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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第三章 弱り目と可愛げ
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第十七話 ボケナス

 レメゲトンの玄関には、「CLOSED」の札がかけられていたが、灯りは点いたままだ。そして、中から複数人の声もする。

「急にお呼びしてすみません!」

 ドアを開けると、感極まったようにアミィが走り寄って来た。その後ろには

「あれ、サウジーネ?」

 同僚がマンションへ送ったはずの彼女が、なぜかアミィにくっついていた。

「と、ゼパールさん?」

 よく見ればカウンター席に、ビールの大ジョッキを携えたゼパールも座っていた。

 今日も純白のタンクトップ姿だが、その清潔さが、今はとても目に痛い。

 その高露出好青年が、ジョッキをカウンターへ置き、こちらに向かって深々と頭を下げる。

「お久しぶりです、光さん。先日は、どうもお世話になりまして」

「いえいえ。こちらこそ、警察の手配ぐらいしかお役に立てず」

 未だ沈みがちな頭を振って、慌ててぺこり、とお辞儀を返した。


「それで、えーっと、皆さん、閉店してるのに、どうしたんです?」

 一つにまとめた髪を蒲公英(たんぽぽ)色に変えながら、アミィがため息をつく。

「サウジーネちゃんが、一人であのマンションにいるのは怖いって、こっちに戻ってきちゃいまして」

「あら」

 サウジーネを見下ろすと、ばつが悪そうに、緑色のジャージをつまんで身をよじっていた。媚びの見えない、幼児の仕草である。

「だって……いっつもだれかといっしょだったから」

 アミィが優しく、彼女の肩を抱いた。

「お店にいた頃は、同僚の方にずっと、添い寝をしてもらっていたらしくて。ホテルに隠れていた時は、モンペリエの女性スタッフが夜間、付き添っていたんですが……」


「プランシー社様に引き取られちゃあ、そういうわけにもいかねぇってわけだ」

 厨房から出てきたメフィストが、ふん、と鼻を鳴らす。

「野郎をお持ち帰りしてる暇があんなら、サウジーネをどうにかしてやれってんだい」

 腕を組み、こちらをじろりと見据えてくる。

 普段なら受け流すメフィストの減らず口が、なぜか今は目頭と鼻に、ツンとした痛みを与えた。惨めさや情けなさが、彼の粗野な言葉によって引き出される。

「こら! メフィストよ、女性になんて物言いだ!」

 ゼパールが変わって、巨大な拳を彼の頭に沈めてくれたのが幸いだ。

 首がめり込まん勢いでげんこつを喰らい、メフィストはたまらずしゃがみ込む。

「ってぇなぁ! なにしやがんでい、このボケナス!」

「だまらっしゃい! 正義の鉄槌だ! ついでに言えば、ナスにはな、ボケナスなどという品種はないのだ! ボケという名の花はあるがな!」

「知るかよ、お前の園芸豆知識なんざ!」

「なお、ボケは花を愛でて良し、実を食べて良し、の素晴らしい植物である!」

「だ・か・ら、興味ねぇ! もうお前、庭師にでもなっちまえよ!」


 二人が揉めている内にそっぽを向き、サウジーネへ向き直る。

「それで、マンション出ちゃったの?」

 うん、とサウジーネ。

「送ってくれたおじちゃんに、いっしょにねてって言ったけど、だめって言われちゃった」

 思わず苦笑いしてしまう。

 妖艶な見た目に幼子の思考という、退廃的なギャップに迫られて、同僚も慌てたことだろう。

「それにね、アタシ、ひかるちゃんのほうが好き」

「え」

 図らずも、真っ直ぐに好意を向けられ、少し照れた。


 頭をかきながら、ゼパールも話に加わる。

「実は、今夜は奥様宅にお泊めしようと提案したのですが、サウジーネさんにそう、突っぱねられまして」

「それはそれは……何かすみません」

 心底申し訳なさそうな彼に、かえって恐縮する。

 体を屈め、サウジーネと同じ目線になった。

「ねぇ、サウジーネ? ゼパールのお兄ちゃんのお家の方が、優しいおばちゃんと、賢いお兄ちゃんもいるし、広くて楽しいと思うよ。それに、美味しいご飯が食べられるよ」

「おーおーおー。プランシー社様が、一般人を巻き込んじまっていいのかねぇ?」

 カウンターに肘をついての、メフィストの茶々入れ。

「私の部屋、ワンルームでベッドも一つしかありませんから」

 そちらを見ず、つっけんどんに返す。

「ん? 何怒ってやがんだよ?」

 ぶちぶちと呟く彼の声を、打ち消すように、

「やだやだやだ! ひかるちゃんがいい!」

サウジーネは首を振った。

 手ごわいな、と少し肩をすくめる。

「どうして? 私のお家、すっごく狭いよ? ごはんも粗食だよ」

「そしょくでもいいのっ。だって」

「うん?」

「だって、ひかるちゃんがいちばん、かっこいいもん」


 頭を殴られたような、いや、冷水を浴びせられたような心地になった。

 彼女に悪気がないことも、むしろ褒めてくれていることも、分かっている。

 だけど、今は言って欲しくなかった。

 「光君」と呼ばれたり、「王子様」扱いされたり、「兄ちゃん」に間違えられたり、「デカ女」と嘲笑されたり……。

 そして、「かっこいい」という賛辞。

 普段だったら聞き流す、この褒め言葉が、とどめになった。

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