表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第三章 弱り目と可愛げ
18/47

第十八話 義手

「えっ」

 目を剥いてたじろぐサウジーネの姿が、みるみる間にぼやけていく。

「ひかるちゃん、なんで泣くのっ? いたいの? アタシ、わるいことしたの?」

 そうじゃない、違う、と言ってやりたかった。だが、首を振るので精いっぱいだった。

 目をギュッとつぶると、しずくが頬を流れ落ちるのを感じた。

「光さん、大丈夫ですか?」

「ど、どうされましたっ? もしや、私が何か不手際を?」

 アミィとゼパールの声にも、うつむいたまま、首を振った。

「おいおい、なんだよ? お前ぇ、酔ってんのか?」

 メフィストの声も、がさつな足音と共に近づいてくるが、同じようにただ、首をふるふる振って応える。顔を上げられるわけがない。

 石のように固まっていると、思った以上にすぐ傍から、舌打ちの音がした。

「ったくよぉ。今更取り繕っても、遅ぇってんだよ」

 いらついた声と同時に、腕を掴まれ、引っ張られた。体温高いなこの子、赤ちゃんみたい、などとぼんやり考える。

 そのまま、彼にされるがまま引きずられた。ただ一度、サマーセーターの袖口に目を押し付けて、涙を拭う。

 がに股のメフィストにずるずると連行された先は、店の奥のカウンターだった。


 改めて見渡せば、店内のテーブル席は全て、椅子が上げられていた。

 代わりに、昼間は滅多に使われないカウンターにだけ、丸椅子が並べられていた。

 不安げな表情をたたえるゼパールの隣へ、無理矢理座らされた。

「ったくよー。中身はお子ちゃまの嬢ちゃんもいるってぇのに、グダグダ酔いやがって。教育に悪ぃじゃねぇか!」

「メフィストよ」

 ジョッキを降ろし、静かな表情になったゼパールが、メフィストをひたと見据える。

「……なんだよ」

「サウジーネさんを気遣う慈悲は見事だが、宿毛さんも相当、意気消沈のご様子だぞ?」

「んなもん、見てりゃ分かるよ」

「それならば、もう少し穏やかな言葉を選び、落ち着いた物言いをするべきではないか? そもそも、君のぺらんめぇ口調と怒鳴り声も、教育にはよろしくないと思うのだが」

 キリリとしたゼパールの視線に、うるせぇ!と、怒声がぶつけられた。

「どうせ俺ぁ、お前さんと違って、お育ちがよろしくねぇんだよ!」

 二人の無益な応酬を傍らで聞いていると、幼き頃の自分と、両親の姿が想起された。

 幼少期、母に正座をさせられては、よくお説教を受けていた。そうやって母がガミガミ叱っていると、なだめるように父が割って入る、というのが宿毛家の通例だった。

 もっとも、母はここまで口は悪くなかったし、父もマッチョではなかった。むしろガリガリだった。


「ほらよ」

 呆けていると、グラスに入れられた氷水が、カウンターに置かれた。

 メフィストが酒瓶を置いている棚にもたれ、苦い顔になっている。

「サウジーネを預けなきゃいけねぇのに、ベロベロ状態じゃあ安心出来ねぇだろ。さっさと酔い醒ませってんだよ」

 サウジーネのお預かりは、決定事項なのね。

 グラスを両手で包み込んで、一応、小さく頷いた。そのまま一口水を飲むと、いつもと同じ、ほのかに漂うレモンの香りが口中に広がった。

 ほぅっと、安堵の息がこぼれる。

「落ち着かれたようで、よかったです」

 ゼパールの笑みに、弱々しくだが、笑い返した。

 ワカメのような髪をかき回し、メフィストがこちらを覗き込んだ。幼さの残る鋭利な顔を、小難しそうにしかめている。

「でもよ、そんな酔ってる様子でもねぇな……」

 カウンターに頬杖をついたまま、しげしげ眺められるのは、いい気がしない。

「……あまり、見ないで欲しいんですが」

 しっしっと手を振り、凄んだが、あっさり流された。

「いきなり無音で泣き出した奴が、どうこう言えた立場かってんだよ。……悪酔いってぇか、外で痛い目でも見て来たか?」

 少し和んだ心が、途端に時化に入った。

 無言はこの場合、肯定とみなされる。

 にやり、とメフィストの表情が悪魔的になった。やはり彼の本性は、いじめっ子である。

「あれだろ、お前。慣れねぇ合コンで、やらかしたんじゃあねぇの?」

「まさか、光さんに限ってそんな」

 有り得ない、とゼパールは笑って否定したが。

 図星である。


「……私だって」

「んぁ?」

「うむ?」

 上半身を起こし、メフィストが眉を寄せる。

隣のゼパールも、姿勢を正した。

「私だって、好きで、こんな、可愛くない見た目に、生まれたわけじゃないもん!」

 後日冷静になって思い返せば、頭を抱えて悶絶するであろう絶叫を上げた。それも、皆がこちらを伺っている場面で。

 私が怒涛のわめきを上げる中、メフィストもゼパールも、遠巻きに様子を見ていたアミィとサウジーネも、一様に固まっていた。

「別に、好きでデカくなったわけじゃない! 好きでキツい顔になったわけじゃない! 本当は小さくて、可愛くて、ふわふわした女の子になりたいもん! なのに、男見下してそうとか、すぐヤれそうとか、何で勝手に判断されなきゃいけないわけ?」

 吐き出すほどに、煮えたぎった心が加速していく。

 再び涙が溢れて来るのと同時に、手にも力がこもっていった。

「メカっぽいって……何よ、それ。勝手に人となり決めつけてんじゃないわよ! デカいからって、勝手にモデル体型扱いとか、逆に迷惑なんだから! 私、あんなガリガリじゃない! 鍛えてるもん! そもそも元はと言えば、向こうが店員さんに絡むから……!」


 ゼパールが無言で、メフィストの脇腹を小突く。

「あー……ほら……」

 なだめるように、メフィストが手を挙げた。

「分かった、分かったからさ。ちったぁ落ち着けって」

「分かったって、何が!」

 困り顔に笑みを貼りつけた彼を、ギリリとねめつける。

「えっと……」

「だから、何が! 分かったの!」

「いやー……、正直に言っちまうと、支離滅裂すぎて、全然意味分かんねぇな」

「なら、適当に答えないでよ! どうせ聞く気もないくせに!」


 ヒステリックな拒絶に、メフィストの顔色も途端に曇る。

「おい。どうせって何だよ?」

「こら、お前まで興奮してどうするんだ」

「うるせぇ!」

 今度はメフィストが、なだめようとするゼパールの頭を殴る。しかし、鋼鉄の皮膚に競り負け、手の甲が出血する。

 血の吹き出す手を振りかざし、メフィストはわめいた。

「ってぇー! ほら! 怪我しながらも、健気に聞いてやってんじゃねぇか!」

「怪我は自業自得でしょ! デカ女の愚痴なんて、興味ないくせに!」

 ヒステリックに無意味なことを問い詰めるのと同時に、ガラスの割れる、甲高い音がした。

 握り締めていた、グラスの割れた音だった。氷水が、手の甲・指を伝ってテーブルへ流れ落ちていく。


 ゼパールが、目と口をあんぐり開けている。

 ひゅっと、メフィストの喉の奥で、音が鳴った。そして口を大きく開き、

「てめぇ、何してやがんだよっ!」

 怒声と同時に、こちらへ身を乗り出す。グラスの残骸から、強引に私の両手を引きはがした。

「お前ぇはゼパールか! てめぇの手なんだから、少しは労われってんだよ!」

「そうですとも、光さん。ですから私は、常にこの、大ジョッキを使っているんですよ」

「うるせぇ! 呑気にアドバイスしてん、じゃ……」

 両手に刺さったガラスの破片を摘み取りながら、異常に気付いたらしい。

 そうだろう。触って、間近に見れば、どれだけ精巧でも分かるはずだ。

 手を見つめ、次いでこちらへ、赤い瞳が向けられる。

 いつも強気なその目は珍しく、困惑で揺れていた。

「義手、両方とも」

 つい、すねた口調になった。やはり酔っているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ