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異世界の防犯は進んでる

作者: 黒魔 猶

山もなければオチもない。

監視カメラを魔法で代用できるんじゃないというところから始まった短編です。

 青い空。

 眼下に広がる、見渡すほどの草原。

 爽やかな自然に囲まれて、アガリスト王国の国軍所属兵士であるココネット・ファッジは陰鬱なため息を吐いた。瞬間、その男の周辺だけが呪われた森のように重たい空気を纏う。


「憂鬱だ……」


 その雰囲気を隠しもせず、ココネットはそう呟く。

 本当に、心の底から国に帰りたいと願う。いくら国王から勅令を出されたとはいえ、もともとココネットはどこにでもいる兵士だ。今回の任務に適任とも言えない。

 そもそも、このような国から離れた場所で待機する必要性も、彼には理解できなかった。もちろん市街地で遂行できるような任務でもないが、それも王都の門を出てすぐ動き出してもよかった、と思っている。

 そんなこと、王都内では下手に口にはできないが。


 とはいえ、心の中で愚痴を吐露し、面倒くさいとため息を吐いたところですでにここまで来てしまっている。あとはもう任務を片付けて、さっさと王都に帰りたいものだ。

王都にはココネットの帰りを待つ、飛び切り冷えた蒸留酒があるのだ。

荒い息と煩わしい程の足音に、ココネットは首を擡げる。


ほどなくして、ココネットの視線の先、鬱葱と茂る林の中から一人の男が飛び出してきた。今まで道を遮ってきた草木が急に消えたためか、男は勢いを殺し切れず、たたらを踏んだ。

男の歳は、ココネットよりもいくつか――おそらくは五つほど下。端整な顔つきで、この国では珍しい艶やかな黒い髪は国の女が夢中になるのもさもありなん、と言えるだろう。身長は見る限りでは百八十に届くか届かないかだろうと、ココネットは自らの頭にそっと手を当てながら予測する。決して、その身長を羨んだわけではない。

 想像よりも幼いなと口にすると、その声に気付いたのか、息を整えていた男が顔を上げた。


「あ、アンタ何者だ⁉」


「アガリスト王国の国軍諜報部隊所属のココネット・ファッジだ。君に隣国、シーウェング公国筆頭貴族の館から奴隷を奪った容疑がかかっている。申し訳ないが、ご同行願おう」


 淀みなく言い放ったココネットにたじろいだ様だが、すぐに口の端を吊り上げると困ったように眉を寄せ、首を傾げた。


「なんだよ、人違いじゃないか?」


「筆頭貴族が、賊は黒い髪の男だと言っている」


「おいおい、いくら黒髪が珍しいからって決めつけか?」


 ああ、面倒くさいとココネットは顔を顰めた。

 彼にとって、隣国の貴族がどうなろうと知った事ではない。だが、あくまでこれは王命なのだ。例え彼が軍に所属している理由が『給料がいいから』だといって、仕事をさぼっていいわけではない。懐かしいベッドを想いながら、ココネットは頭を振った。


「いやいや、人相からして君に間違いはないんだよ」


「どうせその人相って、黒髪に男、身長はこれくらいでー、とかだろ。そんな情報で俺だと断定してほしくないな」


「ああー……なるほど、君も勘違い野郎なのか」


「は?」


 訝しげな表情を浮かべる相手に、ココネットは目を瞑って深い息を吐く。

 話には聞いていたが、確かに酷い。同じ職場の上司からは「めんどくさいぞぉ」と口々言われてきたが、なるほど、この相手は面倒くさい。


 下手に話を誤魔化したり説明を省けば、おそらくこの男は納得ないし理解しないだろう。

 またどこかに逃亡されても面倒だ。だからこそ、こうしてまあ見晴らしのいい高台で待ち伏せなど、手間をかけているのである。

 ココネットは口を開きながら、ゆっくりと腰に手を当てる。


「君たち異世界人はみんなそう言うらしいな。なんだっけな、そう、『異世界の警察は遅れている』だったかな。聞いてみれば、確か科学捜査だったか、凄い技術みたいだな」


「い、異世界……」


「自覚しているんだろう。この世界が、君の元いた世界と違うと。だから奴隷解放なんて、まるで正義を掲げる子供のように暗躍した。ま、筒抜けなんだけどね」


 呆然とする男に、答えは無用だと言わんばかりに、ココネットは腰元から鉄の板を取り出す。真ん中で開くように作られたその板には、二つの丸い穴が空いている。その形を見て、ようやく事態が飲み込めたのか、男は生唾を飲みながら後ずさる。

 できれば大人しく投降してほしいが、正直、男が背を向け逃げ出そうが、どちらでもよかった。仮にその男が『速度』の祝福を得ていたからといって、ココネットの敵ではない。背を向けるのなら、すぐに捕えられる自信があった。

 だからこそココネットは、特に相手の様子を気にもせず教えてあげる。


「監視カメラだったかな。なかなか面白い発想だよな。確かに監視の目があって、しかも犯行が記録されてしまうのなら誰も悪さはしない。まして顔が絵のように残されるのなら、『どれだけ離れていても』犯人を捕まえることができる。人違いだって起きない」


「っ、そうだ、だから人相書きじゃ俺だと――」


「いや、だからさ。似たような技術がこの世界にもないって、どうして思うの?」


「は、あ?」


「『車』じゃなくて魔物に乗って移動しているから? 服装が君たちにとって何百年も前のものに似ているから? 家が煉瓦で作られているから? 『銃』や『化学』がないから? どうしてその全てが僕たちにとっての『魔法』で賄えるのに、劣っているって思ったのか謎だ」


 本当にわからないと繰り返す。

 この世界とは異なる世界からやってくる人間――迷い人が現れ始めたのは百年ほど前からだ。黒髪や金色の髪、白と黒の肌、それぞれ姿は違ったが、迷い込んだ人々は異なる文化をはぐくんできた良き隣人だと、この世界の人間は受け入れていた。


 ところが近年、その人間たちの様子が変わってきた。

 つまり、この世界を劣っていると見下し、こんな世界は間違っていると決めつけ、更には自分にとって都合のいい世界に作り替えようとする兆候が見られるのだ。


 これには国の重鎮も頭を悩ませた。

 迷い人はすべからく、神に祝福され、なんらかの能力を持っている。使いこなすには年月が必要だが、それにしても、一般人にとって脅威なのは間違いない。


 ゆえに、この世界の人間は迷い人を『管理』することにしたのである。


「この世界に飛びまわっている鳥たちのうち、約三割が作られた存在なんだよ。わかりやすく言えば、そうだな、監視カメラが空を飛びまわっているんだ」


「なっ」


「この世界で犯罪件数が少ないのは当たり前、犯罪が『記録されているかもしれない』という状態なんだからね。当然、話が見えてきたと思うけれど、君が行った奴隷解放の一部始終は、筆頭貴族の屋敷付近を飛んでいた小鳥――つまり監視カメラがきっちり記録している」


 がちゃんと音を立てて、男の手に手かせをはめる。

 それを呆然と見つめている男に、ココネットは目を細めた。


「残念だったね? 隣国で発生した犯罪だが、記録された情報はすぐに世界に発信される。もちろん、はっきりと君が映っている『絵姿』もな。間違えようがない」


「……お、おれは」


「君が何を思って奴隷を解放したのかは知らないよ。興味もない。けど、勝手に人様の財産を盗むのと同義なんだよ。『奴隷』は国も管理するような正当な処罰方法、あるいは職業だ。給料も衣食住も保障されているんだからね。それにしても」


 ココネットはそこで言葉を切った。

 黒髪で黒目。肌は白、というよりは黄色の混じった色だ。話す言葉の訛りも、少し前に『呪いの魔女』を拘束しようとしていた貴族に殴り掛かり、指名手配犯を庇った罪で逮捕された迷い人に特徴が似ている。ついでに、数か月前に森の主として生態系を整えていた魔物を勝手に討伐したことで魔物の大量発生を招いた罪で処刑された迷い人にも似ている。


「異世界の人は、貴族の雰囲気を持つ女性を庇ったり、異世界の法律を持ち出して着たり、一人の女性が複数の男性を侍らせたりするのが流行りなのか? あ、それともそれが常識だったりするのかな」


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