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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第一章 赤い目の少年と黒の女
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第五話 昼ドラ

 ビーストたちにはそれぞれ、人智を超えた特異性を与えられることが多く、アミィには予知能力を期待された。

 実際問題として、現代科学で予言者の誕生は不可能だった。しかし、五感と過去の記憶を強く結びつけ、的中率の高い直感へと昇華させる能力を持ったビーストは生み出せた。

 彼女はその直感力を、専門知識を要する久世社長の業務よりもむしろ、日常の些細な出来事──たとえば外出時の雨傘の必要性について、たとえば遠足でのオヤツの選択について等々──において、役立てていたという。つまり、所有者の久世本人よりむしろ、彼の一家に貢献し、また接する時間も長かった、と彼女の情報には記載されていた。


 では、最も多く接していたであろう、久世夫人と何か、口論でもしたのだろうか。

 いや、それこそ邪推すべき内容ではない。これから面談を開き、お互いの心の澱を取り除いてもらうのだから。

 もちろんそれは建前で、たいていはビーストを所有者に返して、こちらはそそくさと退散。あとは野となれ山となれ、なのだが。


 人手不足による、アフターケアの杜撰さに軽く胃を痛めていると、久世邸が見えてきた。

 幸い、モンペリエの塔による妨害行動はない。広場の騒動で諦めたのか、それともメフィストが本当に死亡して、後処理に大忙しなのか。

 後者だとしたら、大変申し訳ないことをした。

 回線を、サキムニのデスクへ繋ぐ。間延びした声が応答した。

「あれぇ、光先輩どうしましたー?」

「感電死させて、ついでに車で潰した子だけど」

「駅前の監視カメラにその後、生き返って、自分の血だまりにビックリして、掃除のおじさんに謝ってる映像が映って……あ、待ってください。今、一緒に掃除してますね」

「意外に律儀だね、あの子。あと、私のカメラの映像で、調べて欲しい箇所があって。説明しづらいから、あんたのウィッカに詳細送るね」

「了解でーす」

 念のためなんだけど、と言い訳をして、サキムニへメールを送ったところで、久世邸の大きな門が開いた。


 門だけでなく、庭も広く、また手入れが行き届いている。絵に描いたような会社社長の豪邸だ。あ、池もあった。どうせ、錦鯉もいるのだろう。

 邸宅から飛び出て、アミィを出迎えたのは、久世社長本人だった。恰幅のいい体で両手を広げ、全身から喜びを醸し出している。

 その半歩後ろに、キュッと髪をしばりつけた、品の良さそうな女性がいる。おそらく久世夫人だろう。しかし、夫と対照的にその表情は、氷海を思わせる、暗く攻撃的なものだ。

 直感力のビーストに引っ張られたわけではないだろうが、まさか、という思いがよぎる。

 

二人に対してウィッカを開き、個人情報を表示。プランシー社の人間であることを証明する。

「お待たせして申し訳ありません、久世様。アミィさんを、無事お連れしました」

「アミィ! 心配したよ!」

 こちらの形式ばった謝罪なんて目もくれず、久世はアミィの前にひざまずき、大仰に自分の非を詫びている。いつも仕事を押し付け過ぎたんだね、云々かんぬん、と。

 一方の久世夫人は、型通りの謝罪に、型通りのお辞儀で無表情に応対。

 しかし顔を上げながら、一瞬だが、アミィを射殺しそうな目で見つめた。


 本来ならばこのまま自宅に上がり、ビーストが逃亡した理由について確認し、今後の改善点等を案内するのがベストな事後処理方法である。しかし前述のとおり、こちらは人手不足。ここも、形式的に済ませるのが通例。

 なのだが、どうも首筋がむずついた。

 すぐ本社に戻って、青柳にも報告しなきゃいけないんだよ、と心の冷静な部分がささやく。

 しかし、お節介でお人好しな、いわゆる良心らしき部分も、またささやいた。

 いや、この状況はおかしいよ。だって奥さん、めちゃめちゃ怖い顔してるじゃん。

 その良心が、ほれ行け!とケツを引っぱたいてきた。

 ええい、乗りかかった船だ。


「失礼ですが、アミィさんとご家族のご関係も、念のため伺ってよろしいでしょうか?」

 思いがけず大きな声になったその台詞に、三人の動きが止まった。

「どうしてそこまで、プランシー社の方に申し上げなければいけないのでしょうか」

 最初に動いたのは、久世夫人だった。質問ではなく、非難の言葉に近い。

「何か、お客様とビーストとのご関係に問題がある場合、その解消も、弊社の業務の一環となっております」

「お気遣いはありがたいが、何も不和はないさ。もしあったとしても、後でゆっくり、こちらで解決するので、ご心配なく」

 次に久世が、柔和だがとりつくしまのない調子で、申し出を遮る。

 アミィは彼の後ろに隠れるようにして立ち、じっと地面を見つめていた。

 と、そこでウィッカの、皮表紙の中心に彫り込まれた社章が、緑色に明滅する。サキムニからの返答だ。

 転送技術は不安定なのに、こと調べ物は、誰よりも早い。


 一言断り、ウィッカを開いて報告内容を確認。そしてゆっくりと、久世、久世夫人、最後にアミィを見た。何だか、二時間ドラマの探偵の気分だ。

「実は先ほど、アミィさんがネックレスを付けていらっしゃるのが見えまして。中央に緑色の宝石が付いている、金の指輪を通したネックレスだったんですが」

 途端、久世とアミィの顔が青ざめ、久世夫人の顔に朱が差す。それらは見ない振りをして、淡々と続けた。

「その指輪について、念のため弊社にて画像確認を行ったところ、相当な価格のものである旨を確認いたしました」

 襟元の小型カメラを、指で示す。

「ブランド名や価格までは、無粋となるので申し上げません。ですがあまり、ビースト個人が購入するもの、もしくはビーストへのプレゼントとしては、一般的ではない金額の品でした」

 まどろっこしいのは性に合わない。ここいらで切り出すか、と思った矢先。

「やっぱり、思った通りじゃない! この、泥棒猫!」

 昼ドラやコントの中でしか聞いたことのない罵声を、久世夫人が、アミィの胸ぐらを掴んで叫んだ。


 よさないか、と夫が慌ててたしなめるが、今度は彼をにらみつける。

「ずっと、ずっと、ずっと! 怪しいと思ってたのよ! 二人でコソコソ、キッチンで話してるし! 私や子供たちがいない間に、揃って家を空けたり! あなたね、ビーストに欲情して恥ずかしくないのっ? しかも、私には何にも買ってくれないのに、こんなケダモノには指輪なんて贈って!」

 そして再び、アミィの胸ぐらをキュゥと締め付ける。

「あなたもよ! せっかく今まで良くしてあげてたのに、恩知らず!」

 予想通りすぎる展開に、かえって感嘆の声が出そうになった。しかし、業務は最後までこなさなくては。

「失礼ですが奥様。ビーストは俗称であり、正しくは遺伝子強化人間でして。決して、ケダモノなどではございません」

「そんなこと、分かってるわよ!」

 顔だけ向け、夫人が金切声を出す。しかし、それを遮る。

「ですから、所有者またはその近縁者が、ビーストと婚姻関係になる例も、少なからずございます」


 ピタリ、と夫人の手が止まった。次いで、アミィを解放し、体全体をぎこちなく、こちらへ向ける。目は、死んだように淀んでいた。

「何……それ? それじゃあ、あなたたちは、この二人の不倫に、賛成するわけ?」

 こちらの胸ぐらを締め上げられる前に、両手を上げて訂正する。

「いえ、あくまで婚姻は可能だ、という仮定の話です。ですが勿論、ビーストに戸籍はなく、識別番号があるのみなので、その手続きとなると、人間同士の結婚と比べて、遥かに複雑なものとなります」

 一気にまくしたて、今度は久世を見る。

「また、その前に奥様とお客様の婚姻関係の解消も、当然必要となります。ビースト相手とはいえ、重婚は出来かねます」


 色を失くした久世を見つめ、あくまで業務的、機械的に、続ける。

「その手の問題について、生憎私は門外漢ですが。今回の場合、夫の不義が原因による離婚ですので、慰謝料や養育費等、お客様に課せられる制裁は、大きなものとなるのではないでしょうか?」

 少し落ち着きを取り戻した久世夫人と、すっかりしおれているアミィへも、視線を向けた。

「弊社プランシー社は、ビーストの提供によってお客様の生活を、より幸福へと導くことと同時に、ビーストの肉体面・精神面の健康維持を、企業理念としております。ぶっちゃけますが、このままでは、その両方が損なわれるのでは、と個人的に危惧しています」

 樽のような大きな腹を撫で、落ち着きのない久世を再び、見据えた。

「長年連れ添われた奥様と、血を分けられたお子様と、築き上げられた財産。それに対して、魅力的な若い一人の女性。どちらがお客様にとって、必要な幸福なのでしょうか?」

 アミィは再びうつむき、そして久世夫人は鋭いまなざしを夫に向けていた。

 ややあって、久世が口を開いた。

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