第二話 メフィストフェレス
ビーストであるサキムニを実戦投入している、ウチが言えた立場ではないのだろうが。
モンペリエの塔も、「人」材不足なのだろうか。これだけ人口が減っているのだから、それもそうなのだろう。
考えても詮無いことを脳から振り出し、ビースト二体と改めて向き合った。出で立ちがそもそも高圧的なので、出来るだけ、穏やかな口調で切り出す。
「突然ビルの屋上から飛び降りて、失礼いたしました。私は、プランシー社保安課の宿毛 光と申します。アミィさんの保護に参りました」
ヘルメットは脱がず、ただ、社章が見えるように、ぐいっと背筋を伸ばした。
周囲の人間は、すでに遠巻きだ。
日常茶飯事なのだ、人にとってもビーストにとっても、この捕獲光景は。
それが更に、プランシー社の好感度を下げている。
余談だが、好感度の割に、会社としての基盤が安定している為、就職活動時の倍率は高いという。
世知辛いものだ。
こちらのアクロバティックな登場で、呆気に取られていた男が我に返り、アミィを背に庇う。
そして引きちぎらんばかりの勢いで、胸元からペンダントを取り出した。
琥珀色をした円形のペンダントトップには、雲を突き抜けてそびえる塔が一基、彫られていた。
「モンペリエの塔から来た、メフィストフェレスってモンだ。悪ぃけどてめぇらにゃ、この姉ちゃんは渡せねぇな。本人が帰りたくねぇっつってんだよ」
歯を見せてうなるメフィストは、やや小柄で、思ったよりも年若い容貌だ。
その分短慮で、面倒くさいことになりそうだ、と嫌な直感が走る。
我々三人が立っているのは、彼岸駅の南出口側に設置されている広場だ。
色とりどりのタイルが敷き詰められ、中央には噴水もある。そこで遊んでいたらしい子供たちも、水鉄砲片手に今は、広場隅の花壇へ避難している。
「残念ながら、アミィさんへの虐待等の事実を、弊社では未確認です。そのため一度、こちらで保護した後、所有者の方も交えて面談する必要が」
「あぁ? 知らねぇなぁ! てめぇらの都合なんざよぉ!」
思った通り、こちらの言葉を遮り、メフィストは殴りかかってきた。
真っ直ぐに突き出された右拳を、左腕で薙ぎながら足を浮かせ、腹部へ膝をねじ込ませる。
一瞬むせ、たたらを踏んだが、彼も場数を踏んでいるらしい。すぐに態勢を立て直し、今度は下からの振り上げ。寸前で反転し、間合いを取った。
間合いを保ちつつ、保安課へ回線を繋ぐ。
「サキムニ、こらサキっ。武器の使用許可は? どう見てもこの状況、危険度オレンジじゃないか」
ボディースーツの襟元には小型カメラが付いている。このストリートファイトは、保安課にも、リアルタイムでお伝えされているはずだ。
「……か、課長が、相手も素手だからって……」
「ああ、そう」
ごめんなさい、としおれた言葉の途中で切断。と、同時に相手の肘鉄が入る。
両手で防ぐが、その体格から予想される以上の圧力に、危うくバランスを崩しかけた。さすがは、強化された人間、ビーストだ。
しかし、相手も外骨格の強度をまともに感じたのか、体を捻って悶絶している。
「かってぇー! 何着てやがんだよ、てめぇ! 卑怯じゃねぇか! こちとら、シャツ一枚しか着てねぇんだぞ!」
「いやいやいや。あなた方相手に、シャツ一枚で挑もうものなら、すぐ半殺しにされかねますので」
言いつつ、一足飛びで接近し、膝裏へ回し蹴りを一発。
短慮が災いし、集中力の切れていたメフィストは、期待通りにうつ伏せで転倒。
「後できちんと、弊社所有の病院を紹介しますので」
ごめんなさい、と一応は謝って、彼の利き腕と思しき右腕を掴み、脇に挟んだ。
躊躇はしない。すればそれだけ、己の心が摩耗してしまう。
そう自身に言い聞かせ、一気にへし折った。
右腕付け根から肘にかけての、筋肉と腱と、そして骨のねじ切れる音が大きく聞こえる。
野次馬たちは、その光景から目をそらす。
目を見開き、歯を食いしばり、メフィストはかすかに体を震わせていた。悲鳴を上げない根性に恐れ入ると同時に、罪悪感も覚えるが、すぐに気持ちを切り替える。
彼の相手をしている間に、アミィが、広場から姿を消していたのだ。
「サキ、彼女を追跡して。それから足も用意するように」
「あ、分かりました!」
今度は緊迫感をはらんだ声を聴き終えて、通信を遮断。アミィの居場所が分かるまでに、手負いにしてしまった彼のため、救急車を手配するか。
ヘッドセットの回線を病院へ繋ぎ、足元の彼に目を落としたところで、異変に気付いた。
呼びかける病院の受付には応じず、通信を切断。代わりに、耳をそばだてる。
彼のねじり曲げた腕から、何かが軋む音がする。
それが筋肉や腱や、そして骨の再生する音だと了解した時には、手遅れだった。
「サキ! 彼の特異性は再生能力! 素手の応戦じゃ追いつかない!」
たじろいで叫ぶのと同時に、メフィストが跳ね起きた。こちらは目を丸くしたまま、無防備そのものだ。
「何しやがんだよ、このクソ野郎が!」
肉薄し、振りかぶった彼の頭が、ヘルメットのシールドに激突した。勢いで、後方へ軽く吹き飛ばされる。