第十四話 スカート
思慮が浅いのに洞察力はあるのか、それとも私があからさまなのか。
メフィストの指摘は全て当たっている。
本日は友人より、合同コンパへの参加を義務付けられていた。うっかり胸元に付けたままだった、社章の電源を落とし、カバンに押し込む。耳の小型ヘッドセットは……仕方がない、付けておくか。
髪でどうにか隠そうと、暫くの間、鏡とにらみ合い、諦めた。
目立たないし、バレないことにしよう。
待ち合わせ場所に指定された広場には、二人組の華やかな女性がいた。
その片割れが幹事兼、大学時代からの友人、鴨部 愛花だ。
強引な性格の友人だが、その社交性には何度もお世話になっているので、今回の参加要請も無碍に出来なかった。
「あ、光にしては可愛い服じゃん」
合流しての開口一番、きれいにカールされた髪を揺らし、愛花が満足げに笑う。
「あんたのことだから、スーツとかで来たらどうしようって、思ってたのよ」
「さすがに着ないよ。暑いし」
業務内容上、着る機会は皆無なのだが、スカートは普段のパンツスタイルより通気性がよく、夏場なので尚更心地いい。
「だから耳のソレは、見なかったことにしてあげる」
コツコツと、左耳を叩く意地悪な仕草に、つい、腰が低くなった。
「助かります……」
「でも、それよりさ。あんたスタイルいいんだから、もっと胸とか足とか出せばいいのに。それに、そういう『いかにも』なパステルカラーより、光は顔がはっきりしてるんだから、原色とかのが似合いそう」
「赤とか?」
問いかけて、ふと、メフィストを思い出す。やり過ぎだったかな、と心の片隅で反省。
「そうそう、赤いいね。あと、グリーンとか。濃い目のモスグリーンでも、あんたなら似合いそう……って、もう一人の子の紹介、まだだったよね」
ごめんごめん、と手を上げ、彼女の隣でぼんやりと立ち尽くしていた、小柄な女性を紹介される。
「津野 結衣ちゃん。うちの会社の後輩ちゃんで、あたし達のいっこ下。結衣ちゃん、こっちは大学時代の友達の、光ね」
明るく染められた、ショートカットの小さな頭を下げ、結衣は律儀に挨拶した。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
顔を上げ、はにかむ彼女は実年齢より幼く見え、ほんわかとした空気を醸し出している。
一方、何人もの男を手玉に取っていそうな不敵な笑みで、愛花が、結衣と私の双方を見やる。
「で、男連中は、全員あたし達のいっこ上ね」
愛花には数年来の彼氏がいる。今回は、その彼氏のツテによる合コンらしい。彼氏に合コン相手を要求する彼女も彼女だが、それに応じる彼氏も彼氏だ。
おおらかと言うか、無頓着なカップルだ。ある意味お似合いである。
「しかも全員、消防士なんだって! 消防士よ、すっごいネームバリュー! これは期待できるでしょ!」
「あー、まぁ、それなりに」
「は、はぃ……」
あいにく、マッチョに囲まれた職場なので、その手の男性に対してさして憧れもない。結衣も先輩の迫力に圧されているのか、声が小さく、歯切れも悪い。雰囲気通り、押しに弱い性格のようだ。
男性陣とは現地集合という約束らしく、愛花を筆頭に歩き出す。次に従者のごとく結衣が、しんがりを私が務めた。
そして前方の二人の姿と、自分の姿を見下ろし、思わずため息をつきかけた。
スカートをひらひら揺らめかせて歩く二人の姿は、とても「自然」だった。恐らくいつもよりも着飾っているのだろうが、それでも華やかなもの、あるいは可愛らしいものに慣れているのが、背中から分かる。
一方の自分は、慌てて買った淡色のサマーセーターにスカートを着用。クローゼットに並ぶ、寒色や暗色の服と比べ、なんと浮かれた色か。物理的身の丈には合っているが、心理的身の丈に合わない可憐な装いが、情けないことに卑屈さを生み出していた。
更に指定された会場が、安さを売りにしたチェーン店の居酒屋だったので、申し訳ないが、士気はなお下がってしまった。
「もう少し、お金かかってもいいから、静かで美味しい店なかったのかな」
一万五千円もしたスカート履いてきたのに、とまでは言わなかった。
ふと、お昼の定番になっているレメゲトンが、夜はバーになることを思い出した。
あそこなら、雰囲気も味も申し分ないのに。
物思いにふけっていると、隣から途端に叱咤の声。
「あんたはまた、そうやって文句言う! だから彼氏出来ないのよ?」
遠慮なく、愛花に腰を殴られた。
「鍛えてても、痛いんですけど」
殴られた腰をさすると、愛花も拳を撫でていた。
「思いの他に硬かったから、こっちも痛いわよ。あんたさ、ただでさえ凛々しい顔してるんだから、ちょっと気抜いて、愛想よーく、ニコニコしなさいよ?」
「はいはい」
ミラ・ジョヴォヴィッチと言われたり、王子扱いされたり、皆さん勝手なものだ。
薄暗い居酒屋の階段を上がり、二階の座敷コーナーへ案内される。各座敷が区切られており、個室のような造りになっていた。
男性三人はすでに着席しており、手には飲み物も用意されていた。
「おそーい! 先飲んじゃうとこだったよー!」
快活な笑顔でまず出迎えたのが、男性側の幹事である花園だった。愛花とは顔なじみでもあるらしく、彼女の恋人の近況について、軽く言葉を交わしていた。
消防士ということもあるのか、全員黒髪を短く切り揃え、こざっぱりとした風貌だった。間違っても、ワカメみたいな頭はいない。
「俺が花園 蓮で、こっちが日ノ出 悠人。で、こいつが別役 翼。全員、消防士でーす」
「知ってまーす」
女性陣の飲み物を注文しながら、愛花が軽い調子で返す。
「でも俺、マジでこんなレベル高いコばっかとは思わなかった」
日ノ出と紹介された男が、お世辞交じりの歓声を上げる。
「でしょー? 幹事のコレがいいから」
愛化が自分の腕を叩くと、少し愛想も混じった笑いが起こった。
「幹事さん、超ノリいいねぇ」
別役と紹介された男が、手を叩いて笑う。
日ノ出はメガネをかけており、別役は一番長身だった。
女性陣の紹介を終えたところで、全員の飲み物が揃い、乾杯。合コンは始まった。