い込まれるように消えていったような気がした。
するとその時、ランプが放っていた暖かい光よりも眩いと言って良いほどの光がランプ程の大きさに膨らんだかと思うとすぐにその光は消えた。
暗闇に戻った部屋の中、シャルロッテは驚くべき光景を目にする。
―――シャル!僕、鳥になれたよ!
響いてきた声は先程聴こえた声よりもさらに鮮明にはっきりと聞こえた。大層驚き動くことの無いシャルロッテを不思議に思ったのか鳥はシャルロッテを見ながら首を傾げる。
対してシャルロッテはその様子に気付くことはなく、打ち震えていた。
「お、お待ちなさいな。わたくし、わたくしの能力は人の心が分かるという事ではないの!?」
シャルロッテは自身の力を教えてくれる存在はいなかった。だからこそ目を合わせると細かくは分からないが、自然と人の感情が分かる力だと思っていた。
確かに考えてみれば多少厄介であるが、その程度の力ならば理由をつけて母を殺す意味は無い。リスクの方が高すぎるからだ。
だが、目を合わせると自身の思うようにさせる力ならばどうだろうか。自分がこの力を持たぬ王ならば、利用したいと考えるし恐ろしいとも感じるだろう。
「…そうだわ。だからこそ主宗教を国の基盤にして何世代にも渡り洗脳し、魔女を味方につけ、ランゲンブルクを悪と仕立て上げたんだわ」
そう考えれば王が一番怪しいとは思うが、王は本当に主犯なのだろうか。確かプベルド王は数千年血を継いできた真の聖王とされているが、特別な力で何かを成し遂げたような気がしないのだ。
歴史書には大袈裟に不思議な力で人々を救った王と所々書かれているが、その力に統一性は感じられない。本当にそうなのかは知らないが外の情報がシャルロッテには分からないのでこれ以上何も知り得る事は出来ない。
「そういえばどうして、ランプは鳥になったのかしら。だってランプはモノよ?」
鳥を見つめて呟いたシャルロッテに鳥は不思議そうに見つめ返した。
―――変なシャル。動物や植物に心があるなら、モノにだって心はあるよ?
「そ、そうなのかしら。でもわたくし人の心はここまで細かく分からないわよ?嬉しいとか怒ってるとかしか…これは幻聴ではなくて?」
―――あはは!おかしい。人間は色んな事ができるから考える事がいっぱいで分からない事が多いんじゃない?モノは出来ることが少ないからね!
鳥はチュンチュンと可笑しそうに声をあげて鳴いていた。
その様子に先程まで唖然としていたシャルロッテも、数年ぶりにまともに話をする相手が現れて少し楽しくなった。
初めて他愛もない会話をして、数時間経つと突然また眩い光を放ち、ランプに戻った。
じっと見つめると先程と同じように声が聴こえる。一定時間が経つと元に戻ってしまうのだろうか。
シャルロッテは新たに分かった自身の能力に利用出来ると思ったが、怖くもあった。
(これは確かに、この世に一人だけにしておきたいわね…)
シャルロッテは他人事のようにそう思った。
そしてふと、父の事を思い出す。
(お父様はどうして人間には目を合わせないようにさせるのに、モノには何もしないのかしら?……まさか)
恐らく、父は知らないのだ。自分のようにモノに感情があるという事を。そうなると母も知らなかった可能性が高い。母がモノに対して力を使っていたのなら父は知っているだろうし、それこそシャルロッテに力を分からせない為使用人を頻繁に出入りさせたかもしれない。
静寂に包まれた部屋だからこそ気付けた事だ。
(これは好機だわ)
シャルロッテは本棚に向かうとプベルドの歴史書の一冊を取り出す。そして両手で本を睨みつけ、意味もないのに揺さぶった。
「ねえ、貴方は見た所古い本だと思うのだけれど、新品の本を買い与えられた気がしないわ!何処から来たのかしら、答えて!」
シャルロッテは必死だった。少しばかり検討がついていたので、これが成功するならば何処か幻想の様な母の存在をはっきりと出来ると思ったからだった。
記憶の薄い母、情がない訳では無い。父を思うと込み上げてくる。
(お父様の為に…!お願いよ、わたくしの都合の良い妄想じゃないでしょう?)
―――私は、ジビレ・エナ・ランゲンブルクが所持していた蔵書です。




