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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第一章 赤い目の少年と黒の女
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第一話 プランシー社

 現在、総人口の約二十五%が純粋な人間ではなく、人に似て人に非ざる遺伝子強化人間──通称「ザ・ビースト」共で占められている。


(ひかる)先輩、位置取りどうですか?」

 おどおどした少年の声が、黒いフルフェイスに仕込まれたヘッドセットから聞こえる。

「よく見える。サキムニ、あんたこういう仕事はほんと上手だよ」

「お前がウチで期待されている、『本業』でも、それぐらい成果を出して欲しいんだがな」

 茶々を入れるのは、少しかすれた、中年男性の声。課長の青柳(あおやぎ)だ。

「いいか、宿毛(すくも)。『モンペリエの塔』が、彼女の保護申請を許可している。そのため、危険度はイエローとするが」

 恩着せがましい口調に、一旦の区切り。重々しさを表現しているのだろう。

「極力、武力行使はなしだ。武力による制圧は、我が社の心証を損ねる恐れがある。今回は場所も、彼岸市の駅前、人通りも多い。心してかかるように」

「了解です」

 通信を切断してから、舌打ち。警察庁からご出向の身分にも関わらず、いちいち我が社、我が社としつこいのだ。


 本日の保護、もとい捕獲対象である彼女がいるのは、屋上に身を潜めている雑居ビル斜め前の、ファーストフード店。

 ヘルメットのシールドに搭載された電子双眼鏡で、彼女へ焦点を合わせる。

 先刻から変わらず、丸見えの窓際に座り、所在無げな表情を浮かべている。

 白い肌に緑の目をした、優しげな印象の女性だ。

 しかし、先ほどからゆらゆらと、黄色から朱色、そして赤毛へと変色する奇妙な長い髪と、彼女の左腕にはめられた、光沢のない黒の腕輪は、彼女が人ではない証明。


 彼女は、我がプランシー社の生産物にして、我が国民の貴重な労働力である、遺伝子強化人間「ザ・ビースト」。もっとも、この国では定冠詞の概念がないので、ビーストという俗称が一般的だが。


 彼女の固有名称はアミィ。輸入家具を取り扱う会社社長宅にて、家政婦を勤めていたビーストだ。所有者一家との関係は概ね良好、と記録にはある。

 一家の子供と仲良く散歩する姿や、社長夫人とカフェで談笑している姿も、よく目撃されていた。

 また、定期健診の際にも身体・精神の両面において、虐待を受けている等の問題点は見当たらず。


 それなのに何故、社長宅から脱走したのか。


 考えあぐねいていると、屋上の扉が開いた。ここの占有許可は、既にオーナーから取り付けているはずなのに。

 闖入者は、コトをいたそう、と目論んでいるらしい、若いカップルだった。絡み合ったまま、扉横の壁にミニスカートの女がもたれかかり、髪を金に染めた男は女の服を脱がそうと、彼女の体をまさぐっている。

「おい」

 電子双眼鏡を一旦オフにし、低い声で呼び止めると、面白いぐらいに二人の体が硬直した。全く、こちらに気づいていなかった様子だ。

「現在、屋上は関係者以外立ち入り禁止だ」

 黒いフルフェイスに、黒いボディスーツ姿の人間が仁王立ち、というだけでも恐ろしかっただろう。

「扉の張り紙が読めなかったのか?」

 言いつつ、軽薄そうなカップルへと、にじり寄る。

 しかも威圧感漂うボディスーツの胸元には、ライオンが太陽に喰らいついている社章があるのだから、二人は真っ青になった。


「ひぃっ! プランシー社!」

 女はキャミソールとブラジャーの肩ひもを押し上げ、男はベルトを締め直し、ダバダバと出て行った。どうせなら扉も閉めて行って欲しかったのだが、あの怯えようでは無理か。


 労働力を供給し、国力の向上と安定に貢献している弊社だが、青柳の苦慮も空しく、一般人からは畏怖の対象となっている、ようである。

 そりゃ、こんな恰好をした社員をうろつかせているのだから、当然であろう。

 首を回して気持ちを切り替え、再度アミィの姿へ視線を向けた。


 その時丁度、一人の男が入店してきた。

 波打つ黒い髪に、褐色の肌。服装はだらしない、いや、くだけた物だ。

 こちらに背を向けているので顔は分からないが、醸し出す空気は軽薄臭。

 その軽薄そうな彼が、アミィへ近づいた。

 ナンパか? それとも?

 電子双眼鏡の焦点を、更に絞る。彼が胸元から、何かを引っ張り出して、アミィへ見せている。金の鎖のペンダントだ。

 ペンダントトップの詳細までは見えなかったが、形は、見覚えのあるメダル状のもの。

 加えて、男からペンダントを示された途端、安堵したアミィの様子からも、断定できる。


 男は、モンペリエの塔の人間だ。

 所有者の元を脱走した、あるいは所有者から捨てられ、廃棄処分の運命となるビーストを保護し、社会復帰を支援する団体。それがモンペリエの塔。

 個人的にはそっとしておきたい集団だが、仕事上、利害がかみ合わない場合が多い。

 屋上から見下ろしていると、男が先行し、アミィが続いて店を出た。


 今だ。


 助走をつけ、柵を踏み台にして跳躍。五階建ての、ビル屋上から飛び降りる。

 衝撃は、外骨格を組み込んだボディスーツと、靴底の緩衝材が吸収する。音もなく二人の前に着地すると、予想通り男もアミィも、目を丸くしていた。

 同時に、男の瞳が、地獄の業火を思わせる真紅であることと、左手首に黒の腕輪をしていることも見とめる。

 彼もビーストか。

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