ファジー
翌日、麻里は仕事を終えると、着替えを済ませ会社を出るところだった。すると、エントランスには川原の姿が―。長い足をクロスさせ、ぼんやりとしている。
「川原さん。どなたかと、お約束ですか?」
麻里が声をかけると、
「これ…、忘れ物」
川原が手にしていたのは麻里のリップスティックだった。
「あ!すみません。どこかに落としたとばかり…。ありがとうございます」
麻里は川原から受け取る。
「でも、連絡していただければ、こちらから伺いましたのに。…これだけのために?」
すると川原は、
「あ、その…、よかったら食事でも…」
と、言いかけたとき、川原のお腹がグゥ~っと鳴った。麻里はクスッと笑って、
「喜んで」
と答えたのだった―。
食事を終え、川原は麻里を駅まで送ると、
「また本部に戻らないといけないんだ」
と、足早に消えてしまった。
麻里は自宅に戻ると、川原にメールをすることに。
《ごちそうさまでした。お仕事、がんばってくださいね!麻里》
川原は麻里からのメールに、顔をほころばせていた…。
「先輩、あれから川原さんからお誘いはないんですか?」
敦子の言葉に、麻里はドキッとしていた。確かに、あれから1週間以上も連絡がない。
「忙しいんじゃない?」
麻里は強がってみせるのだった。この、あいまいな関係に、麻里はもどかしい思いをしていた…。
仕事が終わってロッカールームで着替えをしていると、
ブー ブー ブー
麻里のスマートフォンが鳴る。
「川原だけど。今日は、ゆっくり食事ができそうなんだ。よかったら…」
「はい!」
麻里は電話を切ると、自然と笑みがこぼれた。それに気がついた敦子が、
「あ~!川原さんなんでしょ~?」
「えへへ…」
「それじゃ、楽しんで来てくださいね!」
「うん」
敦子と別れて、麻里は川原との待ち合わせの場所へ急いだ。
ふたりは川原行き着けの居酒屋さんへ。まずは、ビールで乾杯。ふたりで、いろいろな料理を注文する。
「私、料理は好きなんだけど、ひとりだと…」
そう言いながら、麻里はサラダを取り分けている。
「あ、でも、カレーライスは好きだから、そのときはたくさん作るんですけどね」
と付け加えた。すると、川原が、
「それじゃ、今度作ってもらおうかな」
と優しい笑顔を見せてくれる。麻里はそれだけで幸せな気持ちになっていた。
「えっと…、それじゃ―」
食事を終え、川原は迷っているようだった。麻里は、
「もう1杯、飲みに行きませんか?」
強引に誘いかける。
「それなら…」
「じゃ、行きましょう!」
そして、ふたりはオシャレなbarへ…。
「…すごいね」
カウンター席は、ゆったりくつろげるソファー席。テーブルは水槽になっている。
「好きな人と、絶対に来たかったんだ~。…あ」
麻里は自分から告白してしまった。
「えっと、敦子!ほら、受付の後輩なんだけど、あの子がそんなこと言ってたから…」
川原は、そんな麻里を愛おしい…と思うようになっていた―。