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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第三章 弱り目と可愛げ
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第十五話 焼酎お湯割り

 幹事である花園にも恋人がいるらしく、愛花と揃って、もっぱら盛り上げ役に徹していた。

 メガネの日ノ出は結衣をお気に召したらしく、しきりに彼女へ話しかけている。

「ねね、結衣ちゃんってほんとに彼氏いないの?」

「え、いませんよぅ」

 押され気味であるものの、結衣もまんざらではないようだ。

「マジで? 俺も今いないんだ。気合うね」

「へっ? あ、はい……ですねぇ」

「うわ、今の顔、マジかわいい! 写メっていい?」

「えっ? やっ、恥ずかしいですよ」

 そう言いながら、少し嬉しそうにはにかんでいる。

「冗談だってー。って、飲み物ないね。何か頼む?」

 じゃあね……と呟く、彼女の声が続いて聞こえた。


 日ノ出に限らず、三人は女性慣れしているようだった。後に愛花から聞いたところによると、消防士は意外に暇らしく、遊ぶ時間を持て余しているとのことだった。なるほど。

 結衣との会話にあぶれた長身の別役は、から揚げを頬張りながらこちらを向く。

「光ちゃんは、仕事何してんの? 二人と同じ会社?」

 初対面で名前を呼ばれるのは、あまり好きではない。そこを堪えて、愛想笑いを維持する。ついでに、声音も出来るだけ、穏やかさをキープ。

「いえ、別の会社なんです」

「どこ?」

「プランシー社っていうところ」

「え、マジでっ? 『っていうところ』って、みんな知ってるって! うわ、超エリートじゃん!」


 こちらのたどたどしい話に、花を咲かせてくれるのはありがたいが、できればから揚げを食べ終えてからにして欲しい。噛み砕かれた肉が周りに飛び散らないか、内心ひやひやしてしまう。

「俺らなんて中卒だよ、今時? 三人揃って、バカばっかやってたからさー。この前まで、全員フリーターだったし。で、よくオールしたり……って、コレは今もよくやってんだけどさ」

 誇らしげな笑み。やばい、愛想笑いも疲れてきた。

「実は昨日も呑んでてさ。そろそろ年考えろって、先輩にも言われて。マジうざいのなんの」

「大変ですね」

「いやぁ、光ちゃんのが大変ってか、凄いって。勉強とかできそう?っていうの?」

 しかもプランシー社って!と、二度も叫ばれた社名に、煩わしさを感じた。耳の超軽量ヘッドセットにも、いつもは気にならない存在感を覚える。


「運が良かったから、入社出来ただけですが」

 しまった。

 つい、青柳や同僚に返すような、つっけんどんな口調になってしまった。

「あ、そう?」

 別役も少し声のトーンを落とし、そのまま、から揚げの咀嚼に意識を向けた。

 しばらく無言のまま、こちらも生ビールをあおる。


 視界の隅から、愛化がこちらをにらんでいるのを感じた。ちらり、と横目で見ると、口が「ばか」と動いていた。

 そうでした。男を持ち上げ、彼らの武勇伝に耳を傾けるのは、鉄則でした。

 出来ない女で、誠に申し訳ございません。

「お待たせしましたー」

 快活な声で、女性店員が追加オーダーした飲み物を持ってきた。

「えー、酎ハイのラムネと、カシスオレンジと、芋焼酎水割りをお持ちしました」

 通路側の席に座っていた結衣が、ありがとう、と飲み物を受け取っていくが、

「え、俺、焼酎お湯割り頼んだんだけど」

頬杖をつき、メガネの奥の目を丸くして、日ノ出が声を張った。


 女性店員が、慌ててハンディを見る。

「あ、え、でも、オーダーは水割りで……はい、通ってますね」

「いや、俺はお湯割りって言ったし」

 ここで素早く、女性店員が引き下がれば事なきを得たのだろうが、反論された形になり、日ノ出の眉間が寄せられる。


 そして目ざとく、彼女の手首に巻かれている、黒い腕輪を見つけた。

「あんた、ビースト?」

「え……はい」

 身構えるように、店員はトレイを胸に抱えた。

「ちゃんと教育受けてんの? ねえ?」

「すみません……」

「俺は、お湯割りって言ったの! あのさ、メニュー読めてるの? 注文覚えれてる? 僕が言ってること、分かりまちゅかー?」

 店員の顔をのぞきこむようにして、日ノ出が甲高い声で揶揄した。

 どっと、男性陣が笑った。

 瞬間、真っ赤な顔でうつむく女性店員と、サウジーネの顔が重なった。


 ドンッ。

 意図したわけではないが、ジョッキにヒビが入りかねない勢いで、ビールを置いた。

 途端に、周囲が音を失くす。

「プランシー社では、ビースト達が社会生活で不自由しないよう、高校卒業レベルの教育まで、あらかじめ施しています」

 テーブルをにらんだまま、早口で続ける。

「ですが、遺伝子を強化されているからといって、彼らも完全無欠ではありません。ミスも起こしますし、勘違いもします、人間と同じように。ビーストだからと、過度な期待をすることは、かえって彼らにプレッシャーを与え、その働きを抑制します」

 ここまでまくしたて、沸点に達していた血が冷めていく。

 男三人は、こちらを白けた目で見ている。

 左右を見ると、愛花も結衣も、少々顔をこわばらせていた。

 まずい。

「……というわけで、水割りの代わりにお湯割り、改めてお願いします」

「あ、はい」

 ハッとした顔で注文を取り直し、店員は駆け足で逃げて行った。それに乗じて立ち上がり、自分もトイレへ退散する。

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