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「あの、それだと私たちを能力者と分かった理由がいまいち分からないのですが」
御陽が囁かに声を挟んだ。
アリオットもそれは疑問に思った。アリオットの眼も髪もどこにでも見るような色なのだ。確かに翠色の瞳は青色系統の瞳よりも少しだけ数が少ないのかもしれないが、それではあまりにも能力者でない者が多すぎる。
ルイスはその疑問を分かっていたように頷き返す。
「勿論、現代において黒髪黒目の貴女も珍しくはなくなった。なので私が確信したのはとても綺麗な顔の貴方です」
ルイスは真っ直ぐにリドヴィッグの方を見た。
リドヴィッグは少しだけ驚き、にやにやと笑った。
「そんなに珍しかったの?この色。もしかして歩いてる時に他の人に気付かれちゃってたかな?」
リドヴィッグは、ローズピンク色の瞳だ。銀色の髪もなかなか見ない、珍しい色をしていた。
誰もが振り返るような美形だからと街ゆく人の目線を気にしていなかったが、もしかするとこの国の常識が変わった瞳の色が貴族という常識だったのならば、視線を感じるのは当たり前だったのかもしれない。
「貴族だと思われていた可能性はあると思いますが、能力者だとは気付いてはいないでしょうね」
ルイスはリドヴィッグのからかいまがいの言葉も淡々と受け答えた。リドヴィッグはつまらなさそうにルイスから目を外す。
まったくもって愉快な奴だとアリオットは呆れながらその様子を見ていた。
そしてふと、ルイスの先程の話である事が過ぎった。能力者がこの国の高位貴族であるならば、今回の侯爵家の御令嬢は何故監禁されているのかと。
「貴族に間違えられた理由はよく分かった……教えてくれたついでだが、この国のある貴族について知りたい。話を聞いていて貴方なら分かるはずだと確信した」
アリオットが話を持ちかけた事にルイスは人の良い笑みを浮かべながらしばらく黙り込んだ。
そうして静かに交渉を持ちかけた。
「……恐らく分かるとは思いますが、私もタダでリスクを負う情報を差し出すのは抵抗がありますので、貴方様方の事を教えていただきたい。どうでしょうか?」
「知った所で貴方の得にはなるとは思わないが、いいのか?」
勿論、この国で過ごしている以上軽々しくどこの身と知れない奴らに情報を渡すなんてアリオットも思っていなかったが、あまりにも軽い条件に驚いてしまった。
そうするとルイスはアリオットの反応を見て笑って付け足した。
「おや、羽振りがよいのですね。では私に対して貴方様方の絶対的な庇護をついでにつけて頂くことをお願い致しましょう」
「はは……それは、また」
急に跳ね上がった難条件にアリオットは苦笑いを浮かべた。
***
紙の匂いがする静かな所と一変し、本屋の奥、アリオット達はルイスの住む部屋にいた。
珈琲の匂いが漂い、リドヴィッグは不思議そうにその飲み物を見ていた。
「ルイスさんは子どもがいらっしゃるんですか?」
御陽が周りを見渡して問いかけた。
ルイスは御陽の目線にあるものを見て、ふと微笑み手に取る。
「えぇ、娘が一人。まだ幼いのでお恥ずかしながら、私が本を書いてプレゼントしているのです」
ルイスの手に取った本の表紙には可愛らしい一人の少女が描かれていた。
御陽がひょっこりとルイスの本を覗き、目を輝かせている。
「すごく素敵ですね!」
「この国に住む装丁師の友が装丁してくれたので、個人が書くには勿体ない程の本になってしまいましたけれども」
「読ませてもらってもいいですか?」
「構いませんよ、不出来で申し訳ないですが」
「読まなければ不出来かどうか分かりませんよ!」と御陽はにこにことし、元気な声を上げてリドヴィッグの横にすとんと座って読み始めた。
自由な奴だなとため息が出てしまった。
「娘さんは?」
「教会の学校に行っていますよ、幼いとはいえ8歳になりますから……妻は早くに逝きました」
「そうか……」
アリオットは普通の家庭が分からないが、親が早く亡くなる気持ちは分かる。
何となくしんみりしてしまったのが伝わったのか、ルイスはアリオットに早速本題の話をしてもいいか問いかけた。
ルイスの言葉で気付かされる。何だか落ち着いてしまっていたが、時間は刻々と迫っているのだ。幾ら鏡で移動時間を削いでいてもなんの情報も得られなければ来た意味が無い。
是非そうしてくれとルイスに声をかけ、椅子に腰掛けた。
「まずは貴方様方は外から来たと仰られていましたが、やはりその……ルガルニアから来たのでしょうか?」
「いや、そこじゃないな。というよりは俺たちは皆故郷はばらばらだ」
「それは、凄いですね。まさか他国で騒がれている能力者を保護する組織、とか」
その言葉にアリオットは曖昧に微笑んだ。
ルイスはその表情で察した。だが一変、少し冷や汗をかいている。
アリオットはルイスが焦る理由が分からず眉間に皺を寄せた。
「何故、貴方が焦る必要があるんだ?」
「……いえ、その様子だと知らないのだと確信しました」
ほっと息を吐き出したルイスにアリオットはますます分からなくなる。
「貴方方の組織はルガルニアのテロ行為だと噂されていました。ですがあくまで噂の範囲だったのですが……」
「だったが?」
「最近、ルガルニアの王が『我々の反逆だ』と声明をあげたのです」
アリオットは目を丸くした。驚きのあまり声を出してしまいそうだった。
ルガルニアは能力者で作り上げた国家だ。
というのは表向きの話である。確かに能力者だらけの国なのは間違いがないがそれは一人の能力者が作り上げたのだ。
ルガルニアの王、ヴァルテル・ツェペシュは不老不死の能力だけでなくおおよそ人間では出せぬ身体能力があった。
真っ黒な髪に赤い瞳で二十代前半の若さを保ち二千年以上も君臨している。
周囲の人間の言葉を借りるのならば“魔王”――そう称されてもおかしくないくらいに同じ能力者としてもおぞましい存在だ。
何故そこまでの存在が国王として確立されているのか、それはヴァルテルの能力の恐ろしさはここからだ。
能力の代償とでも言うのだろうか、ヴァルテルは言葉に表せないほどの飢餓感が襲う日がある。
それは普通の食事では満たされず、何を飲んでも食べても身が焼けるような苦しみが襲ったという。
それを満たしたのは人間の血だったのだ。
夢中になって貪り、苦しみから救った開放感と満たされた快感に人間達を夜な夜な食い殺した。
アリオットからすれば嫌悪感しか出ない行動だが、その行為を崇拝した“イカれた人間達”がいた。
能力者でもなんでもない普通の人間達はそれぞれイカれていた。
一人は人のもがき苦しむ姿を好んでいた、一人は不老の為に処女の血を浴び続けていた、一人は血の味を知り貪り続けていた、一人は集めた少年達の血を絞り出し血の風呂に浸かっていた。
そんな人間達をヴァルテルは気に入り、自身の血を分け与えた。
するとどうだろうか。その普通の人間達はヴァルテルの能力が発現したのだ。
そうしてヴァルテルの能力を継いだ人間達もまたヴァルテルに習い人間に血を与え、同族を増やしていった。
そうして人間を奴隷として扱い、ヴァルテルを王――真祖として崇拝する“ルガルニア”という国ができた。
「あの趣味の悪い男、まだ生きてたんだ」
リドヴィッグがぼそりと呟いた。
その言葉にルイスは驚いた顔をしている。そうか、そういえばリドヴィッグは二千年以上生き続けている。それに彼は王子だったのだ。関わりがないわけがない。
「リド、知ってるのか?」
「え、うん。俺より歳上かどうかって聞かれるとどうだろう?俺の方が若いかも、いや若い」
「聞いてねぇよ、それよりも何故ルガルニアの王がそんな事を言ったのか分かるか?」
リドヴィッグは「知らないよ」と不貞腐れた。
年寄りの癖に子どもぶりやがってとアリオットは口端をひくつかせた。
「ヴァルテルは魔女を毛嫌いしてるからね、不味そうだって。だから魔女を保護する組織を自分の手柄にしようなんて見当もつかないね」
リドヴィッグは吐き捨てるように言ったがふと自分の言葉を辿って思い当たるようにして、夢中で本を読んでいる御陽に視線をやるとアリオットに声をかけた。
「俺が眠っていた時に、ヴァルテルに会っていたらどうだろう」
「どういう意味だ?」
「もしかすると、ヴァルテルもあの男を探しているのかも知れない」




