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ノスタルジア

 麻里は、川原のことばかり考えていた。あのとき、自分で別れを決めたのに―。


「どうしたんですか?ボーッとしちゃって」

 麻里は敦子の新居へとおじゃましていた。敦子は寿退社をして、今では1児の母である。退社以来、連絡を絶っていたが、偶然、街で再会し、こうして招待を受けることに。インテリアの勉強をしてることを話したら、ちょうどリフォームを考えていた…という敦子の依頼を受け、プランを立てたのだった。

「素敵ですね!ありがとうございます」

「まだまだ経験が足りなくて…。社長に手伝ってもらって、なんとかここまで」

「先輩、…元気そうで安心しました」

 敦子の優しい微笑みに、麻里も自然と穏やかな気持ちになっていた。そんなとき、奥から子供の鳴き声が…。

「あ、ちょっとすみません!」

 敦子がお昼寝から目を覚ました娘の咲子 (さきこ)を抱いて、リビングへ戻ってきた。

「可愛い…」

 麻里は、咲子の小さな手を優しく握った…。

「敦子、幸せだね」

 麻里の言葉に、敦子はニッコリと微笑んだ―。



 仕事が終わって麻里は自分の部屋でぼんやりとしていた。そのとき、真田から連絡があった。

「仕事が終わったんだ。ご飯は、もう食べた?何か食べに行こうか?」

「あるものでよければ、用意するから…」

 そう言って、麻里は電話を切った。しばらくすると、インターホンが鳴り、真田がやってきた。


「美味しい!」

 麻里が温めたカレーをほうばっている。

「ごめんね。作り置きのカレーで…」

「ううん。そんなことないよ。あ、麻里ちゃん食べないの?」

「帰ってから、すぐ食べたから」

 …嘘をついた。胸がいっぱいで、食欲がないなんて―。

「ごちそうさまでした」

 麻里が片付けをしようと、食器に手を伸ばしたとき、

「あれ?指どうしたの?」

 麻里の指の絆創膏を見て、真田が驚いている。

「あ…、さっき包丁で切っちゃって」

 サラダを作っているときに、手を滑らせて切ってしまったのだ。

「大丈夫?」

「うん…。コーヒー淹れるね」

 いろんな感情が入り乱れて、麻里の頭はパンク寸前だった。


 真田に抱かれていながらも、心の奥では刺激を求めている…。麻里は起き上がってベッドから出ると、バルコニーのガーデンチェアに座って星を眺めた。おはようのkissで目覚めて、朝食の準備をする。コーヒーの香りと子供たちの笑い声…。そんな幸せな光景を想像してみた。真田なら与えてくれるのかもしれない。

 

 耳の奥に残るあなたの声も、優しい瞳も、すべての記憶を消してしまえば…。そうすれば、きっと―。麻里は頬をつたう涙を拭うと、またベッドに戻って眠りについた…。

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