リセット
5年後―。麻里は新たに就職した会社で、アシスタントとして働いていた。そこは小さな建築事務所。雑用が多く、忙しいながらも、麻里は楽しく仕事をこなしてた。
週末になると、麻里は劇場で、ひとりでレイトショーを楽しんでいた。上映も終わり、終電でマンションに戻る。すると、ちょうどエントランスで見知らぬ男性がオートロックを解除していた。麻里は、会釈をして一緒にマンションの中へ入る。そして、エレベーターに乗ると、同時に5階ボタンに手を伸ばした。気まずくなって、お互い愛想笑いになる。すると、その男性から、
「あの~、こちらの方ですよね?」
と聞かれ、麻里はためらいながらも返事をした。そのとき、ちょうど5階に到着した。深夜ともあって、ふたりは小声で話をする。
「あ、今度3号室に越してきた真田です。すいません…。挨拶が遅れて」
恐縮している。麻里も慌てて、
「8号室の高岡と申します」
と、挨拶をした。3号室の前に差し掛かると、
「何度か伺ったんですけど、お会いできなくて。あ、待っててくださいね」
真田は急いで鍵を開けると、小さな紙袋を手に、
「これ、つまらないものですが…」
と律儀に挨拶の品を差し出した。
「わざわざ、ご丁寧に…。それじゃ、遠慮なく」
麻里は受け取ると、「あ、じゃ失礼します。おやすみなさい…」と、もう一度お辞儀した。
麻里は部屋に戻ると、シャワーを浴び、のんびりと過ごしていた。そしてパソコンを立ち上げ、今夜の映画の感想をブログに書いたり…。ふと、頂いた紙袋が目に入った。開けてみると、それは入浴剤のセットだった。同封されていたカードには、
《お世話になります。よろしくお願いいたします。 真田慶二 (さなだけいじ)》
と丁寧な文字で書かれていた―。
ある日、麻里はマンションの前でタクシーを降りると、エントランスで鍵を探していた。…飲みすぎて、足元がふらついている。バックの中をゴソゴソやっていると、
「こんばんは」
その声は真田だった。
「俺、開けますよ」
そう言ってオートロックを解除してくれた。麻里は、とりあえず中に入ろう歩き出したが、酔って千鳥足になっている。
「大丈夫ですか~?」
「………」
エレベーターに乗り込んでもなお、麻里は鍵を探していた。5階に到着すると、ふらふらと歩き出す。真田は心配になって、麻里の後を追っていた。
「あった」
麻里は真田のほうをむいてニッコリ微笑むと、鍵を開けて室内へと転がり込むように入っていった。真田は小声ながらも、
「ちゃんと施錠してくださいね~」
と麻里に声をかける。ガチャっと鍵の閉まる音を聞くと、真田も自分の部屋へと戻ったのだった…。