10、卒業
10、卒業
幽霊児童たちとの日々は流星のようにあっという間だった。なかなか濃い月日だったけれど、あっけなく感じさせた。ずっとあの子たちと授業をするものばかりと思わせた。
他の臨時教師たちも実感がわかない様子を見せ、とっとと卒業式がきてほしいとぼやいていた人も、閻魔帳を手に溜め息。それだけ親密な関係を築くことができていたということだ。
卒業を間近に控えて、幽霊児童たちはそわそわしたり、ぼうっとしたり。それぞれの思いを胸に抱えているようだった。何せこの世からの旅立ちだ。想像もつかない。
ぼく自身もあと数日で臨時教師でなくなり、二度とこの子たちに会えなくなるのだと思うと悲しかった。同窓会すらできないなんて。大人になった姿を見ることができないなんて。どうして彼らは幽霊なのだろうと、根本的なことを疑問に考えた。
もしあの子たちが生きていたら、出会うことがあったのだろうか。エイゴくんなら病気を治して、パジ山くんなら虐待から助け出されて。
エイゴくんは時期に離ればなれになることを悲観せず、前向きに捉えていた。
「先生。ぼくは将来MGSの先生になって、それからレーウンさんくらい出世する予定です。死んでも先生を続けたいという時は、ぼくが推薦するので安心してください。つまり、再会できるチャンスはあるということです」
「よぼよぼのおじいさんでもなれるかなあ?」
「それは先生の努力次第です。あの松方さんのご先祖様も冥官として働いているそうですよ。元々享年八十の侍法師らしいのですが、今の外見は三十くらいだそうです。気持ち次第でいくらでも魂は若々しくいられるんです。肉体の価値にとらわれてはいけないのです」
教師になるという目標を持ってから、彼は随分と様になって、白衣を着こなしていた。誰かに似ているなあと前から思っていたけれど、ようやくすっきりした。若かりしニール・アームストロングだ。彼なら宇宙人幽霊相手でもやっていけそうな気がした。
ワガヤくんはよく近所の家電量販店のショーウィンドウの前であぐらをかいて、テレビのチャンネルをリモコンなしで変えて好きな番組を見ていた。そんな寒い所にいないで、先生の家で見てもいいんだぞと言ったのだけれど、彼は「いらねー」とそっぽを向いた。
結局はぼくの後をこっそりついてきて、買い物の様子を眺めたりする。ぼくは芽衣子と映画をよく見に行くのだけれど、彼はタダで鑑賞した。
「せっかく幽霊なんだし、最大限に利用しなきゃ損だろ!」
空元気な感じだった。卒業したらみんなと同じ天使学校に行く。そうしたらこの世とおさらばだ。天使学校に行ってからどうするかなんてまだ考えたくはない。今しかできないことをやりたいと、ワガヤくんなりに楽しもうとしていたのだと思う。ぼくもできる限り付き合った。
パジ山くんは見事ネガティブ思考を克服してシェイプアップを達成した。彼はビンテージくんと一緒に天使になることを決めた。
「ぼくはね先生。赤ちゃんが生まれるのが不安でしゃあないお母ちゃんやお父ちゃんにな、大丈夫やで、この子はエエ子やでって言うたり、あとな、えっとなんやったっけ? そう、マタニチーブルーを解消させるお仕事がしたいねん。もしかしたらな、先生の孫か、ひ孫に会いに行けるかもしれへんで」
「いいねえ」
「ぼくってエエ子やろう? エエ子エエ子して」
パジ山くんは良い意味で甘え上手になった。芽衣子の腹はますます大きくなって、女の子だとわかってからはパジ山くんも交えて名前を考えた。あのしし座流星群のことを思い出した。
ビンテージくんはAくんの様子を頻繁に見に行っていたようだ。「かりうど」の一件で、Aくんはショックのあまり無口の暗い性格になってしまった。それで責任を感じていた。
「このままじゃ、あいつはおれみたいになるから、何とかしなきゃ。いじめられっ子がずっといじめられるのは本当に最悪だけど、いじめっ子がそっちの立場に変わっても嫌だし。いじめそのものをなくさないといけないんだよ。当たり前だけど。いじめられっ子だったドーワくんがいなくなったから、代わりにAくんをいじめられっ子に当てはめて、新しいいじめっ子が生まれるのは良くないから」
後日Aくんに尋ねたところ、人間のようで人間でない何かに囲まれていじめられていたら、鬼が助けにくる夢を何度も見たらしい。
それから、ビンテージくんは卒業者代表に選ばれたタイクくんから、答辞で何を話せばいいのか相談を受けていた。
ピュアちゃんは妖精にしゃべっている様子を見かけた。「メグミってマジできもいよね」と真顔で言っていた際は傷ついた。でもコトブキ先生のことは褒めていたから、まあよしとした。
とはいえ、妖精は言葉を発さず、笑顔で話を聞いているだけだったけど、実際はピュアちゃんと同意見で、ぼくをきもいと思っていたのか、気になるところだった。卒業後、エンゼルランプはコトブキ先生が引き取ることになった。
ベベちゃんはいつも通りで、卒業を待つのみといったところ。パジ山くんと組めば、きっと多くの家族に幸せを運ぶことができるだろう。彼女はよくこたつの中に隠れて、ぼくの足の裏をこちょこちょしながら「クシャイ、クシャイ」と言った。
卒業式はJSYで行なわれた。あのミルクティーを二度も飲まずに済んだのは幸いで、気づいたらあのバスに乗っていた。
隣にコトブキ先生がいて、今夜で最後ですねえ、とぽつり。ぼくも春愁の思いだった。外はやっぱり真っ暗だったけれど、桜の花びらがほんのりと舞っていて、誰もが黙って見ていた。
式場は閻魔帳を手にしたあのホールで、金色に輝いていた。臨時教師の生徒限定の式典だった。子どもたちは先に到着していて、みんなそれぞれ白い格好で、コサージュをつけていた。「揚げひばり」も懐かしくて、卒業ムードを高めた。
レーウンさんが卒業証書を授与なさり、そこでぼくは初めて、子どもたちの生前の名前を知ることとなった。あとで卒業証書を見せてもらったから、漢字もわかった。
エイゴくんは安藤聖呂を。
ワガヤくんは愛田一誠を。
パジ山ブランケットくんは大前望を。
ビンテージくんは大嶺昴を。
ピュアちゃんは夢見こころを。
ベベちゃんは泰道道子を。
卒業した。
ぼくは震える手で閻魔帳と職員カードを返却した。契約が切れた途端に目頭がじんと熱くなった。
「あなたはメグミ先生を卒業した訳ではありません。あなたはここへ来る前もメグミ先生でした。これからも続けていってください」
レーウンさんは教師一人一人に声をかけてくださった。
タイクくんは悩み抜いた末にこう述べている。
「ぼくたちは、苦しみながら死んでいきました。中には、突然過ぎて死んだことをすぐに理解できず、苦しんだ子もいます。ぼくたちは、とても苦しみました。ですがぼくたちは、こうやって無事に生きています。
生きているというのは、つまり魂があるということです。ぼくたちの魂は、朝露のように光り輝いています。ぼくたちの魂は今、希望の未来に満ちあふれています。
きっとぼくたちは、ぼくたちだったことを忘れていくのかもしれません。今度はどんな色でどんな形になるのかわかりません。まったく違う苦しみを味わうかもしれません。ですが、希望というのは夢を追いかけるということなのです。
ぼくの夢は、消防士になることです。ぼくは火事で死にました。幽霊になってからもぼくは燃え続けていました。それを消防士の幽霊が消してくれました。だからぼくも同じように火に苦しんでいる幽霊を助けたいです。
ぼくたちは将来を完全に奪われた訳ではありません。ぼくたちは意志を持ち続けています。生きる気力を抱き続けています。未来を見つめ続けています。だからぼくたちは、最後まで学校に通い勉強することができました。
先生のみなさん。ぼくたちはけして、消えてなくなる訳ではありません。先生が行なってきた授業は無駄にはなりません。ぼくたちがぼくたちでなくなっても、あの学校生活が基盤となって、新しいぼくたちへと、花を咲かせることでしょう」
メグミ班が集うのはこの日で最後。ビンテージくんは天使になって地上に戻ることを約束してくれた。パジ山くんとは抱擁し、素敵な父親になることを約束した。ベベちゃんはスキャットを歌いながらぼくの周りをぐるぐる回ってはぜい肉をむにむに。ピュアちゃんはコトブキ先生に抱きついていた。
ワガヤくんからは膝蹴りと食らい、そしてワガヤメダルをもらった。家の形をした金の折り紙だ。裏に小さな寄せ書きがあった。
メグミは最強!! ワガヤ
先生みたいな先生になります エイゴ
メグミ先生ありがとう! いいパパになってね! パジ山
本をずっと大切にします ビンテージ
バイバイ ピュア
先生だいすき ベベ
幸せな我が家を作れ、ということだった。コトブキ先生も受け取って、二人して号泣した。どいつもこいつもいい子だった。素晴らしい子だった。
「泣くんじゃねーやい!」と、ワガヤくんにまた蹴られた。これも最後だと思うと感慨無量だった。
エイゴくんからメグミ班代表として言葉をもらった。
「メグミ先生。コトブキ先生。タイクくんの言った通り、ぼくたちはぼくたちでなくなっていくと思います。でも、先生のことは忘れないと思います。だって、ぼくたちは幽霊になってから先生に会って、記憶をつかさどる部分が生きている時と違う訳だから、来世に行く時まで忘れないです。前世の記憶を持ちこす前例だっていくつもあります。それくらい印象的な先生だということです。あっという間だったけど、お世話になりました。ありがとうございました」
最後に、ベベちゃんが「先生へ! せーの!」と言った。みんなは「ねがい」のサビを大声で歌った。みんなの笑顔がとても輝いていて、そのまぶしさに目が覚めてしまった。ああ、そんなあ、と声を漏らした。
芽衣子が一言、お疲れ、と言った。きちんとお別れが言えなかった上にワガヤメダルが手元になかった。家中探しても見つからず、涙をこらえ切れなかった。なんて呆気ない卒業式だったのだろうと放心状態でうずくまり、芽衣子に背中をさすってもらった。
翌日に、もう最終電車に乗って学校に行く必要がないのだと淋しさに悶えている時に郵便物が届いた。レーウンさんからの表彰状だった。
メグミ先生こと芦田恵殿
あなたは夜間幽霊学校において臨時教師を全うし
六名の幽霊児童を卒業させることができました
ことをここに証します
涙線が弱まる一方だった。ワガヤメダルも添付されていて、ぼくにとって家宝になった。教師として一皮むけたのか、人として成長したのか、その答えはここに詰まっている。




