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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第一章 赤い目の少年と黒の女
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第三話 電気手甲

 メフィストの前額部も皮膚が裂け、無数の血の川が生まれていたが、それらもすぐ消えゆく。

「力に物言わせるゴリラ野郎にゃあ、尚更あの姉ちゃんは渡せねぇなぁ」

 シールドのヒビのせいで、視界は絶不調だ。恐怖感を植え付けるように、ゆっくりと歩み寄る彼の気配だけを感じながら、素早く立ち上がり、ヘルメットを投げ捨てた。

 頭を振り、汗でべったりと頬に付いていた黒髪も、ついでに払いのける。

 瞬間、目を点にして、メフィストの動きは止まった。


「あれ……てめぇ……女、か?」

「男だと思ってました?」

「あー、ほら、保安課っつってたし、声も低いし……背丈も俺と、変わんねぇからよ……」

 確かに、我が保安課は男所帯だ。加えて叔母から、某歌劇団に入団し、男役になるのが天職、と言われた外貌と声音であることも実感している。

「女と出くわしたの、初めてだ。いやぁ姉ちゃん、すげぇ腕力じゃねぇか」

 とはいえ、あからさまに気を抜いたこの態度は、いかがなものか。


 しかし、相手が呆気に取られてくれたおかげで、左耳に小型ヘッドセットを取り付ける暇を得た。再度、保安課へ繋ぐ。

「武器の転送または、電気手甲の使用を申請します」

 メフィストへ視線を向けながら、一語一語、小声ながら、叩きつけるように発する。しかし、

「場所が広場だ。目撃者の心証を配慮し、刺又の使用に限って許可する」

出たのは青柳の、堅苦しい声。

「……了解、課長」

 返事は短く。

 心の中では、痴漢を取り押さえるのと、わけが違うんだぞ。むしろお前を刺又で、会社から追い出してやろうかこのファッキン陰険野郎、と延々唱えた。

「じゃあ、サキ、刺又お願い」

「はい」

 ただし口には出さない。なぜなら自分は、しがない平社員だ。


 暗い声で通信を終了。盗み聞きしていたらしく、メフィストの顔も湿っぽいものになっている。

「半不死のビースト相手に、刺又で対応しろってぇのかい?」

「人目があるから、だそうです」

「なんとも保守的じゃねぇか、てめぇのボス。前はもっとこう、過激だったよな?」

「四月に、人事異動がありまして」

 女性と分かったからか、それとも相手の顔が見えるからか、メフィストは途端にくだけた様子となっている。表情も緩んでいる。

「まぁ、刺又なんざで、どうこうされる気はねぇけどな」


 違った。こちらの圧倒的な保守の姿勢に、余裕を感じているのだ、畜生。

 いっそ、ロータリーに停まっている、タクシーの運転手に協力してもらい、こいつを轢き殺そうか、と半ば本気で思案していると、目の前の空間が歪んだ。


 サキムニが持つ特異性、転送能力だ。

 小型トラック程度の大きさのものまでなら、市内であればどこへでも瞬時に転送可能、というのが、彼の能力の、一応の建前。


 長い刺又の柄が、中空から現われ、そして二股の部分が見えたところで、落ちた。

 私の手の中ではなく、五メートル程離れた噴水の中へ。

タイミングよく、噴水の上部から四方へ水が噴射された。太陽光を受け、キラキラと水滴が光り、虹が現れている。

「サキ、転送ずれてる」

 素早くそれだけ報告する。

 そう、実際にはよく、転送場所がずれるのだ。現実とはこんなものである。


 メフィストは顔をゆがめ、優越感丸出しの笑顔だった。

「お前ぇんとこ、ウチ以上に人手不足じゃねぇのか? そのサキちゃんも、春から異動してきたクチか?」

「サキは、今年からうちで所有することになった、新人君」

「なんだよ、男かよ」

「ですが、死傷者もよく出る部署なんで、人手不足は認めざるを得ないです」

 ああ、こいつが短慮で調子に乗りやすいバカでよかった、とひとりごちる。

 会話を引き延ばしつつ、両手に仕込まれた、生体電流の増幅器をオンにする。かすかなモーター音は、もちろん街の騒音に掻き消える。ああ、ここが街中でよかった。


 そう、物事はポジティブに考えなくては。

 回線を再度開き、メフィストと保安課へ、同時に告げる。

「現状より、刺又を用いての制圧は困難と判断。同時に、危険度もオレンジに格上げと独自に判断いたします」

「おい、こら待て宿毛! そこでアレは使うな!」

 課長の怒声を置いてきぼりにする速度で、一気にメフィストへ詰め寄った。素早い反応で振り切られた蹴りが顔面に迫るが、中腰のまま右へステップを踏み、ギリギリでかわす。


 この距離なら、彼にも聞こえているかもしれない。黒いスーツの下から、空気がはじけるかのごとき、不気味な音が響いているのが。

「あいにく、私は保守派じゃないので。ごめんね」

「あぁ?」

 顔をしかめながら半歩下がり、再度振るわれた回し蹴りを、同じく蹴りでさばく。

 ほんの一瞬だが、軸のずれた彼との距離を更に縮め、腹部へ裏拳を叩き込む。それと同時に、電流を送り込んだ。


 電機手甲。護身用のスタンガン程度から、象も殺害出来る程度まで、その威力は調節自在だ。生体電流に由来する故、多用出来ないのが玉に瑕だが。

 もちろん半不死、とうそぶく彼へは、象でもあの世行きレベルを贈呈。

 不愉快な炸裂音が響き、彼の身体が白い光に包まれ、皮膚と髪のこげる匂いが広がる。

 白目を向き、後方へ弾き飛ばされるように、メフィストは倒れた。

 ざわざわと、逃げればいいのに一部始終を見ていた観衆からは、怯えや嗚咽が聞こえる。ついでに、かすかに非難と称賛の声も。


 トータルすれば心証は最悪だろうが、仕事としては滞りなく、第一段階を終えた。彼もしばらくは生き返らないだろう。

「宿毛、お前なぁ……!」

 ようやく耳に、青柳の声が届いてきた。

「すみません、刺又取りに行ったんじゃ、間に合わないと思いまして。それより、両足折ってから首へし折った方がよかったですか? もしくは……」

 彼の動きを止めるイコール、素手で出来る殺傷手段をいくつか提案していく。


 やがて、くぐもった声が返ってきた。

「……もういい、さっさとアミィを追え。場所はお前の『ウィッカ』に送った」

「了解。サキ、車の転送は間違いなく、ね」

「はいっ……ぐしゅん」

 こってり青柳に絞られていたらしく、鼻をすすりながらサキムニは応じた。


 やがて、空間が歪み、まず噴水に落ちたままの刺又がふわふわと送還され、次いで黒の社用車が姿を現した。

 今度は、未だ生き返る気配のない、メフィストの上に。

 転送完了時の高さも手伝い、ブシュリ、とおそらく内臓辺りを潰す音が聞こえた。ややあって、車体の下から流れ出る血の川に、今度は吐き気を催すうめき声が、各所から上がった。

 さっきタクシーで轢き殺してやろうか、と思った結果が、これだろうか。


「サキ、とどめ刺さなくていいから。あと、帰ったらあんたが洗車しなさいよ」

 相変わらずの鼻声で、ずみまぜーん、と情けない声が聞こえる。おそらく、また青柳にどやされることだろう。

 ただ、これで電気ショックの件はチャラに出来るだろうな、と自己中心的な打算をし、車に乗り込む。

 発進直後、メフィストの頭を轢いたのか、ガタン、と大きく車が跳ねたが、なかったことにする。

 そして車の下から露わになった彼の姿に、絶叫が上がるが、それも聞かなかったことにする。

 振り返ったら、さすがにこちらも、しばらく肉の類が食べられなくなる。

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