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ルイスの話を聞いていたアリオットは少しの違和感を感じた。貴族の噂話と少し違っていたからだ。
その事をルイスに話すと、ルイスは平民の貴族の悪口をいう本が殆どであるから平民から貴族になった女は悪くは書かないだろうと。ただ、贅を尽くして遊んでいるのであれば庶民は容赦はなく書くのであながちよく書かれている部分は間違っていないのだろうと推測していると述べた。
「どちらにしても、貴族の内情は我々庶民にはあくまで推測の域を出ません。その貴族も平民あがりの貴族を悪く言いたいという事もありますから……真実は飛び込まなければ分からないものですね」
「成程な。どちらにしても真実を確かめなければならないというわけだ」
アリオットは密かにどうしたものかとため息をついた。
元々の目的はその令嬢が能力者である事を調べる筈だったのだ。だが、ルイスの話を聞きプベルドの内情に蓋を開ければ能力者がいることはその国のシステムである事を知り、本当に保護をするべきなのか分からなくなった。
あくまで能力者の絵本にされる事を避けるために今までも動いてきたが、こうなると話は別だ。
「……とりあえずそこの令嬢が能力者である事は分かったし、一旦帰って出直すか」
「いいや」
アリオットの言葉にリドヴィッグが強い言葉で返した。
「まだ、駄目だよ。肝心な事が分かってない」
「何がだ?」
「アリスの目的も達成してないのに帰れないでしょ」
どういう事だ、アリオットはリドヴィッグの言わんとしていることが全く理解できない。
(姉の目的?……御陽の父親を見つける事か?)
だからといってここで令嬢に繋がることは全くないだろう。
アリオットの戸惑う姿にリドヴィッグは立ち上がりはっきりと告げた。
「何のために此処にこの子を連れてきたと思ってるの。わざわざこんな面倒なこと俺はしない」
「は、つまり……」
「舞踏会には行くよ。こんなに時間が出来たのなら嗅ぎつけている。狙い目は確実に舞踏会って分かっているはず、ならその時間まで令嬢のいる所にでも行けばいいんじゃない?」
「おまえ、分かってて」
「いいでしょ、アリオットは知識欲に溢れているんだし。そこのおじさんと一緒」
リドヴィッグに指をさされた一瞬驚き、ルイスはにこりと微笑んだ。
アリオットは頬を引き攣らせ「お前の方が爺さんだけどな…」と苦笑いするしか無かった。
つまり自分は、姉とリドヴィッグにいいように使われた訳だ。くだらない事実にちょっと腹が立ってしまった。
最初から能力者の令嬢なんかどうでもよかったのか。姉は元々アリオット一人で行かせるつもりだったのだからそうではなかったのかもしれないが。途中からリドヴィッグと御陽が行く事になったので、そこで気が付けば良かった。
リドヴィッグのやらんとしていることは何となく察している。御陽を連れてきたのは御陽の関係者を誘き寄せるためだと言外に告げられたのだし。
「だからと言って舞踏会に出る意味はわからねぇ。この街を彷徨いていたら会うんじゃないのか?」
アリオットが引っかかっているのはここだ。
このプベルドという国を巻き込んで、騒ぎを起こすメリットは感じられない。
「出会うかもしれないけれど、俺が知る限り誘き寄せれそうな奴らは三人。あと変なものを作ってなかったらの話だけど」
「どういう事だ?」
「その中でプベルドに侵入出来そうなのは、まぁ一人」
全く理解ができない。鎖国国家で無ければ、入国するのは容易だろうと。それとこれとなんの関係があるのかと。
リドヴィッグはアリオットの動揺に察したかのようにルイスに問いかける。
「おじさん、俺たちがルガルニア出身だって聞いたね?どうしてそう思ったの?」
急に話を振られたルイスは驚きながら答えた。
「え、えぇ。この国に入国できる能力者の方はルガルニア出身の方ぐらいかと」
「どうして?」
「隣国でありますし、他の外からの能力者は絵本にされてしまっている方が殆どです……とは思うのですが本当にそうなのでしょうか?」
ルイスは答えながら改めて頭に浮かんだ疑問を消化しきれていないようだった。
アリオットも、そうだ。
そもそも最初に話したようにプベルドは能力者にとって住みやすい環境ではない。だが、住みにくい環境でも無いはずだ。貴族を能力者で固めておいて庶民に能力者がいれば貴族に引き取らせるか監禁又は殺害する。
それは住民にとってはの話で、例えばルイスのようなの外からの人間には関係の無い、隠して住み着こうと思えば簡単に住めるのだ。
だけれど隠れた能力者の話なんぞルイスが知らなければ、誰も知らないのでは無いか。外からの人間は嫌でも目立つので能力者であればルイスはすぐに気がつくだろう。
「二千年以上この国に変化をもたらさないのは賞賛に値するね。今の王は誰?」
「――フリードリヒ・フォン・ヴェッテルニヒ・プベルド陛下です」
「成程、血は絶やしてないけど多分そいつじゃないね…例えば王族の次に高い地位でいるのは誰かな?」
ルイスは暫く考え込んだ。恐らくこの国の貴族を精査しているのだろう。彼なりに此方に分かりやすく告げようとしているのだと思う。
そして思い当たったのであろうか、ハッと頭をあげた。
「ヴァルシェンベルク公、彼は北西の国出身でありながらプベルドの王に忠誠を誓い王族に次いだ爵位を持つ貴族です」
「名前は?」
「……ガラード、だったかと」
「間違いない、そいつだ」
リドヴィッグは予想していたのか淡々と話し出した。
「おじさんは不思議に思ったんじゃないかな?アリスに聞いたけれど他の諸国が魔女で作った物を活かして発展しているにも関わらず、この国が昔から何も変わらない事に」
「えぇ、それは勿論。ですがそれは王侯貴族が庶民を抑えている為だと思っていたのですが」
「それは間違いではないよ。けど、それはどうやって?外からプベルドに攻撃されたら民衆に反感を買うよね?この状況を甘んじく受け入れて生活している理由は?」
――そうか、分かった。
つまり、そのガラードという能力者がこの国を守れるような、そんなとてつもない能力を持っているという事か。
詳しい能力は知らないがリドヴィッグの言いたい事はそういうことだろう。
絵本で作られた、例えばマガヒノラの時の拳銃やフィパリスの時のような科学獣、そのような類いを創り出す外国に攻められれば自ずと発展していくはずだ。
悲しい事にこの世を発展させるのは大きな戦争なのだ。けれど、これはとても非情な見方だが戦争は損だ。勝っても負けても膨大な金を犠牲にする。
だからこそ、無害である事を対外的に主張しつつ発展の遅れをカバー出来るような体制でいるのであろう。
「ある意味理想的な国ではあるのか」
「冗談でしょ」
アリオットの呟きを聞いたリドヴィッグは鼻で笑った。
「ガラードが死んだら奪い尽くされて滅亡の道を辿る国は理想的とは言えないね。現にルガルニアの不法移民も防げていないようだし」
「……ガラードっていう奴はそんなに凄いのか?」
「俺は聞いた事ある程度だけど、北西の国には守護の聖騎士がいて悪しき者は聖騎士が定めた聖域には一歩も踏み込ませないんだってね」
悪しき者とは詰まる所、能力者の事だろう。リドヴィッグの予想からして能力者と能力者で創られた物は防げるという事か。
だが一つ疑問に思うことがある。それはルイスも同じだったのか、先に声をあげた。
「でしたら、何故ルガルニアの方は侵入できるのでしょうか?それに、貴方方も」
「まず一つ。これは予想だけど俺達は国境を跨いで無いから、ガラードの聖域に入れたんじゃないかな。だからこそ誘き寄せれる奴の一人も入れるかなと思った」
そうだ、個人的にアリオットがプベルドに来た時もプベルドの中の鏡から来たわけなのだから国境を跨がずに侵入出来たのだ。
「そして二つ、ルガルニアの民は血で繁殖してるが故にヴァルテルから遠い血を持つ奴ら程、能力も飢餓感も薄い……人間と変わらないんだよ」
「つまり、悪しき者とされないから普通に国境を超えて侵入できるのか」
「そういう事だね、勝手に不法入国された上に特異な人間を中から繁殖されてるんだから、今の状況王家もガラードも腹が立って仕様がないんじゃない?」
リドヴィッグは淡々と語った。
ルイスは驚き、今まで知り得なかった状況を研究者として恥じているようだったが、アリオットからすると外国から来たのにも関わらずこの国の貴族の状況を知っている事でも凄いと思っている。なによりこれはリドヴィッグが二千年前に生きていたからこそ知り得れる情報で、尚且つ能力者であるが故に照らし合わせて導いた事だ。
なのでアリオットは何となく察していた。
この場でにたにたと笑うリドヴィッグが長い過程で前置きを話し終えたのだ。
――とんでもない事を言い出すのではないかと
「でもさぁ。あのイカれた男が利用してきてるの、癪に触らない?」
リドヴィッグは大人しく座り頁も捲らずに本に視線を落としている御陽の頬に手を当てた。その姿はまるで呼吸を確認しているようにも見える。
そうして口角をあげ、高らかに言い放った。
「舞踏会なんてやってる場合じゃないでしょってね。プベルドに恩を売ってやる」




