第十五話 焼酎お湯割り
幹事である花園にも恋人がいるらしく、愛花と揃って、もっぱら盛り上げ役に徹していた。
メガネの日ノ出は結衣をお気に召したらしく、しきりに彼女へ話しかけている。
「ねね、結衣ちゃんってほんとに彼氏いないの?」
「え、いませんよぅ」
押され気味であるものの、結衣もまんざらではないようだ。
「マジで? 俺も今いないんだ。気合うね」
「へっ? あ、はい……ですねぇ」
「うわ、今の顔、マジかわいい! 写メっていい?」
「えっ? やっ、恥ずかしいですよ」
そう言いながら、少し嬉しそうにはにかんでいる。
「冗談だってー。って、飲み物ないね。何か頼む?」
じゃあね……と呟く、彼女の声が続いて聞こえた。
日ノ出に限らず、三人は女性慣れしているようだった。後に愛花から聞いたところによると、消防士は意外に暇らしく、遊ぶ時間を持て余しているとのことだった。なるほど。
結衣との会話にあぶれた長身の別役は、から揚げを頬張りながらこちらを向く。
「光ちゃんは、仕事何してんの? 二人と同じ会社?」
初対面で名前を呼ばれるのは、あまり好きではない。そこを堪えて、愛想笑いを維持する。ついでに、声音も出来るだけ、穏やかさをキープ。
「いえ、別の会社なんです」
「どこ?」
「プランシー社っていうところ」
「え、マジでっ? 『っていうところ』って、みんな知ってるって! うわ、超エリートじゃん!」
こちらのたどたどしい話に、花を咲かせてくれるのはありがたいが、できればから揚げを食べ終えてからにして欲しい。噛み砕かれた肉が周りに飛び散らないか、内心ひやひやしてしまう。
「俺らなんて中卒だよ、今時? 三人揃って、バカばっかやってたからさー。この前まで、全員フリーターだったし。で、よくオールしたり……って、コレは今もよくやってんだけどさ」
誇らしげな笑み。やばい、愛想笑いも疲れてきた。
「実は昨日も呑んでてさ。そろそろ年考えろって、先輩にも言われて。マジうざいのなんの」
「大変ですね」
「いやぁ、光ちゃんのが大変ってか、凄いって。勉強とかできそう?っていうの?」
しかもプランシー社って!と、二度も叫ばれた社名に、煩わしさを感じた。耳の超軽量ヘッドセットにも、いつもは気にならない存在感を覚える。
「運が良かったから、入社出来ただけですが」
しまった。
つい、青柳や同僚に返すような、つっけんどんな口調になってしまった。
「あ、そう?」
別役も少し声のトーンを落とし、そのまま、から揚げの咀嚼に意識を向けた。
しばらく無言のまま、こちらも生ビールをあおる。
視界の隅から、愛化がこちらをにらんでいるのを感じた。ちらり、と横目で見ると、口が「ばか」と動いていた。
そうでした。男を持ち上げ、彼らの武勇伝に耳を傾けるのは、鉄則でした。
出来ない女で、誠に申し訳ございません。
「お待たせしましたー」
快活な声で、女性店員が追加オーダーした飲み物を持ってきた。
「えー、酎ハイのラムネと、カシスオレンジと、芋焼酎水割りをお持ちしました」
通路側の席に座っていた結衣が、ありがとう、と飲み物を受け取っていくが、
「え、俺、焼酎お湯割り頼んだんだけど」
頬杖をつき、メガネの奥の目を丸くして、日ノ出が声を張った。
女性店員が、慌ててハンディを見る。
「あ、え、でも、オーダーは水割りで……はい、通ってますね」
「いや、俺はお湯割りって言ったし」
ここで素早く、女性店員が引き下がれば事なきを得たのだろうが、反論された形になり、日ノ出の眉間が寄せられる。
そして目ざとく、彼女の手首に巻かれている、黒い腕輪を見つけた。
「あんた、ビースト?」
「え……はい」
身構えるように、店員はトレイを胸に抱えた。
「ちゃんと教育受けてんの? ねえ?」
「すみません……」
「俺は、お湯割りって言ったの! あのさ、メニュー読めてるの? 注文覚えれてる? 僕が言ってること、分かりまちゅかー?」
店員の顔をのぞきこむようにして、日ノ出が甲高い声で揶揄した。
どっと、男性陣が笑った。
瞬間、真っ赤な顔でうつむく女性店員と、サウジーネの顔が重なった。
ドンッ。
意図したわけではないが、ジョッキにヒビが入りかねない勢いで、ビールを置いた。
途端に、周囲が音を失くす。
「プランシー社では、ビースト達が社会生活で不自由しないよう、高校卒業レベルの教育まで、あらかじめ施しています」
テーブルをにらんだまま、早口で続ける。
「ですが、遺伝子を強化されているからといって、彼らも完全無欠ではありません。ミスも起こしますし、勘違いもします、人間と同じように。ビーストだからと、過度な期待をすることは、かえって彼らにプレッシャーを与え、その働きを抑制します」
ここまでまくしたて、沸点に達していた血が冷めていく。
男三人は、こちらを白けた目で見ている。
左右を見ると、愛花も結衣も、少々顔をこわばらせていた。
まずい。
「……というわけで、水割りの代わりにお湯割り、改めてお願いします」
「あ、はい」
ハッとした顔で注文を取り直し、店員は駆け足で逃げて行った。それに乗じて立ち上がり、自分もトイレへ退散する。