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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
12/39

7

 


 アリスは部屋を出たあとひとりでに城をぐるぐると回っていた。


 何時間うろついているのだろうか。しばらくずっとこうしており馬鹿らしくもなっていた。

 かと言ってじっともしていられないし、止まれば考え込んでしまう。なにより、リドヴィッグの言葉が頭にこびりついて離れない。

 今はただただ、嫉妬に狂った女になっていた。


 そうして歩き回っていたから、駄目だったのだろう。今一番出会いたくない人物に声をかけられた。



「アリスさん?どうかされましたか?」

「……あらミヨちゃん、体調は大丈夫なの?」

「はい、お恥ずかしながら、取り乱した後ちょっと眠ったらだいぶすっきりして。ご心配をおかけしてすみません」


 眉をさげながら申し訳なさそうに僅かに笑う表情は、あの人はしなかった。

 御陽の母親という人物によく似ているが、よくよく顔を見ていると僅かにあの人に似ていた。

 憎い、けれどもそう思うと顔が緩んだ。創られたのであれば、子供ではない。あの人の創造の産物なのであれば愛しくも感じた。


「いいのよ、ゆっくり休んで頂戴ね」

「ありがとうございます。あの、アリスさんも、顔色が悪いようなので無理をせずお休みくださいね……?」

「ふふ、ええ。そうするわ」


 思わず零れた笑みに、ほっとしたような表情を浮かべて「おやすみなさい」と言って去る御陽に微笑ましい気持ちになった。

 嫉妬していた感情が少し和らぎ、今一番会いたくないと思っていたが今一番会わなければならなかった人物だったと考え直した。


 それにしても、御陽という人物はあまりにも


「人間味に溢れている」


「でしょ」と言った声のする方へ振り返るとさっきまで自分に嫌な言葉を言い放った人物が立っていた。こいつは本当に昔から気に入らないし腹が立つ。美しい顔をにやつかせながらこちらを見ていた。


「ねぇ、御陽の夢って入った事ある?」


 突然に問いかけられた内容に少し戸惑った。入ったことは無い、入ろうにも夢を見ていなかったからだ。ここ最近は疲れることも多いだろうから夢を見ることも無いのだろうと思っていたが。


「その様子じゃ入ってないんだ。……ねぇ次の能力者を助けるのってアリオットを行かせるの?どんな能力者?」

「なに、なんなのよ……」


 話をころころと切り替えられ、顔が引きつった。

 だがまぁ、これはリドヴィッグにも聞かせておくべきだろうとアリスは口を開いた。


「明日、アリオットに行かせるけれどまた何かご指名があるのかしら?」

「いや?二千年も寝てたのに最近の情報は詳しくないよ。気になるなって聞いただけだけど」

「……そうね、貴方の故郷の隣国で変な噂があるのよね。貴族のご令嬢を閉じ込めているとかなんとか」


 ふうん、とリドヴィッグは考える素振りをする。


「あのさ、隣国ってプベルドだよね?昔と結構変わったりしてる?」


「貴方の言う“昔”がどの辺りになるのかは知らないけれど、マガヒノラが自動車という機械で走っている中、プベルドは馬車で走っている位って言ったら分かるかしら」

「自動車?」

「……じじいめ」


 アリスがそう愚痴を零すと、リドヴィッグはギロリと睨みつけてきた。リドヴィッグは分からないのも仕方がない、二千年も外の世界を知らない。ましてや二千年の間人と話す事なんてアリス以外には無かった。

 そしてそのアリスもリドヴィッグに苦手意識を持っているので新しい情報なんて与えるはずもない訳だが。


「貴方の生きてた時のフィパリスとそんな変わらないんじゃない?王政の貴族制、能力者の事も未だに未知の魔女だと恐れている始末だし。アリオットには明日の夜開催される舞踏会に潜ませるつもりよ」


「へぇ!いいねそれ、俺も行かせてよ」

「はぁ?」


 リドヴィッグの突拍子もない提案にアリスは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。何を言っているのだと呆れ返ると同時に違和感を持つ。


「貴方そんなキャラだったかしら?いかにも陰湿で外に出たくないってタイプじゃなかった?」

「思慮深いって言って欲しいね。まぁそうなんだけどさ、御陽も連れて行くよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どうして行くことは決まっているのかしら?それにミヨちゃんも」


 アリスが声をあげるとリドヴィッグの目付きが変わる。

 これだ。アリスは苦手なのだ、全てを見透かされるようで嫌いだった。



「母親が消えて、陽乃が来た。そして御陽の姿を認知した、アイツらは御陽を探してる」



「誘き寄せるんだよ」





 ***







「まだ寝てなかったんだ」


 ノックはしたが、返事も待たずにドアを開けたリドヴィッグを御陽は咎めもしなかった。


 窓から空を見上げ、月明かりが黒い髪を照らしていた。光が吸い込まれるような神秘的な黒い色はリドヴィッグは昔から美しいと感じていた。

 御陽はすっとリドヴィッグに視線を移し、薄く微笑んだ。


「少し寝てしまいましたから、眠くならなくて」


 そんな憂いを帯びた表情も、ひどく驚いた表情も、悲しむような表情も、微笑む表情も、どれも昔はしなかった。


(昔の君に会いたい――けれど、今の伸び伸びと感情を表現できる君もとても素敵だ)


 リドヴィッグはそっとベッドに腰掛けている御陽に近づいた。少し屈んで頬に触れる。頬は柔らかく、瞳は揺れ少し潤んでいて、どこからどうみたって“人間”だった。


「冷たいね」


 指に触れた頬は冷たく、まるで、あの白い砂を触っているかのようだ。

 いつか、あのようになるのだろう。いつ、あの姿になるのだろう。


「御陽、俺はね。酷いんだよ……君以外はどうでもいいと思うのに君の願いを叶えようとしているんだよ」


「私の……願い?」


 頬に触れていた手が震えだし、声も震え泣きそうになっていた。

 それに気付いたのか、御陽はリドヴィッグの手を両手で包み込む。


「私の手、冷たいから余計に寒くなっちゃいますか?」


 囁くように問われ、静かに首を振る。


「私は、きっと酷いお願いをしたんですね」

「……どうしてそう思うの?」


 リドヴィッグを包んでいた手に力が籠った。

 そういえば、御陽は城で会った時よりか落ち着いているように見える。


「大事な人をそんな泣きそうな顔をさせるお願いをどうして私はしたんでしょう?」

「叶えたくないのなら、いいんだよ。どうか思い出さないで、このままずっと――君に会えただけでも俺は」


 混乱させたくない、なんてリドヴィッグの嘘だ。思い出しても欲しいし、思い出して欲しくない。御陽の為なら他の人間なんてどうでも良かった。御陽とリドヴィッグはお互い死ぬ事が出来ないのだから。

 けれど、御陽の願い以外にリドヴィッグはこれからを生きる目的が分からない。だから叶えようとする。それは、今でも。


「明日は一緒に舞踏会にいこうね、ドレスもアリスに頼んでおいたから」

「え?」

「お出かけだよ、だからしっかり眠ってね」


 リドヴィッグは立ち上がった。「そうなんですか!?」と大きく驚いた御陽は布団を被った。

 いつまでもここで甘えている訳にもいかないと扉に向かう。


「おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 パタン、と扉が閉じたあと御陽は被っていた布団を剥いで起き上がる。


 自分自身、なにか変なのは気がついていた。リドヴィッグと会ってから自身の表情が硬くなったような、そんな気がした。

 自国で暮らしていた時はもっと笑っていたし、泣いていた、怒っていた気がする。


 でもそれは――誰と一緒にいたからだったのだろうか

 だけどそれよりも、もっともっと大事な事を思い出せない。




 その夜、誰よりも人間らしい創りものの人間は心の痛みを感じて、苦しんでいた。




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