表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第一章 赤い目の少年と黒の女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/47

第七話 洋食屋レメゲトン

 久世邸でのドロドロの愛憎劇を打ち切ったのは、久世ではなくアミィ自身だった。

 口を開けたものの、モゴモゴと何を言っているのか分からない彼に代わり、アミィは顔を上げた。

「旦那様。私の所有権を、どうか放棄なさって下さい。これ以上、旦那様や奥様にご迷惑をおかけできません」

 声はかすかに震えていた。しかしこわばっているものの、表情に迷いや怯えはなかった。

「私はビーストです。お客様の生活を豊かにすることが、私の喜びです。お客様の不幸は、私の悲しみです……旦那様のお心を追い詰めてしまった事、奥様の優しさを裏切ってしまった事を、本当に、申し訳なく、思います」

 そう言ったきり、再びうつむいた。


 久世も、久世夫人も、同様にばつの悪い顔になっていた。

 アミィは従順で、大人しい家政婦として生み出された。

 その従順さによって生み出されたのが、残念なことに、この昼ドラ展開だったのだろう。

 だが、最後に彼女は久世でなく、自身の良心に忠実となり、自分が唯一持つ権限「所有者が持つ所有権の拒否」を発動した。

 彼女の希望通り、久世は所有権を放棄。仕える者のいない、宙ぶらりんの存在となったアミィは、その後モンペリエの塔へと保護された。


「いらっしゃいませ……あ、光さん!」

 ずいぶんと新しい職場にも慣れたらしい。アミィはエプロン姿で、きらきらとした笑顔を浮かべ、出迎えてくれた。後ろで一つにまとめられた髪も、鮮やかな橙色に輝いている。

「調子は? 慣れてきた?」

「はい。店長さんも、お客様も優しくて、良くしていただいてます」

 窓際の席に、サキムニと座る。相変わらず、店内はほぼ満席だった。

 会社員から、学生らしき若いグループまで、客層の幅はなかなか広い。

 主体性のないサキムニは、いつも日替わりランチを注文する。メニューで悩むときりがない性格なんです、とは本人の弁だ。


 私はオムライスを注文した。

 途端、サキムニからげんなりした声が、投げかけられた。

「光先輩ぃ、三日連続オムライスですよ。飽きませんか?」

 どこへ行っても日替わりランチを頼む男から、呆れた視線も注がれた。何だろう、この腹立たしい気持ちは。

「ここのオムライス、卵にチーズが混ぜてあって、どこよりも美味しいの」

 つい、ふてくされたような返答をしてしまった。注文票にオーダーを書き込んでいたアミィが、くすり、と笑った。

「店長さんにそれ、伝えておきますね。お調子者だから、きっと喜びますよ」

「じゃあ、ついでにデザートとかオマケしてくれたら嬉しいな、とか言って欲しいな」

「それとなーく、言ってみますね」

 晴れやかに笑い、アミィはカウンター奥の厨房へ引っ込んだ。カウンターには酒瓶が多種多様に並んでいる。そういえば、夜はバーも営んでいる、とアミィが言っていたか。


 先輩ずるい、とサキムニの拗ねた声が聞こえた。

「一人だけ、デザート……」

 日替わりランチも含め、ランチメニューには、サラダとスープしか付いてこないのだ。

「デザート付いてきたら、半分上げるから」

 よく冷えた、ほのかにレモンの香りがする水を飲み、ステンドグラスのような窓へ目を向けた。

 外観と同じく、内装も木で統一され、落ち着いた空気が漂っている。一歩外に出ると、にぎやかな商店街、というのが嘘のようだ。

 客もその雰囲気を愛しているのか、会話は自然と、ささやき声になっている。


「おいおい、マジかよ! そんなに褒められちまったのか?」

 そのささやき声を、一気に吹き飛ばすような声が、厨房から飛んで来た。かすかにアミィの声も聞こえるので、件のお調子者な店長と話しているのだろう。

「本当にお調子者ですね」

 身を低くして、どこか楽しそうに、サキムニがささやいてくる。うん、とうなずき返した。

「そっか、そっかぁ。んじゃあ、ちょっくら挨拶するしかねぇなぁ」

 声が厨房からホールへ近づいてきた。

 お調子者にも程があるだろう。

 半ば呆れて振り返ると、どこかで見た褐色肌の、ふわふわした黒髪の若者が立っていた。


 相手も、ガーネットを連想させる瞳を丸くして、口をあんぐり開いている。

「あらま。あなたがここの店長なんだ」

「あらま、じゃねぇよ! なに普通に、飯食いに来てやがんだよコラ! 人のことぶっ殺しといてよぉ!」

 殺す、という言葉に、店内が半ばざわつく。

「だって、あなたが店長って知らなかったし」

 頬杖をついたままの私の傍らで、サキムニが素早くウィッカを操っている。

「あ、本当だ。登記簿上のオーナーは、えーっと、メフィスト、さんの所有者さんになってますが。管理責任は、メフィストさんに委託されてますね」

「おぉ、やるじゃねぇか、ウサ公」

 腕組みをして、メフィストはエラそうに鼻息を吐いている。そのウサ公が、君を車の下敷きにしたんだよ、と今は言わずにおこう。

 代わりに、出来るだけ柔らかな口調で、弁解する。

「こっちもアミィさんの様子が気になって、通ってたんです。それにここ、味も美味しいですし」

 途端、メフィストが破顔した。

「なんだよ、なんだよ! べた褒めしやがってよぉ! あ、ひょっとしてお前ぇ、俺に気でもあんじゃねぇのか?」

「いえ、それだけはございません」

 首を振って即答した。こいつ、どれだけ短慮なんだ。

「あぁ?」

 こちらの冷めた声音にすぐさま、強面に戻る。私のブラウスの袖を掴み、すがりついてくる半泣きのサキムニが、視界の隅で震えていた。


 ずい、と顔を近づけて、メフィストが唸る。間近で見ると、申し訳ないが、ますます幼く見える。サキムニと、さして年齢は変わらないような。

「調子こいてっと、出禁にしてやるぞ? あぁコラ?」

 他のお客なんてお構いなしに凄んでくる彼を、アミィが諌めた。

「店長、光さんは私の恩人なんですよ!」

「でもよぉ」

 彼女へ振り返ったメフィストは、半ば弱腰になっていた。

「こいつが邪魔しやがらなかったら、アミィの姉ちゃんもさっさと、ビール腹親父とヒステリック婆から、オサラバできたんだぜ?」

「代わりにきちんと、旦那様と奥様にお礼も言えましたし……お返しするものも、返せましたので」

 拗ねた彼をなだめるアミィの胸元に、ネックレスはもうなかった。

 そしてこちらの休憩時間も、なんだかんだで残り少なかった。

 店長頼みますよー、と、三人がかりで褒めちぎってランチを作ってもらいつつ、青柳に「チンピラに因縁を付けられたので遅れます」と、メールを送ることも忘れなかった。

 なお、デザートは、当然付けて貰えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ