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アンインストメルヘン  作者: なせり
第一章
11/39

6

 


「何年前になるのかわからない」


 アリオットはそう言うと、目を閉じる。

 何年前になるのかは分からないが今でも鮮明にあの時の光景が目に焼き付いて離れなかった。




 アリオットが十歳の時だったか、三つ違いの姉、アマリリスと暮らしていた時だ。

 両親は自分が五歳の時に死んだ。病気で死んだのか、事故で死んだのかは知らない。大した思い出も、優しくされた記憶もなかったからだった。

 親戚に引き取られ迷惑そうな顔をされながらも幸せに暮らしていたと思う。あの時は能力者を取り締まる法もなく、そもそも能力者という存在すら曖昧だった。


 不思議な力がある者は皆、魔女と呼ばれていた。忌み嫌われているのは今と同じか。

 それでも俺たち姉弟は能力を使わなければどうとも、ましてや姉の能力なんぞ使っていることすら分からないわけで、比較的穏やかに暮らしていた。


 姉のアマリリス、アリスは昔から幼さを感じさせなかった。だが時折無邪気で好奇心旺盛。気まぐれで妖艶で猫みたいな女。

 アリオットは本を読むことが好きだったので、部屋で大人しくしていたが、姉は正反対で暇さえあれば姉に手を引かれ外に引っ張りだされていた。


 なんだかんだとそんな姉がアリオットは大好きだった。姉もまたアリオットの事が好きだったのだと思う。

 愛情をかけられて育てられたと問われれば、はいと答えるだろう。それは両親でもなく姉なのだが。


 そんな日々もたったひとつの法で壊れる。

 能力者を取り締まる法だ。


 当時はそんなハッキリした法ではなく、魔女狩り、と言ったか能力者でも無い人も片っ端から殺していくような有様だった。

 今だから分かったことだが、もちろん能力者は最初に差し出されるが能力者が尽きた後は身内を無理やり魔女だと吐かせ、殺していたのだと。

 何故そんなことをしていたのか、分かりきった事だった。お金を必要としていたからだ。殺されない為に大金を渡すと釈放をされていた事実がある。

 体良く“魔女”という存在が認知されており人々から恐れられていた者を処罰するという“大義名分”を得られ、大金を得られる。こんな美味しい話はないだろう。


 そんなことも露知らないアリオットはいつ自分の番が来るのだろうかと震えていた。

 能力者じゃあろうがなかろうが疎ましい存在であれば差し出されるのに、馬鹿正直に自分が能力者だということを隠して生活していた。


 だが、分かっていたことながら親戚はアリスとアリオットを差し出した。親戚はアリオット達が能力者だということは知らない。ただ血の繋がりの薄い彼らを匿うほどお人好しではなかったということだ。

 今のアリオットは親戚を酷いとは思わなかった。所詮はそんなものだ、ましてや彼らにも生活がある。大金を払ってまで助けるような存在ではない、ただでさえ穀潰しをしていたのだからむしろ今までお金をかけてくれてありがとうだ。

 だが当時のアリオットは幼い、そんなことを思えなかった。能力者と知らないのにどうして殺させるような真似をするんだと、なんて酷い人間なのだと思った。



 姉と連れていかれた先は鉄格子が並び、薄暗く地面もひび割れていて歩きづらい。また、処々から何かが腐ったような臭いが漂い吐き気がした。これから起こることがなんとなく分かったような気がして思わず姉の手をぎゅっと握った。



「入れ」と背中を強く押され、倒れ込むように鉄格子の中に入った。中には入る前に恐怖から逃げだした人がいたが、問答無用で槍で貫かれ殺されていた。

 叫びだしそうな声を出さないように必死に自分の手で口を抑えた。


「順番に、何が出来るのかやってみろ」


 と槍を持ち鎧で身をまとう男が言った。槍を構えて、やらなければ直ぐに殺すぞと言うような素振りを見せる。

 指名された男はぶんぶんと首を振って恐怖で声を引き攣らせた。


「私はなにもできません!本当です!だから家に帰してください!魔女なんかじゃ、ありません!」


 震える声で必死に訴えた男は次の瞬間、大きな声をあげた。

 槍で貫かれていたからだ。


 地獄だった。


 何をしても殺されるということをハッキリ理解してしまったからだ。能力者だから殺される、ではなかった。幼い自分は能力者だということを隠せば助かるとそんな浅はかな考えをしていた。

 姉もそうだったのだろうか。握っていた手が震え出していた。


 だが、姉は強かだった。


 好奇心旺盛で猫みたいな女、アマリリスは手を挙げた。


「私は魔女よ!能力を使えるわ!」


 しん、とした空間に高い声が響いた。槍を構えた男はアリスの方を向く。


「してガキ、何が出来るのかやってみろ」

「分かったわ、私は弟を消してみせるわ。だから命だけは助けて?」


 姉はあざとく小首を傾げると男は笑いだした。


「浅ましいな!身内を差し出してまで自分が助かりたいとは!おもしろい、いいだろうそれが出来るのならばな」


 姉はにこりと笑い、こっそりと自身の袖の中から手鏡をちらりと見せた。

 そしてその手鏡をアリオットにかざした。恐らく姉は自分に能力を使えと言っているのだと感じた。



 これがアリオットの一大の過ちであった。

 この時に姉も鏡の中に引き込めばよかったのだ、たったそれだけのことが浮かばなかった。



 アリオットは姉の手鏡に入り、その場から消えた。

 そうするとアリスは手鏡をからんと落とした。それを拾い掲げ、大きく声をあげる。


「ほら見せたわよ!弟は鏡になったわ」

「すごいではないか、だが鏡に変えただけか?それでは弟は消えてないぞ」


 アリスは「そうね」と静かに呟き手鏡を大きく振りかざし――――







 そこからはどうなったのかは知らない。

 あんな鉄格子しかない場所に鏡なんかあるわけがなかった。姉が生きていることを諦めた訳ではない、何度も何度もどの鏡も探した。だが姉はいなかった。


「そうね」と呟いた時の姉は、死を覚悟していた、ように思えた。



 ずっと心の中に残っている。あの時こうしておけば、となんの助けにもならない後悔をずるずると今の今まで引き摺っている。

 罪悪感と隣り合わせで姉のそばに居る自分は傍から見れば馬鹿みたいだろう。


 だから今を生きる姉には、姉の望むように生きていて欲しい。それがアリオットの願いであった。

 いや、姉の為にしている、事がアリオットが罪悪感から解放されたい為なのかもしれないが。






「だから加担というか、姉さんのためにしているっていうだけなんだよ。大した目的もない」


 能力者を助ける、なんて理由じゃない。なんて偽善的だと自嘲する。

 リドヴィッグはアリオットを見つめ、「偉いね」と呟いた。

 アリオットは予想外な言葉に戸惑う。偉くは、ないだろうと。


「アリオットはすごく優しいんだね。じゃなきゃ、自分の危険を犯してまで他の能力者を助けない」


 いや、そんなことは無い。他人を助けていいことをした気分で罪悪感を和らげていたというのならばあっている。それは優しい人間とは言わないだろう。


「優しさなんて人それぞれだからね。どういったものがその人にとって優しいと思われるかなんて知らないけど、少なくとも俺はそう思うよ。……そう思うついでに、一つだけ」


 リドヴィッグはアリオットの眼をしっかりと見た。改めてリドヴィッグの顔を見ると男でも、溜息が出るほど美しい顔だと思う。

 そんな男にまじまじと見られると少したじろいでしまう。だがそんな事は気にせずリドヴィッグは続けた。


「アリスのやる事に加担することは、優しくないと思う」



 言葉の意味がわからず、疑問をうかべた。


「どういう事……だ?」

「能力者を助ける、それはいいと思うけどアリスは他にも目的を持って動いてる」


 それは、なんとなく気がついてはいた。だがそれがアリスの幸せになるのであればと従っていた。

 それがどうか、したのか。


「アリスだけの幸せだよ、周りから見たら不幸の限りだ。俺は御陽の為にそれは許さない。アリオット、お前はどう?」

「どうって、姉さんの目的を知らない……いや、見て見ぬふりをしていたから」

「……お前たち姉弟の事だから俺も人の心があるからさ、無粋な事言えないけど、このままだとお前は不幸のままだ」



 そう言うとリドヴィッグは立ち上がり、部屋を出て行こうとした。「どこに?」と問いかけると「御陽のとこかな」と笑いかけられた。扉に手をかけると振り返って


「アリスの目的を知ればいいと思うよ。そしたらアリオット、考えが変わるかもね」


 と言い残して行った。



 アリオットは自分以外誰もいなくなった部屋で自分の膝に視線を落とし、一人溜息を吐いて考え込んだのだった。








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