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幻代群像 -MystArk-  作者: 水沫ゆらぎ
とある秘宝具屋のバイト店員
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第一話

 抜けるような青空を見上げれば、今日も快調とばかりにお日様が燦々と輝いている。

 プライムシティ五番街。街区間公道に繋がるアークルートは、昼食に出てきたビジネスマンたちでひしめき合っている。そしてそんな大通りから一本入ったレトロな路地に、元気のよい「おっはよーございまーすっ」の声が響き渡る。

 声の主は、やっと一○代の半ばを迎えましたといった感じの女の子。

 赤いリボンで結わえられた栗色の髪の毛が制服の背に流れており、そして両手には各種食料品が詰め込まれた『スーパーまるふく』のビニール袋を提げている。

「お師匠ー、もうお昼ですよーっ」

 店のシャッターを上げて裏手の玄関を潜る彼女の碧い瞳に、部屋の様子が大写しになる。

 六畳間程度の空間に、いくつか向かい合う形で配置されたシンプルなオフィスデスク。机上には埃避けのビニールカバーが被せられたラップトップ型端末の他、各々の使用者が持ち込んだ私物が並んでいるが、お師匠こと店の主が愛用している、コンビニ限定キャラクターマグカップ(垂れ鹿なる妖しげな生物が描かれている)の置かれたデスクに彼の姿はない。

 大方、いつもどおりソファに転がっているのだろうと衝立で仕切られた応接室まで足を運ぶと、そこにはダメお師匠の寝姿の代わりに一枚の便箋が残されていた。「リルカちゃんへ」とお師匠の杖で描かれた光彩文字が躍っている。曰く――


『所用で一週間ぐらい出かけてくるから後はよろしく。掘り出し物手に入れてくるから、期待して待っててね~♪』

 便箋に目を走らせた彼女――リルカは思わず首をコケさせてしまう。

「あー、もう! なんだって店番放り出したままどっかに行っちゃうかなぁ!」

 ぷんぷんと頭のてっぺんから湯気を立ち上らせて叫ぶと、そんなリルカの怒りに呼応するように、やかんの噴くような鳴き声が背後から聞こえてきた。振り返ってみれば、キッチンのコンロから顔を出した火蜥蜴が嬉しそうに友愛の歌を囁いている。

「やっほーピィちゃん、久しぶり。ねえ、うちのお師匠どこに行ったか知らない?」

 ダメもとで訊ねてみるが、やはり火蜥蜴にとってそんなことは、興味の埒外であるらしい。ねだるように身体を揺すっては、リルカを期待の眼差しで見上げている。はいはいとやかんに水を入れてあげると、火蜥蜴は待ってましたとばかりに炎を吐いて沸かし始めた。火蜥蜴は四大元素精のなかでもっとも純朴な存在であり、与えられた仕事に奉仕することに、この上ない喜びを感じるのだ。

 無邪気な火蜥蜴の姿に頬を緩ませるリルカだったが、すぐに事態がひとつも進んでいないことに気づいて顔を顰めた。


 ――そう、彼女がこの『ゆるゆる秘宝堂』でアルバイトを始めてからというもの、状況はまったく改善されていないのだ。

「わたしの人生最大の失敗は、卒業検定籤引きでここを引いたことよ!」というのが同期の連中にリルカが溢す十八番である。彼女の通うアカデミー――すなわち秘術師養成校ではインターンシップ制度を採用しており、全教育課程を終了した生徒は卒業証書と引き換えに丁稚奉公してこなければならないのだ。

 もちろんこれには、アカデミーが営利企業であるが故の様々な利権が絡んでいるのだが、そんなことは学徒であるリルカたちには関係ない。彼女たちの焦点となっているのは「当たりを引けますように!」というただそれのみ。それこそ管理局絡みの部署でも引いてしまえれば、そのまま紐付き就職でその後の人生は薔薇色の如しというのが、籤を引く学生たちに共通した観念であろう。

 しかし、実に殊勝なことに――リルカにとってそれは単なる通過点でしかなかった。

 なぜなら、彼女は『方舟秘術師機関』を目指していたのだ。


 そもそも秘術師とは、人類が生きる方舟の理に通じ、宇宙に満ちるエーテルや精霊たちの使役に特化した存在を指す。かつて、地球と呼ばれていたこの惑星に大破局が訪れて以降――地上の大部分は海底に没し、人類はどこまでも続く地獄のような水平線へと漕ぎ出すことを余儀なくされた。大陸と見間違わんばかりの超大型浮体式構造物が建造され、未知の大洋へと船出して人類にとっての新たな生活拠点――すなわち『方舟』となった。そんな方舟の黎明期を導いてきた者たちこそ彼ら秘術師、引いてはそれを擁する管理局に他ならないのだ。

 いくつかの天然資源は枯渇し、いまや市井の生活すべてに彼らの解き明かした新たな世界法則が根を張った。主要な移動手段には風の乙女の協力が必要不可欠だし、ネットワーク犯罪には雇い入れた火蜥蜴を電子化して潜り込ませたりする。秘術師の仕事は多岐に渡るが、なかでも機関の秘術師が担当するのは、都市警察の武装では太刀打ちできない『バケモノ』や『特殊犯罪者』に立ち向かい、市民の安全を守るという名誉ある仕事だった。

 そう、実に子供っぽい話ではあるが――彼女は正義の味方というやつになりたかったのだ。それも大真面目に。


 そんな向上心溢るるリルカだというのに、インターン先で待っていたのは、お店の看板に違わぬユル軽さを誇るダメお師匠。ここでの仕事はというと、そんなダメお師匠がどこからか拾ってくる案件用の元素精霊との交渉・契約書の見積もり作成だったり、お店で取り扱っている妖しげな骨董品――そのほとんどをリルカはガラクタだと思っているが――の掃除やお世話の類ばかりなのだ。今回のように、ろくに引継ぎもせずに店番だけ頼んでどこかに遊びに行くのも日常茶飯事だし、それに……いい歳した大人が、事務所でパジャマ着たまま抱き枕に頬擦りしないでほしい。

 夢の方舟秘術師機関への道は果てしなく遠い……。

 頭の痛い現状に思いを巡らせていたら、だんだん胃のあたりまでむかむかしてきた。だいたい、人がせっかくお土産買ってきてあげた(昨夜まで同期の友人たちと卒業前旅行に行っていたのだ)のに、なんであのダメお師匠はここにいないのだ。わたしがいないと、三食コンビニのカップ麺で済ませるくせに。お腹空かせてるだろうなと思って、ご飯の用意までしてきてあげたのに。お師匠のアホー!!

 どうせ今日だって、開店休業という事実に違いはないのだ。リルカはまるふく印のビニール袋をデスクに放り出し、ラップトップPCを立ち上げた。スロットにミストカードを挿し、配信データをチェック。時節柄か、クリスマスソングのベストセレクションが配信されていたので、それをダウンロードして実行する。


 やけにアップテンポな音楽に聞き入りながらニュースサイトに目を通していると、二番街の一角に『パス』が開くとの警報が出され、近隣住民への強制避難命令が執行されたという見出しが飛び込んできた。径とは、バケモノたちが市街に姿を現すための通行扉のことである。思わず目を見開き、ソースを追っていこうと全文を開こうとした――まさにそのとき。

 事務所から一繋がりのお店のほうで、誰かが入ってくる呼び鈴の音がした。

「おーい、誰もいねえのかー?」

「わっ……いまーす! ちょっと待ってくださーい」

 ああもう、こんな気になるところでっ! 小声でボヤきながら顔を出すと、すでに何やら物色を始めている『アブなそうなお客様』の姿が店内にあった。着崩れした黒服に身を包んだニワトリ頭と太っちょの二人組で、どう見てもこんな閑古鳥の鳴いている古物屋と縁のありそうな風体とは思えない。

「ええと、いらっしゃいませー。どんな品物をお探しでしょうか?」

「いや、ちっと道を尋ねたいだけだ。このへんに秘術師の……って何だこりゃ」

 太っちょのほうが足元に目を止めて眉を潜めた。そこには大人ひとりが潜って横になれそうなサイズの宝箱が置いてあり、虹色にグラデーションしながら点滅する『Lv.7』の特殊フォントがアホみたいな愛想を振りまいている。


「対火対圧呪化鋼板の宝箱型シェルターです」

「……何に使うんだこんなもん」

「家が火事で焼けたりヒットマンに命を狙われてもだいじょーぶ。一応、Lv.7の径が開いても壊れないって触れ込みらしいです」

 胡散臭げに宝箱を見下ろしている太っちょの隣で、今度はニワトリ頭の黒服が飛び上がって悲鳴をあげた。

「ひぃ、苗木が喋った!?」

「あー、それマンドラゴラストーカーです。独り暮らしのお供にって植物なんですけど、世話しなかったり友達連れてきたりすると泣き叫びます」

 薄気味悪そうにおののく黒服たちに解説して、リルカは話の先を促した。

「人を探しててな。腕のいい秘術師のセンセイがこのへんで店をやってるらしいんだが、どうにも場所がわからねえ」

「それってウチじゃないですか? 腕がいいかどうかは知りませんけど、秘術師ですよ」

「……お嬢ちゃんが?」

「あ、失礼しました。わたし店長代理で見習いのリルカです。店長、お店放っぽったままどっか行っちゃったんですよ」

 ぽりぽり頬を掻いて愛想笑いを浮かべると、瞬く間に黒服たちの顔に安堵の色が広がった。


 いまリルカは気づいたのだが、よれよれなのは服だけではなくて中身もだった。影でも落ちているように疲れた顔をしているし、それに何だか……

「兄貴ぃ……」

「おう、やっと辿り着いたぜ」

「もしかしてお師匠に何か御用でしょうか?」

「そのとおり。だが積もる話はあとだな。まずは……」

 ぐきゅるるるるる~。

 何の前触れもなく、黒服たちのお腹の鳴る音が店内に響き渡った。

「……まずは飯でも用意してもらおうか……」

 ふたりとも、その場にばたりと倒れた。




「このご時勢に、ミストカードに一クレジットも入れてねえ奴がいるか!!」

「死んだじっちゃんの遺言で、お上に金は預けないことにしてるっス。それに元はと言えば、兄貴がどっかに自分の財布落としちまったのが悪いんじゃないっすかぁ」

「あーん? てめぇ、俺に口答えするつもりか?」

「ちょっとぉ、弱い者イジメはやめなさいよ」

 蹴たぐられる子分を見かねて制止すると、太っちょは悪態をつきながら元の椅子に腰を下ろした。太っちょの暴力から逃れたニワトリ頭は、女神でも見つけたかのような崇拝の眼差しをリルカに送ってくる。まるでお店に置いてるパルプコミックみたいな連中だとリルカは思う。

「こっちがジャイアンで、そっちがスネオかしらね」

「はあ?」

「気にしないで、独り言だから」

 古典的なギャグをやらかして倒れた連中を店から放り出すわけにもいかず、仕方なく事務所に連れてきてありあわせの材料で料理を作ってやったのだが、これがまた次から次へとよく食べる。欠食児童さながらのその勢いに呆れていると、何でももうニ、三日公園の水だけで糊口を凌いできたのだと連中は言う。


 方舟五大都市のひとつ『ロンシャオ』からやってきたという連中は、お店の位置を登録しておいたジャイアンのミストカードを紛失したために、地理感のないプライムシティをあちこち彷徨い歩くハメになったというワケらしい。

「うう、通りを歩けば鬼みたいな主婦に水引っ掛けられたり、公園に逃げ込めば猫の集団に追っかけ回されたり。もう散々だったっス……」

「あんたたちの苦労話なんてどうでもいいわよ。それより、わざわざロンシャオからお師匠に会いにきた理由ってのを教えてもらいましょうか?」

 助けてやった気安さも手伝ってか、すでにリルカの言葉に客に対する敬意など跡形もない。

「そいつをお嬢ちゃんに言うわけにゃいかねえなあ」

「ふーん、無銭飲食で警察に突き出されたいってわけね? 番号いくつだったかしら……」

 懐から携帯端末を取り出して適当な番号を打ち込むと、慌ててジャイアンが止めに入る。

「ちょ、おま、いきなり最終手段に走るなっ」

「走られたくなかったら、洗いざらい白状しちゃうしかないわねえ?」

 上機嫌でのたまうリルカに開いた口の塞がらないジャイアン。「まったく、最近のガキは」などと毒づきながらも渋々説明し始める。


「見てのとおり、俺たちゃとある組織の一員だ。主に地上げやら何やらで金を稼いでるんだが、つい先日かなり困った事件が起きた」

「組の土地がいきなり隆起やら土砂崩れだのを起こし始めたんス」

 どかーん、と火山が爆発するような手振りをするスネオ。

「誘致施設の建設計画を進めていた矢先にそんなのが起きたもんだから堪ったもんじゃねえ。整地に投資した金も業者との交渉に費やした金も全部パー。おまけに掘削機械まで故障して、とうとう組長の堪忍袋の緒が切れた。最初は敵対してる組の妨害工作かと思ったんだが、探偵雇って調べさせてみた結果はシロ。あとはもう土地神さまの祟りだ何だののオカルト絡みしかねえだろ? それで秘術師のセンセイにご登場願うってことになったわけさ」

 疲れきった様子で嘆息するジャイアン。リルカはというと、実は心のなかで感嘆の呟きを口にしていた。へえ、ジャイアンのくせに意外と筋の通った話をするのね。

 精霊の存在が公に認められていなかった時代でも、お婆ちゃんがテレビを叩いたら直った、急に携帯端末からメモリが吹っ飛んだ、サーバールームに神棚を置いたらトラブルが減った、などの怪談には枚挙暇がない。彼の言うとおり、土精のゴブリンが地盤にいたずらしてたり、掘削機械の燃料をグレムリンが持っていったというような可能性もないではない。――と、そこでリルカの脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。


「なんでウチなのよ? 別にロンシャオにだって秘術師ぐらいいるでしょ?」

「……そ、そりゃあ、ここのセンセイの腕は評判だからな……先代も失くしたモノを霊査してもらったらしいし……」

「なーんか怪しいわね」

 太字ゴシック体で「ぎぎくぅ」と書かれた連中の顔を見ながらジト目で一言。

 まあ予想はつく。大方、問題の土地を違法すれすれで手に入れていて、大手の法人事務所に頼むといらぬ悶着が起こるかもという話なのだろう。その点、ウチみたいな弱小個人の秘術師店なら、うるさいことにはならないというところか。正義の味方を目指すリルカとしては甚だ納得のいかぬ話ではあるが、連中の狙いは概ね正しいと言わざるを得ない。

「まあいいわ、いくら怪しくても人脈に罪はないものね。ともかく、あんたたちの事情は把握したわ。そこでわたし思ったんだけど――」

 リルカはちょんと人差し指を下顎に当てる仕草とともに、

「その話、お師匠じゃなくてわたしが面倒を見てあげる」とにっこり微笑んで宣言した。

 目を点にしたスネオとジャイアンの脳にリルカの台詞が染み入るまで数秒……。

「「――――はあぁぁぁぁああッ!?」」

 悲鳴にも似た二人組の叫び声が事務所にこだました。

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