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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第三章 弱り目と可愛げ
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第十六話 五百円玉

 まだビールも二杯目。そこまで酔っているわけではない。

「ただ、タイミングが悪かったんだよね」

 用を足し、手を洗いながら、鏡に映る自分を慰める。なんと空しい行為だろうか。

 個室が三つ用意されている女性用トイレは、珍しくも他に人影なし。

 無音の空間に、外のがやがやとした、楽しげな声が届いて来る。

 止まぬ声々をぼんやり聞き、結局自分は、この合コンで何がしたかったのか、と考える。

 気が進まない、という態度を取りながらも、ちゃっかり服装は男受けを狙っている。本当に、自分の意図が分からない。


 やがて雑音に紛れ、ドアの開く音が壁越しに聞こえた。男性用トイレに、誰かが入って来たらしい。

「いやー、マジで引くわ、あのデカ女」

「そうそう、ビビった。ってか、マジでドン引き。何あの、一気にバーッてまくし立て。お前、メカかよ!ってな」

 日ノ出と別役だ。話題の人物が誰なのかは、考えるまでもない。

「まず、見た目からしてアレだったよな。キレイっちゃあキレイだけど、男見下してそうな」

「そうそう。モデル体型ですが、何か?みたいな」

「あと、ワタシ超デキル女なんですけど、って感じね」

 ガハハハ、と豪快な笑い声も筒抜けだ。

「さっきのアレとか、なに? 俺らよりビーストの方が賢い、みたいな言い草」

「そうそう。中卒で悪かったよな!って言い返さなかった俺ら、マジで冷静。大人だわ」

「でもさ、あそこまでツンツン通り越してメカっぽいと、モテねぇだろうな。溜まってそうだし、ちょっとおだてたら、すぐヤらせてくれそうじゃね?」

「いやいや、ケツ重そうに見せかけて、軽そうに見せかけて、やっぱ重いって、ああいうタイプ」

「それ、結局どっちなんだよ」

「激重な方で。だってヤる前に、延々と避妊について語られそうじゃん」

「あー、それはあり得る、そして萎える。そこまでして、お前とヤリたくないよって」

 再度の笑い声を聞きながら、トイレを出た。そして、席には戻らず、隣の男性用トイレの扉を開ける。


 小用の便器前に立ったまま、二人はぽかん、とこちらを見た。

「あ、あれ、光ちゃん?」

「あれ、酔っちゃった? ここ、男子トイレ……」

 慌ててチャックを上げる日ノ出の言葉をさえぎり、ずんずん進入する。

「会費、いくら?」

「え?」

 カバンから取り出した財布をもてあそび、顎を突き出して、ツンツンした女になりきる。

 もたついている日ノ出に代わり、別役が前に出る。

「えっと、飲み放題の三千五百円コースなんだけど、女の子は」

「三千五百円ね」

「え、あ、でも、女の子は……」

「女扱いしてないでしょ、私のこと」

 運のいいことに、五百円玉が一枚残っていた。

 貼り付けるように、別役の胸に千円札三枚と、五百円玉一枚を押し付けた。

「それじゃあ、帰るから」

 大股で、キンモクセイ臭いトイレを出る。二人は無言だった。

「どうして帰るの?」

とは訊かない思いやりを、彼らも持ち合わせていたことは幸いである。


──急な仕事が入ってしまいました。ごめん! 必ず埋め合わせするから、私の分も皆で楽しんでね──

 愛花へは、途中退場が残念でならない、という後悔を匂わせるメールを送った。

 友人に黙って逃げ出した罪悪感は、もちろんあった。愛花はともかく、結衣が不誠実そうな彼らにお持ち帰りされるのではないか、という心配も、皆無ではない。

 だがそれ以上に。あのまま飲み続けていれば、男衆に電気ショックを与えてしまう自信があった。そんなことをすれば、友人も面目丸つぶれだし、私も減給や謹慎になりかねない。下手すれば、手に縄がかかってしまう。

 精いっぱいの懺悔の念を注いだメールを送り終え、ウィッカを閉じようとした。

 瞬間、待ち伏せしていたかのように、画面に「calling」という単語が現れ、チカチカと点滅する。併せて、ダース・ベーダーのテーマ曲も流れた。

 ウィッカに登録していない人物からの、通信要請だ。


 まさか、さっきの男衆じゃないだろうな。おためごかしや、負け犬の遠吠えはご遠慮願いたいところなのですが。

 不信感たっぷりに受信すると、ブラウン管テレビをデフォルメした通信画面の中央に、見慣れた顔が映った。

 そういえば、彼女には名刺を渡していたような。


「光さん? 私です、アミィです!」

「お昼振りです。どうしたの?」

 ウィッカに映る彼女へ問いかける。

 しかしアミィは、何から言おうか、と逡巡しているようだった。こちらもたった今、自由になった身だ。しばらく無言で、彼女を待つ。

 沈黙の間によくよく画面を見てみると、彼女がいる場所にも、見覚えがあった。

 そうだ、洋食屋レメゲトンだ。ずいぶんと、昼と夜では趣が異なるものだ。

 些細なことに感心していると、頭を整理したらしいアミィが、遠慮がちに唇を動かした。

「もし、今ご都合がよろしければ……お店に、来ていただけませんか?」

 一人でヤケ酒でもしようか、と考えていた身としては、拒否し辛い申し出である。

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