ヒーローとは孤独なのものだ
子供っぽい夢だなんて笑わないでほしいんだけど、僕はヒーローになりたい。
凶悪な敵から大切な人たちを守る、そんなかっこいいヒーロー。きっと誰だって一度は憧れたことがあるはずだ。
けれどきっと誰もがそれを夢にすぎないと気づき、諦め、妥協しながら生きていくんだと思う。それこそが正しいに違いないと僕だってわかっている。わかっている。わかっているけれど、それで諦めるかどうかはまた別だろう?
たとえどんなにバカにされようと、どんなに自分が損をしようとも、
僕はヒーローになりたい。
僕は高校二年生。まさに青春真っ盛りと言いたいところだが、実際問題そうもいかない。でも大抵の高校生はそうなのではないだろうか。自身が青春の中にいるなんて自覚は全くなく、青春を終えた時にはじめてそれに気づく。
そんな風に定義するのなら、僕は今まさに青春の真っ只中であるとも言えるのかもしれない。
……たとえ友達がいなくても。
そう、いわゆる僕はぼっちだ。一年の頃には友達がいたから、神聖ぼっち! とかではないと思っているのだが……。
ちなみに一年の頃の友人が友人でなくなってしまった経緯は、
「おい、それはだめだろう。やめろよ」
と僕が言ったところ、
「前から言おうと思ってたんだけど、正直お前といると息苦しいわ。俺、かっちりルール守るの向いてないんだ。ごめんな」
と言われ、そのまま自然消滅していってしまった感じだ。
今でも友達が誤った道に進もうとしたのを止めた自分が間違っていたとは思わない。けれど、あまりに細部にまでこだわりすぎていたような気がしないでもない。
たとえばしてはいけないと言われた買い食いをすること、たとえば校則で禁止されていること、そう!異性と手をつなぐこと。普通の高校生ならばれないようにこっそりやって、そのスリルを楽しんだりするようなことだったのかもしれない。
けれどそれをしてしまって、それでも僕はヒーローでいられるだろうか。
いや、きっといられない。そんなことをした瞬間、僕は僕をヒーローと思えなくなってしまうだろう。
だからこれでいいんだ。
大体特撮ものを見てても、ヒーローってのは大抵友達らしい友達がいるようには見えない。
案外彼らも、僕と同じような理由で友達がいないのかもしれない。
さて、ここで問題です。友達がいない人間は休み時間どうしているでしょうか。
……まあ大方の予想通りの寝たふりです、はい。
けれど昼休みだけは僕は図書室に行くようにしてる。特に理由はないのだけど。
まあそれが運命の力ってやつだったのかもしれない。
だって、図書室こそが僕の正義を揺るがすような事件の発端へとなっていったのだから。
to be continued……
字下げに四苦八苦しているならでです。
ヒーローっていいですよね。大好きです。
ちなみにわたしもぼっちです。それが俺のポリシーだとか、家訓でとか、そんな高尚な理由はないんですけど、なんとなくぼっちです。
でも、ヒーローじゃないんです、ごめんなさい




