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幻代群像 -MystArk-  作者: 水沫ゆらぎ
とある秘宝具屋のバイト店員
14/46

第五話

 その都市には朝も昼もなく、一日のいかなる時間帯に訪れても空は暗く、煤ぶれた灰の色をしている。

 路地の両側には所狭しと雑多な露店がひしめき合い、けばけばしい電飾看板が道往く者を照らし出している。オーソドックスなところで立ち屋台でラーメンを啜っているサラリーマン、その隣でナイトクラブのバニーガールをナンパしている狼男、路肩で念仏を唱えている坊主に、どこかの組織の下っ端戦闘員が、幹部の愚痴をこぼしながらお布施をしているのが見て取れる。

 秩序をイメージして管理局に調整されてきたプライムシティとは、また違った味わいの街並み――方舟五大都市ロンシャオの姿である。

 そしてその灰色の都市を、爆弾魔の通り名で世間を騒がせている男が、肩で風切りながら歩いていた。彼は突き当たった角を右手に折れると、躊躇うことなく続く路地裏へと足を踏み入れた。ずらりと打ち棄てられた廃屋が立ち並び、スプレーで落書きされた壁には、アル中と薬漬け患者がもたれるようにして、仲良く引き攣った笑みを浮かべて転がっている……。

 彼の目的地はその廃屋のひとつ――彼の雇用主が、指令伝達のために使っている隠れ家だ。店主が夜逃げした酒場のようなその建物を見つけると、きぃきぃと軋むスイングドアを押し開けてなかに入った。往時は荒くれ者どもの喚声で賑わっていただろう店内は、いまや明かりのひとつもなくひっそりと静まり返っている。


「おや、お客かい? 珍しいな」

 カウンターの向こうから誰何の声が届いた。薄汚いなりの店主が、振り向きもせずに酒瓶の整理をしている。

「すまないがもう商売は手仕舞いしちまってね。よその店を当たってくんな」

「ンなツレねぇこと言うなよおやっさん。俺みたいな日陰者がこっちで呑める店なんざ、ほとんどねえんだからよ」

「あん?」

 振り返り、爆弾魔を胡乱げな眼差しで見つめる店主だったが、不意に顔に喜色が走った。

「おまえか花火師! クハ、生きてやがったか!!」

「覚えといてくれたようで何より。そっちこそ、とっくにくたばってるものと思ってたぜ」

「けっ、二年ぶりに顔見せるなり生意気な口利きやがる」

 悪態をつきつつも目を細めていた店主だが、爆弾魔が「ジェムの爺さんは?」と口にすると、途端に神妙な顔になり首を左右に振った。

「……死んだよ。例の作戦の後、おまえさんをフロンティアに降ろしてからすぐだったな」

「マジか……。よくしてもらったし、土産話のひとつも聞かせてやれりゃと思ってたんだが」


「冥途の土産ならもう持ってたさ。抱え切れないほどな。やっこさん、随分と満足そうな顔で逝きやがった」

「……ならいいんだけどな」

 この男にしては珍しく感傷的な口振りだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべて言った。

「今日は仕事で寄ったんだ。あれ、借りるぜ」

「階段上って右の突き当たりの部屋だ」

「あいよ」

 爆弾魔は店主に礼を言い、指示された小部屋へと足を運んだ。

 暗幕で仕切られた部屋に入ると、数台のラップトップPCがひっそりと立ち上がっていた。そしてその隣には、ケーブルで接続された思考波通信装置が設置されている。室内には人っ子ひとり見当たらない。つまりは、終日貸切というわけだ。爆弾魔は皮肉げに口元を歪めると、席に座って通話アプリケーションを起動――接続用パスワードを打ち込んだ。

 思考波通信装置に渦巻く光の本流が立ち上り、やがて明滅するエネルギー・ボールの形を取って爆弾魔の前に浮かび上がった。

《アウトサイドを代表してディープダークより。アウトサイドを代表してディープダークより。応答せよ、クリムゾンカラー》

「そのこっぱずかしいコードネーム、どうにかならんかね? ガキの遊びじゃねえんだしよ」


 半眼で嘆息した爆弾魔だったが、光球はその軽口を無視して先を続ける。

『約定の品を』

「へいへい。毎度のご贔屓に、感謝感激雨あられってか」

 爆弾魔は提げていた鞄から大容量ディスケットを取り出し、マシンにセット。光球が指定したアップローダーに、ディスケット内部のファイルを転送し始める。

 ファイル名は『What's you doin'?』――爆弾魔がこよなく愛するオールドエイジの楽曲からだが、その実態はデジタル化した無限循環型炎蛇である。外界に展開されるや否や周囲のオブジェクトを喰らい尽くし、その撒き込んだエネルギーで以って自身のコピーを産み落とすという性質を持ち、デバッグ実行時のテストランでは『誰にも止められない』と続く歌詞そのままの破壊の爪痕を残した逸品だ。

《報酬は汝の指定した口座に偽装会社(ダミー)経由で振り込む手筈となっている、後程確認されたし》

 アップロードが完了すると、光球は満足したように虹色に輝いてみせた。それから不意に明滅して、一回り大きく膨れ上がった。

《さて、もうひとつの約定について報告を願おう》

「全部お見通しってワケかい?」

 爆弾魔はお手上げのポーズを取ってかぶりを振った。


「お察しのとおり、こっちはちとややこしい話になっちまった。俺が表立って動くわけにもいかねえし、現地で見つけた暇人ども雇って連れてこさせようとしたんだが、釣れたのは秘術師本人じゃなくてその弟子だか何だかでよ。いったいどうしたもんかね?」

《――生きてさえいれば手段は問わぬ。引き続き、ターゲットの確保に尽力願う》

「了解。しっかし、いったい何だって一介の秘術師にそこまで御執心なんだ? そいつの腕は知らねえが、別にお宅らの手下にだってそこそこ使える連中のひとりやふたりいるだろ?」

 爆弾魔の疑問符に、光球が不快を示すように赤くまたたいた。

《腕の問題ではない――その者は、現在この方舟で存在を確認できる唯一の『導師』なのだ》

 形式ばったやりとりに欠伸交じりだった爆弾魔だが、にわかに興味をそそられた顔になって口笛を吹いた。

 導師――それはこの方舟世界ではない、どこか別の次元からやってきたとされる者たちの呼び名である。

 方舟の黎明期、大破局によって滅びの危機に瀕していた人類を護り導いた存在――すなわち、導師。彼らの助言によって、人類は『リヴァイアサン・ショック』と呼ばれる大洪水を生き延び、世界を覆った新たな原理原則にアクセスする術、すなわち『秘術』を見出した。まさに現在の秘術師たちの祖とも言うべき彼らだが、その後の消息は不明――誰に知られることもなく、歴史の表舞台から姿を消したとされる。


 つまり、導師はいまだ人類の知り得ぬ幾多の情報・技術等を保持している可能性が極めて高く、彼らとのコンタクトは市外組織アウトサイドにとっても、優先度の高い事案となっているのだろう。

「なーるほどね。お宅らが何を企んでるかは知らんが合点はいった」

 もう少し聞き出したいところではあったが――これ以上首を突っ込んで話をこじらせるのは得策でないと判断し、爆弾魔は次の話題へと移った。

「そういえばよ、先週の風精翼艇爆破の件はいったいどうなったんだよ? せっかくビデオ回して花火の上がる瞬間待ってたってのに、いつまで経ってもうんともすんとも言いやしねえ。仕方ねえから一旦ねぐらに引き返したら、翌日にゃ『愉快犯による犯行』とか断定されるわ……いまだにワケわかってねえんだが」

《そう――その件で汝にもうひとつ仕事を頼みたい》

 朗々と響く光球の宣言とともに、爆弾魔の目の前のディスプレイに、風精翼艇内の様子を映し出したホログラムムービーが立ち上がった。過去視能力者から吸い上げた情報を加工したものだろう。移り変わる場面毎に切り貼りされたそれには、共通する幾人かの男女の姿が見て取れる。


《端的に事情を説明しよう。我々の完全なる計画が、管理局の手の者によって阻止された》

(阻止されたら完全でも何でもねえだろ、このタコ)

 もう少しで口に出してしまうところだった。爆弾魔は胸中で毒づいて、きつくきつく口に栓をする。なんといっても相手はお得意様なのだし、得体の知れなさという点では導師とどっこいどっこい。まかり間違って怨みを買うようなヘマは避けたい。

《汝から件の品を受け取った後、別の要員を使ってそれを風精翼艇に仕掛けさせたのだが……映像の連中によって運び出されてしまったのだ》

「ほほう」

《さらにわからぬのが、連中はいったん運び出したそれを再度別の風精翼艇に仕掛け直し、また運び出すという奇妙な行動を繰り返し――》

「ふむふむ――って何だって?」

 上の空で相槌を打っていたところに突拍子もない内容を捻じ込まれ、思わず素で聞き返してしまう。

《――最終的に、プライムシティのとある喫茶店に持ち込んだ上で解体した》


 聞き間違いだったのかと自分の耳を疑うも、光球の締めの言葉でそれが空耳でないことが確定してしまった。爆弾魔はもう一度、光球が発した台詞を口のなかで復唱してみた。連中はいったん運び出したそれを再度別の風精翼艇に仕掛け直し、また運び出すという奇妙な行動を繰り返し――そして最後に解体?

「わ……ワケわかんねぇな……。まあ起動しなかった場合は、無害な水子に変換されるよう組んどいたからアシはつかねえだろうが」

《汝に頼みたいのはこの一連の事情の調査、および炎蛇爆弾を解体した最後の男の始末だ。他の者はともかく、実際に処理を行ったこの男は、管理局の要員である可能性が非常に高い》

 繰り返されていたホログラムムービーから、二十代半ばと思しき黒髪の、面倒臭げな目つきをした青年がクローズアップされた。男は何気ない風を装って炎蛇爆弾入りの鞄を小脇に抱え込んだが、注意深く挙動を見守ると、演技をする者特有の緊張が身体のそこかしこに現れているのがわかる。……書店で万引きする思春期の少年そのものである。

「……俺にゃどこにでもいるフリーターの兄ちゃんにしか見えねえんだが……」

 光球が異を唱えるように再び赤くまたたいた。

《三十二桁からなる不規則配列の解除コードをわずか数秒で突破する輩だぞ? 一般人であるわけがない。少なくとも汝と同格の秘術師か、呪物判読技能者であることに疑いはないな》


(この初々しい兄ちゃんが秘術師ねえ……?)

 どうにも賛同する気になれず、爆弾魔は映像を見返して顎を掻いた。

 納品した花火が、環境要因によって不発となるようなずさんな仕事はしていない確信があった。それが起動せず例外処理に入って自壊したということは、この兄ちゃんが解除コードを打ち込んだということになるが――そこまでを思い浮かべて、不意にぎょっとする想念が爆弾魔の脳裏を過ぎった。

 ――そういえば俺、パスワード書いた付箋剥がして納品したっけ?

 あの長い文字列を覚えるのが煩わしくて、付箋に直書きしといたんだよな……。

《見せしめの意味もある、消してしまってくれ。……どうした?》

「い、いや何でもない。ええと……その小僧を始末しろって話だな?」

《そのとおり。対象の名はイチロー・カツラギ。もちろん偽名だろう。住まいはプライムシティの三番街にある雑居マンションの一室だが、これほど素直に情報が零れ落ちてきた時点で、明らかに管理局の撒いた罠と思われる。襲撃の際は警戒を――》

 面倒臭ぇ話になってきたなあ……。

 光球が垂れる講釈を話半分で聞きながら、爆弾魔はぼりぼりと頭を掻いて溜息を吐いた。


        *       *       *


「ねえ兄貴ぃ、本当にこのままボスの言いなりで悪事に手を染めちまうんスか?」

「あの花火オタクに逆らったりしたら命がいくつあったって足りゃしねえ。仕方ねえだろ」

 これですでに三度目の問答である。レンタル・ホバーの助手席に座りながら、ジャイアンはむすっとした調子でぼそりと呟いた。スネオは納得のいかぬままホバーのハンドルを切って、廃品や不良資材の掃き溜めのなかを進んでいく。開発計画の途中で打ち棄てられた放棄領域の一角に、彼らが潜伏している掘っ立て小屋があるのだ。

 爆弾魔に命じられたお使いの帰りである。こいつらはあれから、リルカのミストカードの写しを同封した脅迫状をポストに投函、爆弾製作に使う原材料の仕入れに出かけていたのだ。

「そうは言いますけどー。ボスが俺たちに分け前くれるって保障がいったいどこにあるってんですか? 爆弾魔っすよ、爆弾魔! あの無差別殺戮テロの! 仕事が終わったら、口封じでぼかーんってな未来しか浮かばないっス」

「ぐ……」

 捲し立てられ、言葉に詰まってしまうジャイアンである。

 もちろん、彼とてその危険に思い当たっていないわけではないのだ。それでもこうして逃げずに命じられた仕事をこなしているのは、ひとえにこれが大金が転がり込んでくるチャンスでもあるからだ。


 古今、あらゆる人脈は商売を行う上での大切な武器となる。爆弾魔のような後ろ暗い連中とお近づきになりたいと考える者は少数派であり、であればこそ連中の紐つきになることができれば、その取引から得られるリターンは果てしなく大きく見積もれるのだ。

 しかしスネオが口々に危惧する内容もまた正論。しょせん自分たちは使いっ走りに過ぎず、有用さを認めさせられなければあっさりと切り捨てられて文句も言えない。つまり彼らの立ち位置は、賽を振って半が出るか丁が出るかに全財産を突っ込むギャンブラーと大差ない。

「そりゃ生き馬の目を抜くようなこのご時勢、汚い真似も進んでやらにゃ新規顧客開拓なんて夢のまた夢っすけど……それにしたってこりゃねえっス。俺たち、あの嬢ちゃんに飯奢ってもらってるじゃないっスか。この商売、義理だきゃ欠いちゃいけねえって言ったの兄貴っス」

「あー! てめぇもしつけえな! だったらいったいどーしろってんだよ!」

 ついに我慢できなくなってジャイアンが突っかかると、待ってましたと言わんばかりの表情で(しかしその口の端はふるふると震えている)スネオが振り向いて指を立てた。

「お、俺たちで……ボスのこと捕まえて、都市警察に……突き出しちまうんスよ!!」

「……はぁぁぁ!?」

 こいつは藪から棒にいったい何を言い出すのか? ジャイアンは二の句を継げずに口をパクパクさせてしまう。


「お、おま……」

「相手は先週から世間を騒がせっ放しの爆弾魔っスよ? ってことは、俺たちの手で警察に引き渡せば懸賞金もがっぽがっぽ。かてて加えて世のため人のためにもなるし、お天道様も大満足っス!!」

 喋っているうちに内容に心構えが追いついたのか、すらすらと持論を展開し始めるスネオ。まあ、確かに上手くいけば金は入ってくるし、犯罪の片棒も担がないでいいわけで、ジャイアンとしてもまるで文句はない。しかし……。

「そうは言うけどな、いったいどうやって……」

「それをこれから考えるんじゃないっスか」

「考えてねえのかよ!!」

 思わず全力でツッコミを入れてしまうジャイアン。このまま、あの喧しい小娘も爆弾魔のことも綺麗さっぱり忘れて、一から出直してきたほうが遙かに展望が明るい気がしてならない彼だった……。


        *       *       *


「おーい、小娘帰ったぞ~」

「返事ないっスね。寝てるのかな?」

「相変わらず呑気なガキだぜ。こっちゃ朝から花火オタクの使い走りで大忙しだってのによ」

 ホバーから降りて倉庫の外から窓越しに声をかけても、物音ひとつ聞こえない。あの小娘の性格から考えるに、罵声のひとつやふたつ……いやいや、一〇や二〇は飛んできそうなものだが。ひとまず事務所に荷物を置いて、倉庫へと足を運んで扉を開けたジャイアンとスネオは、次の瞬間チョークで描かれた魔法陣を思いっきり足で踏んづけていた。

 すると魔法陣から極太な蜘蛛の糸でできたような檻が生じ、瞬く間にふたりは捕らえられて宙に吊り上げられてしまったではないか!

「ぎゃあ、なんだこりゃ!?」

「なんすかこの粘々した網みたいなのは~?!」

 ボンクラーズの悲鳴を聞いて、倉庫の奥に寝転がっていた人影がゆらりと立ち上がった。凶悪な笑みを浮かべたツインテール小娘……リルカ小姐その人である! 彼女を戒めから解き放ったアナクロなドロイドの姿はなく、窓から差し込む夕日を背にひとりで仁王立ちしている。

「ふっふっふ、やっと帰ってきたわね。オタンコナスども」

「あれ、おまえふん縛っといたのになんで自由の身になってんだよ!」


「わたしの日頃の行いがよかったから、神様が救いの手を差し伸べてくれたのよん♪」

 カモフラージュのために身体に巻きつけておいたロープを振り払い、リルカは身動きの取れないふたりへ悠然と歩み寄る。

「ま、そんなことよりあんたたち、自分の心配したほうが(,,,,,,,,,,)いいんじゃない(,,,,,,,)? さぁてどう料理してあげようかしら……」

 その瞳に浮かんでいるのは嗜虐の色。獲物をいたぶる肉食獣そのままの、見つめられた者の背筋をそそけ立たせずにはおかない攻撃的な色である。

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ったぁ! 俺たちはてめぇを助けに戻ってきたんだよ!」

「……はあ?」

「ボスを取っ捕まえて警察に引き渡すんス! そうすれば爆弾テロはなくなるし、嬢ちゃんも解放されて俺たちも金入ってくるしでみんな幸せっス!!」

「ふーん?」

 リルカは数秒ほどボンクラーズの言葉を吟味した後、脇の机上に置いてある自身のバッグからチョークを取り出した。そして、さきほどの魔法陣のようにまた地面に何やら描き始め、そして絵の中央に透明な石を放り込んだ。


 ……とぷん。

 まるで水面に石を投げ込んだような音を残して、それは魔法陣へと溶け消えてしまう。すると、それと入れ替わるように魔法陣のなかから一匹の火蜥蜴が攀じ登ってきて、リルカに向けてぺこりとお辞儀した。成り行きを見守っていたボンクラーズが目を丸くする。

 リルカが投げ入れたのは魔晶石と呼ばれる品で、径の向こうの生物『幻想種』と交渉する際の貨幣に相当する。つまり彼女は魔法陣を描いて径を開き、接続先にいた火蜥蜴を雇い入れたのだ。その目的は言うまでもなく……。

「……うふふ、嘘つきにはおしおきが必要よね? 火蜥蜴くん、やっちゃって☆」

「「ぎゃああああああああ~~~~っ!!」」

 合点承知とばかりに、勇ましく噴き始めた火蜥蜴の炎に炙られるボンクラーズ。大の男ふたりの涙交じりの悲鳴が倉庫に響き渡る。

 数分後……。

「これだけやっても証言が変わらないなんて……。とりあえず、あんたらが嘘ついてないってことだけは認めてあげるわ」

「うっうっ、もう五分ほど早く認めて欲しかったっス……」

 見るも無残な黒焦げと化したスネオが悲痛な呟きをもらす。


 務めを果たした火蜥蜴が魔法陣のなかへと帰っていくのを見送りながら、リルカは腕を組んで思案に暮れていた。

 こいつらをわたしの計画に組み込む価値はあるかしら? 爆弾魔をどうにかしたいって点だけは本当らしいけど、こいつら戦闘力5どころか、ふたり足して1あるかも疑わしいところだし……。

「うー……まあいないよりはマシよね? 枯れ木も山の賑わいって言うし。しょうがないから、あんたらをわたしの仲間に入れてあげるわ!!」

「いったいどんな育て方をされれば、そこまで上から目線になれるんだおまえ……」

 もはや悪態をつく余力もない黒焦げジャイアンの正直な感想もまるっと無視して、リルカはびしぃっとボンクラーズを指差した。

「で、あんたたち、何か作戦はあるわけ?」

「それをこれから考える感じなんスよ……まあ三人がかりなら何とかなる――」

「わけないでしょーが。間違いなく返り討ちにされるわよ! あんたたちも見たでしょ、あいつのパイロヒドラ」

「はい?」


 まるでピンと来ていない様子のふたりに、リルカは要点のみ掻い摘んで説明した。爆弾魔の飼っているパイロヒドラは、さっきリルカが呼び出した火蜥蜴の何十倍も危険な幻想種であり、扱い方をひとつ間違えただけでこの一帯が焼け野原になりかねないこと。そしてそんなものを手馴づけられる爆弾魔なのだから、他のやっかいな幻想種をぽこぽこ呼び出してきてもまるで不思議でないこと。

「――ってわけで正面切っての取っ組み合いなんてまるで論外よ。あんたらを盾にしてってんならまだわからなくも……あ、それいいかもっ」

「「謹んで遠慮させてください」」

 万事解決とばかりに手を打ったリルカに即座に向き直るボンクラーズ。

 このお嬢ちゃん、人のことを『尻尾が切れてもまた生えてくるトカゲか何か』と勘違いしているのではなかろうか? スネオは思ったが、返事が恐ろしくて確かめる気になれない。

「文句ばかり言うわねあんたたち……。まあいいわ、それじゃわたしのプランに乗りなさい」

「プラン?」

「あんたたちがわたしに一服盛った薬を使うのよ」

 一瞬の沈黙の後、一拍遅れた感嘆の声がスネオの口から漏れ出た。


「おお、なるほど! その手があったっスね!!」

「問題は爆弾魔を誘い込む演技力だけど……それよりあんたたち、なんでそんな変な服着てるのよ! 爆弾魔が帰ってきたら何かあったことがバレちゃうでしょーが!」

「おまえが焦がしたんだろーがああぁぁ!!」

 なけなしの気力を掻き集めて絶叫するジャイアンを尻目に、リルカは計画の細部についてもう一度検討し直し始めた。

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