フォーカス
突然の雨に、高岡麻里 (たかおかまり)は慌てて近くのオフィスビルに飛び込んだ。雷も鳴っている。
とりあえず、カバンからスマートフォンを取り出して、会社に連絡をする。
「敦子?ごめんね。近くまで帰ってきているんだけど、どしゃ降りで…」
話しの最中に空が光る。
「キャッ!」
麻里は思わず叫んでしまった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「…大丈夫」
なんとか返事をする。しかし、また光るのではないかと気が気でない。
「あ、先輩にお電話がありましたよ」
敦子が続ける。
「Nシステムの藤原さん」
「そう…。ありがとう」
電話を切って空を見上げるが、雨は止みそうにない。この雨で、立ち往生しているビジネスマン風の二人も様子をうかがっている。
「俺、クルマとってきます」
と、ひとりが雨の中を走り出していった。麻里は、この時間を利用して、もう1件電話をかける。
「あ、もしもし。拓未興産 (たくみこうさん)の高岡と申しますが、営業の藤原さんを―」
『拓未興産…』川原春樹 (かわはらはるき)は、麻里の会話が耳に入った。そして、電話を終えるのを待って、
「会社に戻るなら送りますよ」
と、麻里に警察手帳を提示した。
「ありがとうございます。助かりました!急に降り出すから…」
麻里は後部座席で、濡れた髪をハンカチで拭いていた。そのとき、また空が光った。
「キャァーーー!」
麻里は大きな声で叫ぶと、耳を塞いでいた。
「す、すみません」
「…無理もないさ」
川原は苦笑していた。
ほどなくすると、クルマは麻里の勤める会社に到着した。
「どちらにご用でしょうか?取次ぎいたしますが…」
と、麻里は名刺を差し出した。
《拓未興産(株) 受付 高岡 麻里》
「あぁ、リゾート開発部の小林さんを」
「わかりました。あ、エレベーターはこちらです」
地下の駐車場から、2階の応接室へと案内をする。すると、敦子が麻里の姿を見つけて「先輩!」と大きな声を出したが、後ろの二人に気がついて、舌をペロッと出した。
麻里は「a21の小林さんにお客様」と敦子に内線の指示をする。そして、二人を応接室まで案内すると、
「それでは、こちらでお待ちください」
とお辞儀をして、受付へと戻った。
「先輩、大丈夫でした~?」
受付の後輩・園田敦子 (そのだあつこ)がのんびりと聞いてくる。
「まぁ…ね」
一応、心配してくれているようだ。
「それより、今のお二人は、どなたですか?」
「警察よ。警視庁の…」
「えっ?警察?」
敦子が大きな声を出す。
「シッ」
麻里が口に人差し指を立てると、敦子も同じように真似をする。
「用件は聞いてないけどね」
二人でヒソヒソやっていると、
「どうも!」
小林は軽く手を上げて、持ち場の部署へと帰って行った。そして、
「どうも」
と、刑事の二人が挨拶に来た。麻里と敦子は並んでお辞儀をすると、
「あ、これ俺の名刺」
《警視庁刑事部 捜査第一課 川原 春樹》
麻里に手渡す。
「こちらこそ、ありがとうございました」
麻里は深々と頭を下げ、二人をお見送りした。
「…小林さんは、シロか」
敦子の言葉に、麻里は小さく笑った…。