エピローグ
クリスマスまで数日を残すのみとなったその日。ゆるゆる秘宝堂は未曾有の大混乱に見舞われていた。
珍しくリルカが無断欠勤したと思ったら、そのリルカを誘拐したとか仰る謎の手紙が、店の郵便受けに投函されていたのだ!!
そんなワケで、ゆるゆる秘宝堂は緊急会議の真っ最中。事務所のテーブルを囲んで、店長のぐるぐるメガネ氏、使い魔の魔法の小人、バイトの風呂敷マント少年、最近お店のメンバーの一員となった猫たちが顔を突き合わせて、今後の方針について意見を戦わせている。
「ねえティムくん、怒らないから白状しちゃおう。これ、きみのイタズラだったりしない?」
ぐるぐるメガネ氏が、風呂敷マントの少年にじとーっと視線を送る。
「だーかーらー、違うってばー! ボクは先週 Wish & Tarot のアルバイトで忙しかったの!! やさぐれ兄ちゃんの願い事聞いて、お金持ちのおねーさんの夢に遊びに行ってたから、こんなことしてる暇なんてなかったんだよー」
一見すると公園で遊んでいるお子様にしか見えない。だがその正体は、他愛のないイタズラで人々に笑いを振り撒く夢妖精だったりする。
普通、プーカというと自身のイタズラ心が満足すると、径の向こうの次元に帰ってしまうものだが、彼はこの種にしては珍しく俗な性格で、方舟に降りてあちこち遊び回るのが好きという変り種だった。そんなこんなでいつの間にやら方舟に住み着き、いくつもアルバイトをかけ持ちして生計を立てている。ゆるゆる秘宝堂での売り子アルバイトもそのひとつなのだ。
そのティム少年が、失礼しちゃうなぁもーっと口を尖らせる。
「だいたいボクがイタズラするなら、返信先の住所つけて脅迫状なんて出さないよう!!」
そのとおりなのである。
手紙のなかには、今後のやりとりに使うと指定されたメールアドレスが記されており、過去視もできないよう厳重な秘密鍵プロテクトが施されている。にもかかわらず――なぜか封筒の裏側に、そもそもの送付元住所が記されているのだ。
開発計画が断念されていまは人っ子ひとりいない放棄領域の住所である。なるほど、この脅迫状が真ならばまさしく『らしい』潜伏場所と言える。
しかし話はそれでまとまらない。実は秘宝堂メンバー内で大勢を占めているのは、この手紙が何らかのサボタージュを意図したリルカの自作自演ではなかろうかという意見だった。なにせリルカの姿が見えなくなった日を境に、お店の在庫からごっそり種々の品が消えてなくなっているのである。
非売品のストレージキューブや他の品々はまだしも、七つ集めると願いが叶う魔法の玉を巡る冒険漫画01~14巻が消えているのは明らかに彼女の犯行。物取りの犯行だとすると、残りの二十数冊が手つかずな事実に説明がつかない(おまけに14巻は、物語が一応の決着を見せる巻でもある)。
だが……もちろん最悪なのは、これが正真正銘の誘拐状だった場合である。一同は深く深く溜息をついた。
「「……誘拐犯の身が危ない……」」
あのお嬢を敵に回すとロクな目に遭わないのは、彼ら自身、身をもって味わわされているのだった。
ともあれどうしたものかと一同が唸っていると、事務所に誰かの鳴らしたチャイムの音が響いた。続いてせわしなく扉を叩く音。どしん、どしん。
《ごめんくださーい! こちら、ゆるゆる秘宝堂サンのお宅デシょーか?》
「本日休業の看板立てといたんだけどなあ……。ちょっと説明してくるよ」
ぐるぐるメガネ氏が席を立って、事務所には売り子の面々だけが残された。
猫は小人のとげとげした頭がお気に入りらしく、彼の頭の上に陣取って、丁寧に御髪を舐め梳かしている。猫には喉につっかえた毛玉を吐き出すため、葉先の尖った草を舐めるという習慣がある。それと似たようなものかもしれない。
「結局どーすんの? 百歩譲ってホントに誘拐だったとしても、あのリルカがおとなしく攫われたままでいるわけないじゃん。『誘拐犯が酷い目に遭ってる』に、ボク、今月の生活費ぜーんぶ賭けてもいいよ?」
ねこじゃらし棒を向けて猫の興味を引こうとしながら、そんな不遜な台詞を口にするティム。それを聞いて、むっつりと押し黙っていた小人が机からペンとメモ用紙を取った。さらさらと走り書きしていく。
紙面を覗き見たティムは「あ、それいいね!」と歓声をあげて陽気に笑った。
そこには、こんな文句が書かれている。
『そちらの提示する身代金の三倍額を支払うなら、引き取ってやらんでもない』