ブルームーン
「乾杯!」
今夜は親睦会。親交を深める…という名目の、要するに飲み会だ。居酒屋のお座敷を貸し切って、総勢20人。若手がメーンになっている。
「ドキドキする!」
敦子は、営業の山下と仲良くなりたくて、チャンスをうかがっている。
「あんまり飲みすぎないでね」
麻里が釘を刺すが、敦子には聞こえていないようだった…。
「あ、今なら大丈夫かなぁ?」
敦子はビール瓶を片手に、準備万端といった様子。
「先輩、お願いします!」
山下とは、ほとんど面識はなかったが、麻里は先輩として、一肌脱ぐことにした。
「山下さん」
「お~、受付嬢のお二人さん」
…酔ってる。麻里は、不安に感じつつも、
「あ、こちらは…」
「園田敦子です。あ、ビールお注ぎします!」
「お、気が利くね」
「そんな~」
…敦子は物怖じせず、積極的にアタックしている。
「麻里」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには岡田の姿があった。カバンを持って、帰り支度を整えている。
「あ…、岡田くん」
ふたりはお座敷を離れて、少し静かな場所へ移動した。
「俺、もう帰るけど、麻里はどうする?」
「私も帰りたいところだけど、敦子が…」
麻里の視線の先には、山下と楽しそうにおしゃべりをしている敦子の姿があった。
「山下さん…。敦子ちゃんの手には負えないと思うよ」
「そうなの?」
「深入りしないほうが賢明だ」
「…わかった。ありがと」
「じゃ、麻里も気をつけて帰れよ」
「うん。お疲れさま」
「お先に…」
麻里は岡田を見送ると、お座敷に戻って、ふたりの監視を始めるのだった。
「そろそろお開きで~す。このあと、二次会に参加される方は―」
麻里と敦子は、ふたり揃ってお手洗いへ。パウダールームでメイクを直していると、敦子が鏡越しに話しかけてきた。
「先輩!このあと、山下さんから『ふたりで飲み直さないか』って誘われたんです~!」
と、嬉しそうにしていた。岡田に忠告されたけど、敦子が本気なら引き止めるのも良くないのかな…と、そんなことを思いながら店を出ると、山下は秘書室の北原さんとタクシーに乗り込み、そのままどこかへ消えてしまった。
「ふたりも二次会行くよね?」
幹事の斎藤さんに声をかけていただくも、
「あ、すみません。これで失礼します」
麻里は敦子の腕をひっぱり、その場から立ち去った。ヤケ酒になると大変だからだ。
麻里と敦子は、酔い覚ましにジュースバーでスムージーを買うと、夜の公園へ。
「あ~あ、なんでこうなるの~?」
敦子はショックを隠せないでいた。でも、敦子が山下のことを深追いしないでくれて、麻里はホッとしている。公園には噴水があって、夜はライトアップされている。ふたりはスムージーを飲みながら、その噴水を眺めていた。空を見上げると、そこには満月が…。なんだか、ブルーに光って見える。
…よく見ると、暗がりに男女の人影が。こちらには、気がついていない。あれは………、川原さん―。麻里の表情が曇る。敦子も、暗がりの男女に目をやった。
「川原さん!?」
そのとき、ふたりは抱き合った…。
「敦子、行こ」
麻里は無理をして、平静を装っている。
「きっと、なにか事情があったんですよ…」
敦子が必死にフォローしてくれるが、何を言われても耳に入らない。そのまま無言で駅にむかった。
「先輩?大丈夫ですか?」
「…うん。ごめんね。また、明日」
敦子を電車に乗せると、麻里はホームのベンチで動けずにいた…。