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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第三章 弱り目と可愛げ
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第十九話 キューバリブレ

※ちょっと下品な表現があります。小学生レベルのシモネタですが、ご了承ください※

 ガラス片のささった部分からは、血は一滴も流れず、ただ、人工皮膚に切れ目が入っただけである。

 いつも気だるそうなメフィストの表情が、ほんの少し引き締まる。

「義手ってぇ……手首だけかい?」

「肘から。電流も、これのおかげで出せてる」

 感電死したことを思い出したのか、メフィストが苦い表情を浮かべた。

「アレ、自前かよ……タチ悪ぃな。で、原因は何なんだ?」

「義手の?」

 そう、とメフィストはうなずく。その当然、と言わんばかりの様子には、秘め事に対する下世話な好奇心は感じられなかった。

 ただ純粋に、彼は知りたいのだろう。

 ちらりと横を見れば、ゼパールは正面を向いて、静かにビールをあおっていた。妙な聞き耳は立てない、バーの良き客人の姿となっている。


 一つ息を吸い、今度はゆっくりと言葉を紡いだ。

「腕がないのは、生まれつき。親が『子供は天からの授かりもの』って、自然交配にこだわった結果の賜物」

 ちなみに、両親はこれで懲りたのか、妹は人工授精で産んでいる。

「そっか。ついてねぇなぁ、お前ぇも、親御さんも」

「ね」

 メフィストの、思いがけない雨空を仰ぎ見るような静かな口調につられ、つい同意してしまった。

「ある意味、デザインされた遺伝子のあなた達とは、真逆だ」

「あー、そういや、そうだな。よくこの仕事選んだな?」

「障害者の雇用枠に引っかかって、運よく入社出来ただけなんだけどね」

 図らずも、自嘲するように口元が歪む。

 淡々とした会話の内に、人工皮膚に刺さった破片は、全て抜き取られた。 自己修復機能が働き、無数の小さな穴は塞がれていく。


 後は何も言わず、メフィストはテーブルを拭き、割れたグラスをちり取りに掃き入れ、ごみ箱に捨てた。

「ごめん、グラス割っちゃって」

 そのうつむきがちの横顔へ、自然と謝罪の言葉が出た。

「一個ぐれぇ、構やしねぇよ」

 横顔が、ニヤリと笑った。

「その、横のデケェのなんざ、何個食器をダメにしちまったか、数えらんねぇぐらいだぜ?」

「え。ゼパールさん、それはだめでしょう」

「……」

 そっぽを向いて、当の本人はサラミを食べていた。


 その反対側から、椅子を動かす音がした。

 カウンター席に、サウジーネとアミィも座っている。

「ひかるちゃん、だいじょうぶ?」

「うん、ごめんね、急に泣き出して」

 青い瞳をうるませているサウジーネに、濡れた頬を緩ませて笑う。

「それはいいとしてよ」

 新しいグラスを三つ用意しながら、メフィストが身を乗り出した。

「で、結局合コンはどうだったんだい?」

「これだけ私が荒れたのに、そこ訊く?」

 正直、呆れた。

「目ぇ潰した詫びだと思って、しょっぺぇ戦歴を聞かせろよ。一杯おごってやるからさ。何がいい?」

 にっかり笑うメフィストを、真顔で見据える。

「じゃ、ゴッドファーザーで」

「なんでぇ、ザルかよてめぇ」

「まぁね」

 空の大ジョッキが、すかさず掲げられる。

「私もお代わり」

 アミィとサウジーネも、続いて挙手。

「私たちは、ソフトドリンクで」

「あたし、おさけのめないの」

「あー、あー、分かったよ、てやんでぇ! ついでにてめぇらも、一杯負けてやらぁ!」

 手で顔を覆い、天を仰ぐメフィストに笑いながら、一応、あらましを話す。


 まだ気分が完全に晴れたわけではないので、男性たちに対してかなり、批判的な内容になってしまったが。

 サウジーネには分かり辛い話だからだろうか、彼女は無言でオレンジジュースを飲んでいた。

「ケツの穴のちっせぇ野郎どもだなぁ。元々、店員のねーちゃんにつっかかり過ぎだってんだよ」

 男性側を擁護するかと思いきや、メフィストもキューバリブレをあおりながら、渋い顔を浮かべている。

「私たちを超人のように祭り上げ、勘違いされるのは、こちらとしても迷惑千万というもの」

 鼻の下に泡を付け、ゼパールも重々しく言ったが、正直、その顔では説得力がない。


 そしてトイレの件になると、聴衆は大いに吹き出した。

 カウンターを叩き、メフィストは涙目で大笑いしている。

「ぶっ……お前っ、トイレまで乗り込んだのかよ? ひー、腹痛ぇー! 絶対ぇ尿意止まってるぜ、そいつら! それで、膀胱破裂にでもなっちまったらお慰みだな」

 アミィも肩を震わせ、口元を押さえている。

「いい気味ですよ。さすが光さん」

 下戸らしい彼女は、サウジーネと同じくオレンジジュース片手に、珍しく息を荒げていた。

「そういう、陰口を叩く方って嫌なんです」

 久世邸ではまず見せなかったであろう、思いきりしかめた顔が、周囲へ向けられた。

 口周りの泡を拭い、ゼパールも大きくうなずく。

「うむ。正々堂々と相手と向き合うのが、人として当然のマナーであろうよ」

「まぁな。女子高生じゃあねぇんだからよ、連れションした挙句に、コソコソ悪口言うなってぇ話だな」

 キューバリブレを飲み干し、メフィストが口元をゆがめた。

「金押し付けるついでに、連中のナニ引っ張りだしてやって、チャックに挟んでやりゃあ、なお笑えたぜ?」

「ヤだよ、汚い!」

 想像しただけで、寒気が走る。


 ここまでつまらなそうにストローを噛んでいたサウジーネが、ぐい、と首を突っ込んでくる。

「メフィはおちんちん、大きいの?」

「ひぇっ?」

 素っ頓狂に叫んだのは、メフィストだけではなかった。四人が目を丸くして、サウジーネを恐々見る。

 だが、本人は問題発言をした意識などなさそうだ。

「ナニって、おちんちんのことでしょ? お店にくるおっちゃんが、ナニの大きさが男の大きさって言ってたの。メフィは大きいの?」

「え、あぅ、その」

 褐色の肌が、みるみる赤くなっていく。

 思考力は幼児と大差ないサウジーネに、それを慮る器量はない。

 また、幼子特有の「ねぇねぇ、教えて教えて」攻撃は、加減というものを知らない。


 アミィと私も、どうフォローすべきか分からず、表情もあいまいなまま、成り行きを見守っているしかなかった。だって、ナニなんて付いてないんだもの。

 ゼパールは、自分に火の粉が降りかからぬよう、こっそり背を向け、息を殺していた。

「ねぇ、大きいの?」

「ふ、普通です!」

 裏返った声が、たまらず叫んだ。

 耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆い隠すメフィストは、セクハラされる新人OL のようだった。


 狼狽する彼を見ていて、ふと、疑問が湧いた。

「ね、メフィスト。あんたって、年いくつなの?」

「へ?」

 両手を離して向けられた顔は、かすかに涙ぐんでいた。

 そこまで恥ずかしかったのか、と一瞬面喰ってしまった。ゴッドファーザーを、一口含んで続ける。

「若く見えるけどさ、ちゃんと成人してるの? 普通にガバガバ、酒飲んでるけど」

「そういえば」

と呟いたのは、アミィとゼパールの二人。

 君たちも知らなかったのか、おいおい。


 真顔になり、メフィストはしばし黙った。

 こちらも黙って彼を見つめる。

「……してるんじゃあ、ないでしょうかね?」

「なんで疑問形なの」

 やや勢いを込めて、カウンターを叩いた。

「生まれ年いつよ? ほらほら、誕生日言いなさいよ」

「知らねぇよ! 俺らの場合、年齢なんざ曖昧じゃねぇか!」

 確かに。バイオ・リアクター内にて肉体年齢十五歳程度まで、短期間で培養されるのが基本なので、曖昧と言えば曖昧だが。

「そりゃそうだけど、リアクターから出た時に何歳だったかぐらい、覚えてるでしょ? 教えなさいよ。それが嫌なら、干支答えなさいよ」

「しつけぇよ! てめぇ、やっぱ酒癖悪ぃじゃねぇか! だいたい干支なんざ、ビーストが知ってるわけねぇだろ!」

「あら、私は未年ですよ」

 あっけらかん、とアミィの声がした。のんびりとジュースをすする彼女を、二人で眺めた。

「あー、それっぽい」

 図らずも、メフィストと同時に呟いた。

「ちなみに、私は巳年です」

「あ、意外」

 爽やかなゼパールの笑顔に、再び同時に呟く。


 メフィストは次いで、こちらを指さした。

「するってぇと、あれか。お前んとこのウサ公は、やっぱ卯年かい?」

「ううん。寅年生まれのはず」

「なんだよ、そこは抜かりなく造れよ! 中途半端な仕事しやがってよぉ」

 再び大仰に天を仰いだメフィストに、思わず笑う。アミィたちも、笑っていた。

 結局、彼の年齢についての詰問は立ち消えとなったが。

 居酒屋を出た時の、惨めな気持ちもどこかへ消えていたので、よしとしておこう。

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