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5、ワガヤくん

5、ワガヤくん


 MGSとは単純に授業を行えばいい所じゃないと何度も痛感した。教師として生徒に寄り添い理解しなければいけないのに、ぼくは生きていて、子どもたちはそうじゃない。これが大きな溝だった。

 その溝を、臨時教師としてのさだめだったのか、あの子たちの生前の夢を見続けることによって少なからず埋めていくこととなった。半強制的とも言える夢たちはひどいストレスだった。あらゆる思い出が怒濤(どとう)にのしかかってくるのだ。

 死は平等ではない。子どもの幽霊がいる時点でそれは明白。もしそれが初めから天によって定められていた寿命なら悲しい。平等じゃないから個性が産まれ、差があるから競い合い、高め合っていくものだけれど、これだけは世界共通であってほしかった。


 ワガヤくんは小柄で暴れん坊タイプだった。エイゴくんの勉強を妨害したり、自身より大きなパジ山くんを泣かせたり。

 他クラスの子にちょっかいを出すのもしばしばで、注意をされるのはぼくだった。教師と生徒という二人三脚ができない、生徒が幽霊という異常な環境になじめない教師はそうやって互いを苛立ちのはけ口にしていた。

 それでも、コトブキ先生も含め、誰一人投げ出さずに真夜中の学校に通勤していたのは偶然ではなかったと思う。JSYに収集された人は、レーウンさんたちによる面接の合格者だからだ。ぼくのように謹慎になったりして時間が余っていただけだとか、そんな理由で選ばれたのではないと信じている。

 初めはみんな自分の学級を担当するのに精いっぱいで、他の子に構っていられない環境が続いた。各学級にもワガヤくんのような子がいて、手を焼かされっぱなし、頭を抱えっぱなしだったのだ。こんな時こそ協力し合える関係を築くべきだったのだけれど、ぼくも人のことが言えない立場にあった。


 ワガヤくんはいつもぼくに悪口を浴びせた。「ボケ」「カス」「デブ」は当たり前。ぼくは身長が一六二センチで団子鼻。しかも鼻の穴が他人より上向きに見えていたから「コブタ先生」だ。まったく、JSYで「メグミ先生」と決まってつくづくよかった。

 十円禿げができた頃からは「ハゲ」が追加された。えい、なにクソ、ハゲで悪いか! と、彼に対抗すべく季節にはまだ早かった二ット帽をやめかけたけれど、この子たちのせいで気が滅入ってハゲちゃったぁ、てへへ、なんて心配をかけさせるのもよくない。あくまでもファッションとしてニット帽をかぶり続けた。

 そんなある日、ワガヤくんにニット帽を奪われて隠されてしまった。諦めて帰宅し、芽衣子に「生徒に帽子を隠されちゃったよ。あははん」と笑うと、彼女は手編みのニット帽をプレゼントしてくれた。

 芽衣子は編み物が得意で、手作り市場で売るほどの腕前だ。売り物にするつもりだった一つをぼくにくれたのだ。シノラー(今時の子はもう知らないのかな?)が好みそうな大きなボタンが付いた虹色のニット帽で、ベベちゃんには大好評だった。それをその日のうちにワガヤくんが隠してしまった。

 その後、ベベちゃんとピュアちゃんが授業をさぼったから、コトブキ先生と手分けして探した。率先してくれたエイゴくんが二人を発見して、きみたちのせいで僕は大迷惑だと怒った。

 ベベちゃんは自身の頭をぺちぺちと叩きながら何かを訴えた。ああ、ぼくの代わりにニット帽を探していたんだなとわかった。ピュアちゃんは彼女について行っただけだった。

「気持ちは嬉しいよ。でも授業には参加しよう。休み時間になったら一緒に帽子を探してくれるかい?」

 そうベベちゃんに言うと、彼女はぶーぶーと唇をとがらせながらスキップして、ピュアちゃんと教室に戻ってくれた。

 教室ではまたワガヤくんとビンテージくんが取っ組み合いをしていた。角でパジ山くんが頭を押さえたり耳を押さえたりして怯えていた。

 ビンテージくん曰く、ワガヤくんはパジ山くんの大切なブランケットを引っ張って、パジ山くんを引きずり回したらしい。二人を引き離そうとしたけれど、もちろん無理。授業が再開できないからエイゴくんが怒りだす。一人の不満が別の不満を作るという連鎖は恒例行事だった。

 ぼくはもう一度、二人の間に割り込もうとした。たとえ触れることができなくても、ぼくが邪魔になって取っ組み合いができなくなればよかった。こんな時、相手が幽霊でよかった、なんて思ってしまう自分がいた。また見境なく平手打ちをする自分と、「体罰」という言葉をどこかで恐れていたからだ。

 先に諦めてくれたのはビンテージくんだった。ワガヤくんは「死ね」「お前も死ね」「みんな死んでしまえ」と喚いて、ぼくを押し倒そうとタックルし始めた。なかなか力強かったが、ぼくは足腰には自信があった。

 というのも、大学生の頃はプロレスをやっていた。川蝉(かわせみ)キャンパスのキングフィッシャーズというチームだ。ぼくは強くなりたかった。少なくとも女性よりは強くなりたいと思っていた。どうしても花色(はないろ)キャンパスのワイルドフラワーズのマネージャーだった芽衣子には勝てなかったのだけれど。

 ワガヤくんほど憎まれ口を叩き、そしてものを憎んでいる子はこれまで見たことがなかった。あの子が行き場ない怒りからぶつかってくる時には、決まって電飾が印象的に映し出された。暖色系の光がいくつもまたたいて、めまいが起きそうだった。タックルと同調しているように感じさせた。エイゴくんの時と違って瞬間的なものを断片的に感じ取ることしかできず、一体どういう光景なのか、何の感覚なのか、理解できるまでには何度も体をぶつけられた。

 今度は脚を蹴り始めたワガヤくん。中腰で構えていたぼくは一方的な攻撃に負けなかった。大学生の時にじん帯を損傷していて、そこら辺が少し違和感だったけれども。

「どうだ。倒れない先生の勝ちだ。授業の続きをしよう」

 どや顔してみせると、彼は「豚足のブタ! 死ね!」と悔しそうに顔を歪ませて、机を蹴り、着席した。花瓶が倒れ、転がり落ちて割れると、途端に彼の姿が消えた。花瓶には幽霊としての力を集中させる役割を持っていた。パワースポットみたいなものだ。これのおかげで、長時間ぼくらの前に姿を現すことができていた。

 コトブキ先生が新たに花瓶を用意すると、黒板とは別方向に正面を向けていたが、ワガヤくんは逃げることなくその場に居続けていた。

 ワガヤくんは校内にいる間は一人でどこかに行ってしまうことはなかった。授業をさぼることはあっても、その時は必ず他の子を巻き込んでいた。

 彼はひとりぼっちが嫌いだった。無視されるのも嫌いだった。だからぼくが他の子にかまけて近くを通り過ぎれば、怒ってぼくを蹴った。

 幽霊児童は、とにかく気づいてほしい、構ってほしいという子と、とにかくそっとしておいてほしい、放っておいてほしいという子の両極端があって、ワガヤくんは前者であり、暴力でしかそれを伝えられない子だった。

 ぼくはまずニット帽を隠されないようにするにはどうすればいいか対策を練った。それで違う柄のニット帽を家にから持ってこようかと持ちかけてみた。

「そんなダッセーのいらねー」

「こら、先生の大切な人が編んでくれた帽子だぞ」

「自慢すんな! 帽子なんかいらない!」

 怒鳴られてしまった。でもとりあえずはと、次の日に青いニット帽を彼の机の中にこっそり入れておいた。それからはニット帽を取られなくなった。でもやっぱり悪口や蹴りはやめなかった。


 ニット帽が嬉しかったのかもしれない。ニット帽じゃなくたって、プレゼントそのものが嬉しかったのだろう。エイゴくんだけではなく彼も密かに自宅までついてくるようになった。

 夜明けにエイゴくんが去ってから行動開始だ。ぼくが寝室に行く気力もなくソファに寝転ぶと、彼はまずテレビをつける。ぼくは芽衣子が起床したのだと思って、動かずにいると音量がぐんと上がって飛び起きた。慌ててテレビを消せば、次は風呂場だ。シャワーを止めると、またテレビがついていた。音量は通常だったけれど、次々とチャンネルが変わった。芽衣子が本当に起きたので、ごまかすのに必死になった。ディズニーランドのCMが映った瞬間にザッピングが止まった。

 芽衣子が出勤してから、「誰だ、いたずらしているのは? 正直に答えなさい」と見えない相手を叱った。ワガヤくんだと気づいたのは、帽子かけに青のニット帽がひっそりとあったからだ。

 一度叱ったきり、テレビの音量を上げたり、水を無駄に出したりすることはやめてくれたけれど、アニメの時間にはテレビをつけ、情報番組で遊園地を取り上げられると必ず食いついてチャンネル権を譲らなかった。子どもができたらこんな感じになるのかなとしみじみしつつ、甘やかしてばかりではいけないぞ、と自分に言い聞かせた。

 結局、テレビのつけっぱなしは諦めて、ベッドで改めて眠っていると、耳元で騒音が鳴り始めた。静かにしてくれと言えなかったのは、既に夢の中だったからだ。

 電飾と喧騒(けんそう)に包まれていた。喚声がどこかで響いていた。たくさんの着ぐるみがキラキラな服を着たダンサーと踊っていた。

 花火が打ち上がった。銀色の巨大な観覧車が見えた。遊園地だった。一日中、写真を撮る暇もないくらい目一杯に遊んだ。アイスクリームは冬の贅沢。欲張って二段重ねだ。お土産もたくさん、腕からあふれるほど買ってもらえた。

 何年分もの誕生日とクリスマスが一気にやって来た気分! 何もかもが目まぐるしかった。お父さんの財布は魔法の財布で、どんどんお金が出てきた。

 観覧車に乗った。オルゴールが鳴っていた。頂上に来ると、電飾が星のようにまたたいていた。あれはメリーゴーランド座で、あれはジェットコースター座だ。

 地上に戻ると、観覧車の時計が動いた。観覧車が七色に光った。時間だ。

 さあ、帰らなきゃ。振り返れば駐車場だ。ぼくは名残惜しんだ。

「また来ればいいさ。ほらイッセイ」

 お父さんがゆっくりと手招きしていた。ぼくはお母さんの手に引かれて車に乗り込もうとした。それをワガヤくんが止めた。ぼくの腕を無理やり引っ張って、鬼の形相で叫んだ。

「乗ったら死んじゃう! 父ちゃんは嘘つきだ!」

 ぼくは飛び起きた。ワガヤくんがまだいるのか探った。イッセイくん、とそっと呼んでみたけれど反応はなかった。ニット帽もなくなっていた。

 学校に来てから「おれはイッセイじゃねーよ。先生のくせに間違ってんじゃねーよ」と膝に膝蹴りを受けた。その通り、ワガヤくんは「ワガヤ」くんだ。


 昼夜逆転の生活に慣れるまで、何度も睡魔に襲われた。授業中は何ともないのに、職員室に入るや目元はとろん。こっくり、こっくりすると、必ずと言っていいほどワガヤくんが椅子をガタガタと揺らして、ぼくを寝かせまいとした。

「寝たら死ぬ! ブタ!」

 初めは幽霊ジョークだと思って半笑いだった。けれど、例の夢を見てからは本気で取り合う気になった。ワガヤくんは半信半疑で「寝たら死ぬ」と思っているのではないか。目を覚ましたら幽霊になっていたから、一種の強迫概念にとらわれているのではないか。それをいたずらにすり替えることで恐怖心をごまかしているのではないか。そう考えざるを得なかった。

 MGS本職員に、JSYに興味津々であると装って遠まわしに尋ねてみた。例えば、家族全員が亡くなった時、子どもは幽霊学校に通えるが、両親はどう過ごせばいいのかと。できることなら直接的に、ワガヤくんの両親は今どうしているのか、生死を問いたかった。

 職員は答えた。MGSの生徒に登録された幽霊児童は、早めに生前の身分を捨てなければならない。だから家族との縁も切らなければならない。未練を断ち切らなければならない。きれいさっぱり洗い流さなければならない。それが幽霊児童の魂を美しく保つこととなる。美しい状態に戻すこととなる。両親幽霊の方には、そのことを事前に説明し、理解させた上で子どもをMGSに入学させる。入学させない道もあるが、もし両親の方に問題がある場合は半強制的に引き離す、と。


 また夢を見た。今度は車に乗ってしまった。眠ってはいけないと理解していながら、遊び疲れて体が言うことを聞かなかった。まぶたが重かった。

「寝たら駄目だ! 寝たら死んじゃうよお!」

 ワガヤくんの叫びを聞きながら、夢の中で眠りについた。そして夢の中で目が覚めた。家に着いたのかな。

 隣のお母さんは眠っていた。お父さんも運転席で眠っていた。長時間の運転は疲れるから休んでいるのだ。

 外に出てみた。山道の路肩だった。前後は霧で見えなかったが、空の白さは朝日のもののようだった。鳥のさえずりも、他の車のエンジン音も聞こえない。

 車の後ろにある、排気ガスが出るところにホースがくっついていた。なんでだろう? 固くて取れないぞ。

 とても静かだ。

 怖くなって、両親の声の聞きたさに呼び起こそうとした。

「父ちゃん。朝だよ」

 あっ、ガソリンのメーターがゼロになっている。早く起こして教えなきゃ。ホースも取ってもらわなきゃ。

 教えようとして、やっと気がついた。ワガヤくんがぐったりと眠っているお母さんの隣でぼくを真っ赤な涙目で激しくにらんでいた。

「どうして寝たんだよお。お前が寝たからこうなったんだぞ! 死ねよ!」

 寝覚めが悪く悶絶した。枕が湿っていて、寝汗かと思ったが、どうやら涙だった。ワガヤくんの分の涙だったと思う。

 あの子の行き場のない憤りを違う形で発散させるにはどうすればいいか。「死ね」とか、自分自身の気持ちをもマイナスにさせる言葉ではなく、もっとポジティブな言葉を吐き出させるにはどうすればいいのか。遊園地に連れていけばいいのか。それはちょっと違うと思った。

 芽衣子には心配をかけたくなかったけれども、思わず食卓の席でも頭を抱えていた。相手が幽霊だということを伏せて悩みを打ち明けると、芽衣子は単純明快な答えを出した。

「その子、スポーツ得意?」


 久々にレーウンさんがいらっしゃった。冬季ドッジボール大会の開催が決定していた。全国的な幽霊児童の多さがイベントを作った。これだ! とぼくは思った。

 チームは十二人で構成される。クラスから二人ずつ代表を選ぶから、ワガヤくんにやる気があるなら代表にしてあげたかった。

 まず六人に、出場してみたいか挙手させた。ワガヤくんとベベちゃんが勢いよく挙手してくれた。

 休み時間は練習に費やした。寒さなんてすぐ吹っ飛んだ。帰宅後の疲労は半端なかったけれど、この期間、ワガヤくんは攻撃的にならなかったし、ザッピングなども収まった。ただし、練習試合では相手チームにいたぼくばかり狙っていた。おふざけ半分、真剣半分。

 あの子は負けず嫌いだったから、放課後もぼくらはキャッチボールをした。ワガヤくんはとにかく的確にボールをキャッチして素早く投げる練習をした。ソフトのボールだったけれど、なかなか力強くて手のひらがぱんぱんになった。

 エイゴくんも協力的だった。体育の授業の延長として、スポーツの参考書を片手に二人のフォームの修正に熱心だった。ベベちゃんはなかなか癖のある投げ方が直らなくて、彼女もホワイトボードとにらめっこしていた。ワガヤくんは辛抱強く彼女と接して、やがて仲良くなった。

 ピュアちゃんとビンテージくん、他のチームメイトも加わって、子ども同士の相談の結果、ベベちゃんを無理に型にはめず、誰にも取られない魔球の研究に費やそうと決まったようだった。ドッジボールに魔球だなんて興味があったけれど、みんなぼくに内緒にした。

 秘密の共有が仲間意識を作る。パジ山くんだけは、「先生が知らないならぼくも知らへんの」とそばにいた。ぼくが「どんなのができるか楽しみだね。一緒に応援しよう!」と言えば、彼もにっこり。こっちは期待の共有だった。

 チーム名も十二人満場一致で決まった。ベベちゃん以外男子だったこともあってか、面白おかしく「アホの見るブタのケーツ」だ。言い出しっぺはワガヤくん。できあがったユニフォームにはまん丸太ったブタのイラストがプリントされていた。これメグミな、とワガヤくんが満足げに教えてくれた。ピュアちゃんだけは「調子に乗り過ぎ。ベベちゃんも、嫌な時は嫌って言おう?」と不満を漏らしていたけれど、ベベちゃんはどちらもお気に入りだった。


 大会は市内のスポーツセンターで行なわれた。レーウンさんの貸し切りだった。松方さんたち警備員もそろっていて、部外者の侵入を見張っていた。

 構内には大勢の幽霊児童が待機していて、誰もが活発そうで気合十分。だけどちょっぴり肌寒い。

 個性的なTシャツが揃う中で「アホの見るブタのケーツ」は好奇の的。構ってほしい、目立ちたがり屋なワガヤくんはまた満足げだった。

 大会は第一試合から度肝を抜かれた。よっしゃあ、と威勢よく投げた男子のボールが、まさか発火するなんて!

 これは火の玉ドッジボールだった。炎は投げる子のやる気エネルギーの象徴だ。火傷はしないし、火事だって起こらない。子どもたちはへっちゃら。一部を除いて、だけれど。その一人がぼくらのチーム内にいた。

 その子は「タイク」くんといって、スポーツ万能だったことで推薦されたはいいけれど、火がトラウマだった。味方からもらったボールも、投げればくすぶった。筋のいい投球でも冷や冷やさせられた。炎の見た目が、そのボールが取れそうかを瞬時に判断する材料だ。タイクくんはどれも恐ろしかったろう。

 ワガヤくんが「妹が見てるぞ! ヘマすんな!」と叱咤激励。タイクくんの妹「メライ」ちゃんが、無茶しないでと応援していた。ワガヤくんがタイクくんをフォローしていた。どんな弱い炎でもいい投球には変わりなく、大事な戦力だからだ。ベベちゃんのフォローも欠かせず、忙しそうにしていた。

 ベベちゃんボールは炎と共に気まぐれだ。大きなカーブを描いたり、急に火力が増したり。相手チームをどこまでも翻弄(ほんろう)させた。ワガヤくんボールも時々炎が青くなるほど強かった。

 最後まで奮闘して、「アホの見るブタのケーツ」は堂々の三位に食い込んだ。ワガヤくんはとても悔しがっていたけれど、誰のせいにもしなかった。

 ぼくは前もって芽衣子に作ってもらっていたブタメダルを全員にプレゼントした。ブタの顔をした金メダルだ。ワガヤくんは「すげえ! だっせえ! すっげえ!」と大笑い。


 またワガヤくんの夢を見た。またぼくは遊園地に招待された。お父さんが(かね)を出そうとすると、ぼくは言った。

「このメダルは(きん)でできてるから、払わなくてもいいよ。このメダルがあればなんでもタダになるから、お金は使わなくてもいいよ」

 ブタメダルは永久パスポートだ。ベベちゃんまでメダルを持ってついてきて、ゴーカートで競争をした。お化け屋敷ではお化けと仲良くなって、彼女は彼らを引きつれて遊んだ。

 ぼくは最後に一人で観覧車に乗った。天辺に着くと観覧車は停止して、向かい側にワガヤくんが座っていた。ふたりきりで銀色にまたたく夜景を見て、彼は言った。

「お金って、そんなに大事?」

「人生の全てじゃないけどね」

 ぼくは相田(あいだ)みつをの金銭に関する詩をいくつか上げた。相田みつをのことは、祖母の家に飾られていたカレンダーで知った。詩の意味が理解できなかった頃からのファンで、独特な字が大好きだった。ワガヤくんは「ふーん」「すげー、めんどくせー」と関心があるようなないような、微妙な顔をした。

「メグミは何のために働いてんの? お金のため?」

「お金があれば大切な人にプレゼントを買ってあげれる」

「きもちわる」

「ひどいな」

「ちゃんと毎年やれよな。誕生日も。クリスマスも。結婚記念日にも」

「うん」

「イチゴのカップケーキだけじゃ、本当はつまらないんだからな」

「うん」

「子どもが生まれたらディズニーランドつれてけよ。エレクなんとかパレードがすごいんだってさ。悪役が通る時怖いらしいんだけど、そんなのへっちゃらだい」

「うん」

「ここの遊園地は飽きたもん」

 ワガヤくんはドアを開けると星のカーペットに乗り移った。そこでベベちゃんがメリーゴーランドの白馬にまたがって待っていた。ワガヤくんは彼女の後ろにまたがって、夜空の向こうの光へと渡っていった。

 また観覧車が回り出した。ぼくも一人で乗っているのは寂しかったからドアを開けた。閑散とした園内と、雪と、ブルーアワーを見て、目が覚めた。

 翌日から、ワガヤくんは相変わらず不意打ちでタックルをしたり膝かっくんをしたり悪さをしてきたけれど、いつも笑っていたし、最後の日までブタメダルを首にかけていた。

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