カオス
ひとりで過ごす週末。麻里は繁華街の書店を訪れていた。そこは以前、通り魔に襲われた場所のすぐ近く。『もう、怖くない…』そう自分に言い聞かせるが、やっぱり足が震える。
買ったばかりの雑誌を胸に抱きしめ、雑踏から抜け出し、都会のオアシス・海の見える公園へ立ち寄った。ベンチに腰をかけていると、麻里のスマートフォンが鳴った。…真田からだった。
「あれ?まだ帰ってないの?」
「あ、もう家に着くところ…」
嘘をついた―。
「そうか。明日、お土産買って帰るからね!」
「…うん。ありがと」
麻里は電話を切ると、大きなため息をついた。川原とはすれ違いばかりの日々で、いつも寂しい思いをしていた。それなのに、今はこんなに会いたいなんて…。溢れる涙を拭っていると、
「彼女、ひとりなの?」
見知らぬ男に声をかけられた。麻里は慌てて、その場を立ち去ろうとする。しかし、
「…泣いてるの?俺が、慰めてあげようか?」
男が麻里の肩に手を伸ばしてきた。そのとき、
「オイ」
振り返ると、そこには川原の姿があった。男は『チッ』と舌打ちすると、足早に消え去った。
「…どうして?」
麻里が震える声で尋ねると、
「ひとりじゃ危ないだろ…。送るから―」
麻里は川原の言葉を遮って「大丈夫」と、言い放つ。しかし、このまま置いて帰る訳にもいかず、
「いいから、クルマに乗れよ」
川原が、麻里の腕を掴もうとしたそのとき、
「ひとりで来たんだから、ひとりで帰れるわ」
麻里は強い口調で言い返す。だけど、瞳には涙が溢れている。川原は麻里を抱き寄せると、
「困らせないでくれ…」
とつぶやいた。麻里は緊張の糸が途切れ、川原の腕の中で、泣きじゃくる。ふたりは導かれるままに、川原のマンションへ―。
麻里はリビングでサイドボードのグラスの中に鍵を入れてあることに気がついた。それは、麻里が川原に返した、この部屋の合鍵。麻里が結んだ赤いリボンが、そのままの状態になっていた。
「これ、ずっとこのまま…?」
麻里が振り返ると、
「あぁ」
川原は麻里を強く抱きしめると、
「誰にも…、渡したことはない」
とつぶやいた。そのまま、ベッドに倒れ込む―。
「また、…俺に抱かれてもよかったのか?」
川原の言葉に、
「だって、嫌いになって別れた訳じゃ―」
麻里は川原の首に腕をまわした―。くちびるが触れあうたびに、心の片隅で凍り付いてた孤独で寂しかった夜の記憶が、波にさらわれて泡のように消えていく。叶わない恋だとわかっていても、今はこのままで…。




