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幻代群像 -MystArk-  作者: 水沫ゆらぎ
盗っ人クエスト!
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第二話

 泥棒にプロとアマチュアが存在するとしたら。

 それはどれだけ綿密に下調べを行うかという点に尽きる。

 空き巣に入る家屋の地形学的条件の掌握から始まり、住人の生活サイクル把握はもちろん、いざ決行時におたつかないようイメージトレーニングも欠かせない。

 そのくせ積み重ねた忍苦と労働報酬はまったく相関せず、たとえばチャイムを鳴らして留守を確認してから決行したというのに、住人が居留守を使っていたおかげでばったり鉢合わせというケースには枚挙暇がない。まったくもって酷い話ではあるが、純粋に手間と時間の費用対効果を考えるなら、とっとと派遣コンサルタントにでも登録して、街頭でティッシュ配りに精を出していたほうがマシだったりする。

 もちろん、イチローは盗人であって泥棒ではないのでこの話には当てはまらないが、それでもリスク管理云々のところはそのまま彼の立場にも置き換えられる。金がなくては生きていけないが、それでも金を得る手段というのは探せばいくらでもあるのだから、わざわざ好き好んで危険ばかり犯す必要もない。趣味を仕事にすると逃げ道がなくなって大変だよともいうではないか。

 ……そんなわけで、イチローも普段は草食動物よろしくフリーター生活を送っている。




「せんぱーい! 花火の本ってどこの棚に並んでましたっけ?」

 しゃがみ込んでダンボールの梱包を解くイチローの背に声がかかった。

 振り返ると、アルバイトの後輩、ポール・オオツキがそこにいた。ネグロイドの血が混じる浅黒い皮膚に、人好きのしそうな丸い目。チャームポイントのアフロヘアーが、サンタの帽子からはみ出している。

「あん? 風景と写真集だから東側の端だろ」

「ですよねえ。でも下の棚まで漁ったんですけど見つからないんですよ。ええと『百花繚乱 - 花火図鑑 Vol8』ってタイトルなんですけど」

「在庫は?」

「1でした。この季節だから入れ違いで売れちゃったってこともないですよね」

「ふむ……あ、図鑑か。もしかすると、昆虫と鉱物の棚に混ざってんじゃねえの? あそこ、図鑑シリーズ並んでるし」

 イチローの指摘に手を打つポール。慌ただしく去っていく彼から視線を外し、イチローは再び梱包を解く作業に戻る。

 プライムシティ有数の老舗総合デパート『ローゼン』、その八階に店を構えるブックセンターがイチローの主なバイト先である。


 旧世界――かつてこの星に『陸』というものが存在していた頃と比べ、いまやあらゆる分野でデータ化が進み、たとえばペットも本物と電子製品の区別がつかないような時代となった。当然書籍もそのデータ化の波からは逃れられていないが、どういうわけか人々の心には『紙』に対する根強い信仰が残っていて、いまだに本屋という業種も生活になくてはならないものとして人々に認知されている。

 このローゼンのブックセンターも、さすがに書籍専門店の品揃えには劣るが、それでも週刊誌から一般書籍に至るまで満遍なく取り扱っているため訪れる客の評判は上々。もうじきクリスマスだからか、家族連れやカップルの姿も多く見られ、かくいうイチローも真っ白いお髭のサンタクロース姿で――ダンボールからエロ本を取り出して棚に並べている。

 イチローがローゼンでバイトを始めてから、すでに二年以上が経つ。

 そもそもは適当に仕事しつつ生活費を稼げればと思っての選択だったが、それがとんでもない見込み違いだったという事実に気づくのに大した時間はかからなかった。レジで客の相手だけしてればいいと思ったら大間違いで、たとえば荷解きの作業はポールに言わせると「子孫繁栄に重大な支障が出かねませんよ」と泣きを入れるほど腰に負担をかける重労働だし、他にも不当な言いがかりや要求をねちねちと続ける頭のおかしな客にも、愛想よく対応しなければならないのは精神的にもキツい。加えて人を人とも思わぬ鬼店長に日々どやされているわけで、呑み屋での愚痴ネタには困った試しがないのである。


 実際、辞めれるものならとっとと辞めてしまいたいのだが――と、そこにポールがにこにこしながら戻ってきた。夜景に花火が踊っている表紙のハードカバーを小脇に抱えている。

「先輩、大正解です。カマキリとバッタの図鑑に挟まれて埋まってました」

「そりゃよかったな。しっかし冬に花火の本買うなんてどこの物好きだ?」

「どこの人かは知りませんけど、随分と辺鄙なところに住んでるって言ってましたよ。取り寄せてもらおうにも届かないから、わざわざ仕事作ってプライムシティまで足を運んだとか何とか。サングラスかけた渋いおじさんです。よっぽど花火好きなんでしょうね、延々と花火の素晴らしさについてビジフォン越しに聞かされましたよ」

「営業妨害じゃねえか」

「でもクレームつけてきたわけじゃないですし。それに僕、人の話聞くの好きなんで」

 仏の顔を崩さずに答えるポール。イチローは恨みがましい視線を向けて、

「くそう、だったら再来週の休みに無給でシフト入れられちまった俺の愚痴を聞けよ」

「なんです、それ?」

「バーで飲んでたら、なぜかオーナーの娘連れて、中央公園くんだりまでお出かけさせられるハメになった」


 イチローは昨夜のバーでの顛末を思い出してげっそりと溜息を吐き出した。あの後、出口のない話題を肴にオーナーと問答を繰り返していると、案の定アマネちゃんもその場に出現し、あれよあれよという間に演奏会の下見に付き合わされることになったのだ。

「何が悲しくてせっかくの休日をガキのお守りで潰さにゃならんのだか……」

「贅沢言っちゃいけませんよ、女の子エスコートできるだけマシってもんじゃないですか」

「だったらおまえが代わりに行ってくれよ」

「だめだめ。ご指名は先輩でしょ? そんな野暮な真似はお断りです」

 イチローは軽く小突いてやろうかという素振りを見せたが、ポールはくつくつと笑って取り合ってくれない。結局、がっくりと肩を落として項垂れるしかなかったが、そのときポールが真面目な顔で口を開いた。

「ねえ先輩。話変わるんですけど、ちょっと映画に出演してみるつもりありません?」

「やぶからぼうに何だそりゃ」

「僕が大学で映画撮る部活に入ってるのはご存知ですよね? また新しい映画撮り始めたんですけど、とにかく人が足りてなくて。部長に人集めてこいって言われてるんです」

 先輩、どうせ暇でしょう? とポールがにこにこしながら訊いてくる。


「意地でも『嫌だ』と突っぱねたくなる笑顔だな」

「用がない日はいっつも部屋でごろごろしてるくせに」

「俺だって就活のひとつやふたつやってんだよ。一刻も早く、こんな腐れバイトからは足を洗ってだな――」

「レジ打ちサボって何フカしこいてやがる小僧ども」

「「げっ」」

 後ろに店長が立っていた。




 三十分後、頭にでっかいたんこぶをこさえたイチローは、サンタクロース姿のままエアバイクを駆って街区間公道を疾走していた。

 迫りくる夜から逃れようと、イチローの脇をエアカーの群れが列を成して過ぎていく。

 目的地はプライムシティ二番街。背負った白い荷物袋は、お客の注文書籍でぱんぱんに膨れあがっている。

 イチローのバイトしているブックセンターでは宅配サービスも実施しており、ローゼンの隣接区域である二番街から四番街の市民なら誰でも利用できる。こういった宅配の仕事は専門の業者に回せよとイチローはいつも思うのだが、経費削減のお題目の前には呑み屋での愚痴にしかなりそうもない。

 夕日に赤く照らし出された殺風景な風景。

 いまだ市街地までは遠く、建設途中で打ち棄てられたビルやマンションの数々がそこに立ち並んでいる。このあたりは『放棄領域』だと、ポールが言っていたのを思い出す。地脈、霊脈的に『バケモノ』が湧いて出易い区域であるらしく、都市の開発計画が途中で頓挫したのだ。とは言っても、イチローはいまだバケモノと遭遇したことはなく、むしろ都市警察による抜き打ち検問のほうが怖い。すでに一度バイクを止められているし、ミストカード――方舟市民それぞれに与えられる固有市民章にして、統合データベースへのアクセスキー――の不携帯でもやらかした日には、それこそ拘束されて留置場にご招待されるハメにもなりかねない。


 二番街に公道が乗り入れるあたりから、縦横無尽に風精翼艇の環状路が立体交差したり、警察のパトロール車両が編隊を組んで空から市街を巡回する姿が見えてくるはずだが……バイク付属のナビゲーター曰く、いましばらくはこの滅びの景観とお付き合いしなければならないらしい。

 なんとはなしに感傷に襲われ、イチローはミストカードの液晶パネルをフリック。ラジオアプリを立ち上げると、ちょうど流行のポップスを流しているチャンネルに当たった。しかし、うるさいぐらい『夢』だの『希望』だのを押しつけてくる歌詞に、堪らず×印をクリック。

 ……押し売りするぐらい余ってんなら、ひとつぐらい俺にも分けてみろってんだ畜生。

 嘆息する以外にない。遣り切れなさにイチローが頭を悩ませていると、そのとき空に浮かんであたりを遊泳していたホログラム・モニタのチャンネルがいっせいに切り替わった。

 管理局による衛星放送だ。

《――方舟市民の皆様にお知らせです》

 歩道を歩いていた人々がいっせいに足を止めてホログラムに見入る。イチローもエアバイクを止めて視線を向けた。

《当区画に、方舟指定犯罪者『爆弾魔』が進入した形跡があるとの情報が寄せられました》


 ホログラム・モニタに放送された犯罪者の人相が映し出される。デジタルグラフィックスで合成された生気のない写真だったが、頬骨の浮いた尖った頬から鼻梁にかけてのよぎり傷が特徴的で、一度見たらなかなか忘れられそうにない顔である。

 イチロー自身もどこかで見たなと思って記憶を掘り返してみると、数年前にどこだかの遊園地に爆弾を仕掛けた犯罪者のそれと一致していた。爆弾から出てきたバケモノのおかげで多数の怪我人や死人が出ることになった大掛かりな犯行で、プライムシティの治安神話を揺るがす大惨事として当時は結構なニュースになったものだ。

 ――へえ、あいつまだ捕まってなかったのか。

《市民の皆様は、なるべく日没後の外出を控えていただくようお願い致します。また、この男を発見した方、被害に遭われた方は、速やかに最寄の市街警察派出所までご連絡ください》

「外出控えろったってバイト中だよ」

 管理局の衛星放送が終わると同時にホログラムに家電製品のコマーシャルが再開され、歩みを止めていた歩道の人たちも再び動き始めた。イチローも二番街への配達を再開する。

 風に揺れる人工植樹の並ぶ歩道には、家路に着くサラリーマンの姿がぽつぽつと。その背中を眺めながら、イチローは「なんで正社員が定時で帰宅してるのに、アルバイトの俺がこんな残業してるんだ?」と苦々しく舌打ちした。


 せいぜい寄り道して残業代をふんだくってやると硬く決心すると、イチローは鼻息も荒くフルスロットルで路を飛ばし始めた。

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